書評、その他
Future Watch 書評、その他
彼女は存在しない 浦賀和宏
著者の本は初めてだと思うが、とにかく評判が良いので読んでみることにした。全く接点のない二人の人物の視点で書かれた文章が交互にあらわれながら、話が進むにつれて、二人の物語が少しずつ交錯していく。この構成にトリックがあることはすぐに判るのだが、どういう形なのかはなかなか読めない。そうこうしているうちに、完全にトリックをイメージできないまま、物語は最後の破局を迎えてしまう。特に斬新でも奇抜でもないが、イメージしきれなかった悔しさが残る。こういう分野の作品としてはオーソドックスな部類に入る作品ではあるが、そのオーソドックスな感じが良いのかもしれないと思ってしまった。(「彼女は存在しない」 浦賀和宏、幻冬舎文庫)
異邦の騎士 島田荘司
本の帯に「神奈川本大賞」とあって、興味をひかれて読んでみることにした。力強い独特の雰囲気を持ったミステリーで、大変楽しく読むことができた。「神奈川本大賞」といっても、特に神奈川という土地が謎や謎解きに関係があるわけではなく、舞台の半分が神奈川県ということで「神奈川本大賞」ということのようだ。名探偵「御手洗潔」初登場の記念碑的作品とのことだが、「御手洗潔」の登場する作品をたくさん読んでいるわけではないので、自分自身としてはそういう意味での感慨はないが、人物設定も面白そうなので、これから「御手洗」シリーズを何冊か読んでみようと思った。本書を手にするきっかけになったのは「神奈川本大賞」ということになるが、こうした経緯での新しい本との出会いも良いなぁと感じた。(「異邦の騎士」島田荘司、講談社文庫)
化学探偵Mr.キュリー 喜多喜久
特定分野の強みを生かして謎ときをするミステリー短編集。こうしたミステリーは本当に沢山でていて、玉石混交という感じだが、本書は予想以上に面白かった。物語によどみがないし、論理も明快。あくまでも軽い読み物だが、ちょっとした掘り出し物を見つけたという嬉しさも手伝って、気分よく読むことができた。化学と言う特殊分野を扱っているがあまり薀蓄に走っていないところも好感が持てる。既に第2作目も刊行されているようなので、早速探してみようと思った。(「化学探偵Mr.キュリー」 喜多喜久、文春文庫)
夜よ鼠たちのために 連城三紀彦
著者の没後に編集された最新の短編集。まさに読者の期待通り、著者ならではのアクロバティックなトリックと物悲しいストーリーを堪能できる作品ばかりが収められている。最近、著者の作品についてある人と話をしていて、私が「大好きだ」というと、「どうもピンとこない」という返事が返ってきた。著者の作品については、人によって好き嫌いがはっきりでる作風だとは思っていたが、はっきりとそう言われると、やっぱりそうなのかなぁと思ってしまう。最初に読んだ作品が悪かったのか、それとも根本的な感性の違いなのか、少なくとも、この作品をその人に勧めても、「ピンとこない」という意見を払しょくさせることはできないだろうなぁと思う。そのくらい著者らしさが前面に出た作品集だ。(「夜よ鼠たちのために」 連城三紀彦、宝島社文庫)
ご先祖様はどちら様 高橋秀実
「ハイ泳げません」を読んで以来の作者のファンということになるが、今回も、十分に楽しませてもらった。こういう体験型のルポを読むことの良さは、自分がやりたいことを安直に疑似体験させてもらえるということだ。しかも、プロの作家の体験なので、当然後で文章にするという前提で動いているので、普通の人の行動よりも、深い内容になる。普通の人ならば「この辺でまあいいか」となるところでも、後で文章にすることを前提にしているので、妥協せずにとことん追求してくれる。但し、それがあまり細部にわたり過ぎていても、こちらの興味そのものが続かないこともあるし、「そこまではいいのに」ということでいやになることもある。そのあたりのさじ加減、普通の人にはそこまでやる根性はないが、本当はそこまで知りたい、そういうバランスが、著者の本は程良いのだろうと感じた。それにしても、本書を読んでいると、ご先祖様を辿る方法が、家系図、戸籍、お墓、家紋、人づてなど、色々あるんだなぁと感心してしまった。(「ご先祖様はどちら様」 高橋秀実、新潮文庫)
こんなはずじゃなかったミャンマー 森哲志
著者はミャンマーの専門家というわけではなさそうだが、色々な情報源を持っているのだろうか、何回かミャンマーを訪問したことがあるくらいではなかなか知りえない情報を数多く教えてくれる1冊だ。記述の大半は、ミャンマーについて少し調べて、少し話を聞いて、少し体験してみれば判るような一般解説なのだが、本書にはそれだけではないプラスを感じる。その根底にあるのは、普通よりも少しだけ強い好奇心・冒険心かもしれない。あるいは、我々がミャンマーを訪問する時はある目的があるのだが、それとは違う「取材」という目的で訪問すれば見えてくる景色なのかもしれない。「人に会う」という目的でしか訪れたことのないミャンマーだが、本書を読んでいたら、一度それ以外の目的で訪問してみたくなってしまった。(「こんなはずじゃなかったミャンマー」 森哲志、芙蓉書房出版)
乱れからくり 泡坂妻夫
著者の初期の頃の傑作ということで読んでみた。読み始めてしばらくのうちは、どのような話の展開になるのか全く判らず、戸惑いながら読み進めていたら、突然の出来事にびっくりさせられ、その後は次から次へと驚くような展開に息を呑むような体験をさせられた。さすがにかなり前の作品だからか、最後の結末は予想がついてしまったが、そこに至るまでの展開は、傑作の誉れ高い作品だけのことはあるなぁと感心した。この作品を同時代的に読んだ読者がこの作品をどのように感じたのか、そこのところにも興味が沸くような作品だ。(「乱れからくり」 泡坂妻夫、創元推理文庫)
フェッセンデンの宇宙 エドモンド・ハミルトン
「古典的名作」ということで人に勧められて読んでみた。確かにネットで検索してみると「名作中の名作」という評価が定着している作品らしい。SFという分野の本は、色々読んできたし、「スペースオペラの時代」から、80年代のユーロマンサーの衝撃、その後のオーソンスコットガードの新古典ともいうべき作品群などと、ある程度はSFの歴史を語れると思っていたのだが、何故か本書については題名すら知らなかった。世の中は広いというか、自分の視野は狭いということに改めて気付かされた感じだ。内容は、確かに「古典」というだけあって、今のSFのような現実のITの進化を踏まえた精緻な科学的な裏付けを感じさせるようなものではないが、SFが現実社会に突き付けているものは今も昔も変わらないと思わせてくれる作品群だ。収められた作品の1つは、マイベストSFというアンソロジーで読んだことがあった。私としてはこちらがベストワンではないかと思う。 (「フェッセンデンの宇宙」 エドモンド・ハミルトン、河出文庫)
神様は勝たせない 白川三兎
著者の本は書評等で常に高く評価されているが、作家の知名度という点ではその評価に見合ったものになっていないような気がする。どうしてなのかはよく判らないが、著者の本は読むたびに本当にいい話だなぁと思わせてくれる。本書についてももちろん期待通りだったのだが、それ以上に、著者の奥行きの広さのようなものを感じた1冊だった。サッカーの試合で、延長戦の末に決着がつかず、PK合戦になり、あるチームが0-2という絶望的な状況に置かれたところから物語は始まる。要するに、あと1分くらいで決着がつく試合、しかもほぼ100%勝負がついてしまっている場面から、あるチームの1人1人の目線でそれまでのことを振り返りつつ、最初の場面に立ち戻るという文章が繰り返される。そのなかで、いくつもの驚くような事実が明らかになっていく。最後の方になると、試合そのものの結末が気になりだすのだが、題名は「神様は勝たせない」だし、やっぱりだめなのかなぁとハラハラしながら読まされてしまった。最後の結末も納得がいったし、後味が何ともいえず晴れやかになってしまったのが不思議だ。(「神様は勝たせない」 白川三兎、ハヤカワ文庫)
名もなき花の 吉永南央
シリーズ第3作目か4作目になると思うが、最初の頃の小さな謎解きを中心とした連作というイメージとは随分趣が変わってしまっていて少し戸惑ってしまった。一応いくつかの短編に分かれているが、実際は、主人公を取り巻く登場人物の人間関係を中心とした1つの繋がった人情話で、ほとんどミステリー色のないストーリーに終始していたからだ。それでも、人間関係のこじれの原因が少しミステリーっぽく、意外な結末になっていたのが、作者の工夫ということなのだろう。ミステリー短編集と長篇人情話のどちらが良いかは意見が分かれるところだろうが、似たような短編ミステリーが数多く存在する現状を考えると、こうした路線変更もありかなと感じた。次の作品につては、再び短編ミステリーに戻るのか、本書と同じような路線で進むのか、という別の興味が沸いてきた。(「名もなき花の」 吉永南央、文春文庫)
吉祥寺の探偵 沼礼一
帯に「新感覚ミステリー」とあったので読んでみた。吉祥寺にある探偵事務所に持ち込まれる奇妙な依頼。謎そのものは、誰でも知っているような非常に有名な「頭の体操」的なクイズをベースにしたものばかりで、謎解きの楽しみはほとんどないが、それを面白いストーリーに仕上げてくれているのが、確かに「新感覚」と言えなくもない。こういう話ならば、書き手としても、謎やトリックを考えることに苦労せず、ストーリーの面白さだけに集中できるので、アイデアとしては悪くないかもしれない、と思ってしまった。但し、もう少しマイナーなクイズをベースにした方が多少なりとも謎ときの要素が強まって良いのではないかとも思う。(「吉祥寺の探偵」 沼礼一、サニー出版)
「サバ」の正体 NHKアナウンス室
続編が刊行されたのを機に平積みになっていた本書を見かけたので、続編を読む前にこちらを読んでみることにした。普段何気なく使っている言葉の由来や用法の可否を解説してくれる薀蓄本。へぇと思うような内容が結構あって面白い。通読して気づくのは、言葉の由来というものが、たかだか100年くらい前の話なのに、複数の説があったりして、よく判らなくなってしまっていることが意外に多いということだ。現時点で判らないことは、おそらく将来になって判明するというようなことは少ないだろう。そう考えると、日本人は日本語というものをあまり大事にしていないのではないかという気がしてくる。大事にしないというよりも、省略したり変形させることが簡単なのであまり意識せずに勝手に変形させてしまう人がいて、それに同調して新しい言い回しを使う人がいるということかもしれない。言葉の由来や用法を解説してくれる本書のような本が氾濫しているという現象からも、日本という社会の特質が見えてくるような気がする。(「「サバ」の正体」 NHKアナウンス室、新潮文庫)
マスカレード・イブ 東野圭吾
シリーズ2作目の本書だが、第1作目が単行本で刊行され、第2作目がいきなり文庫というのは少し珍しいような気がするし、内容的にも第1作目より前の出来事というから、なお奇妙な感じがする。1作目で活躍したコンビが人気がでたので、その2人が出会うまでの話を後から作ったということなのかもしれまいが、著者の本のなかでこのコンビがことさら人気になったという話は聞かないし、人気が出たのならいきなり文庫というのもしっくりこないので、そういうことではないような気がする。あるいは、もともと短編や別の単独の中編のような作品(本書の中身)が先にあって、そのなかで生まれた登場人物を別の長編の主人公して第1作目が書かれたという可能性もある。そうだとすると、それを今更単行本にするというのも変なので文庫にしたということだろうし、時系列の謎も何となく納得がいく。果たして真相はどうなのだろうかと思いながら読んでみた。読んだ結果は、確かなことはわからないが、要は、ホテルという場所を舞台にしたミステリーというシチュエーションが色々なミステリーが生まれる可能性を持っていて、それを作者がそのシチュエーションだけを出発点として書きあげた作品ではないかということだ。それだけのシチュエーションの想定だけで、次から次へと面白いミステリーを読ませてくれる作者のすごさが改めて判る作品だ。(「マスカレード・イブ」 東野圭吾、集英社文庫)
亜愛一郎の逃亡 泡坂妻夫
シリーズ3冊目の最終巻。探偵役の主人公は、キャラが立っているようでいて、実際のところ、短編集を2冊読み終えた時点でも、あまりどういう人物なのかよく判らない。長身のイケメンで、職業は雲や昆虫などを専門とするカメラマン、何故かよく転び、何か頭に閃くと白目をむくということくらいしか情報がない。短編をいくつ読んでもその情報が増えないのは、毎回毎回同じパターンを繰り返しているからだ。この極端なカリカチャーは、不可思議な事件が進むなかで、その不思議さをなんとなく覆い隠してしまうような役割を果たしているように思われる。要は、登場人物のリアリティの欠如が、全体のリアリティからの乖離を「そんなものかな」と読者に思わせる効果があるのだと思う。手品師が、手品を披露する際にそれらしい衣装を着たり、舞台に黒幕を張って怪しい雰囲気を出したりするようなものかもしれない。それにしても、この1冊でこのシリーには続きがないと思うと寂しい気がする。著者の他の本をあたるしかないのだが、こうした雰囲気をまた味わえるのかどうか、期待と不安が半々といったところだ。ところでこのシリーズには、名前による言葉遊び等、色々な仕掛けが施されている。その中の1つだが、各短編に必ず登場する不思議な人物が1人いることに2冊目あたりで気がついた。これも色々あるお遊びの1つかと思っていたら、最終話でこの人物の正体が判明し、それと同時に吃驚仰天のうちにシリーズ完結となってしまった。3冊目になるとさすがにトリックの意外性は最初に比べてトーンダウンしている気がしたが、それを補って余りある驚きが隠されていたというわけだ。(「亜愛一郎の逃亡」 泡坂妻夫、創元推理文庫)
ホテルジューシー 坂本司
著者の本は何冊目かだが、本書はこれまで読んだ本とは少し違う感銘を受けた。「職業小説風の軽いミステリー」という大枠は、これまでの作品と同じなのだが、それに「主人公の成長物語」という要素が織り込まれていて、その部分がとても面白かった。自然と弟や妹のお世話をすることに慣れているという「大家族の長女」の主人公がアルバイトで働く沖縄のホテルに泊まりに来る色々問題を抱えた宿泊客、それらの起こす問題を黙ってみていられないおせっかいな主人公という設定がうまくできていて、「正義感」と「おせっかい」の狭間で色々悩みながら成長していく主人公の心情の変化が本当にうまく描かれている。話の内容からいって続編はないかもしれないが、まだまだ読んでいたいと思ってしまう不思議な魅力のある作品だった。(「ホテルジューシー」 坂本司、角川文庫)
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