書評、その他
Future Watch 書評、その他
アロワナを愛した容疑者 大倉崇裕
警視庁いきもの係シリーズの文庫化最新刊。主人公が動植物の知識を駆使して犯罪現場に残されたちょっとした矛盾点から事件の真相に迫るといういつも通りの展開。今回はタカ、アロワナ、コチョウランが主題で、それぞれの生き物に関するウンチクがどう事件解決に繋がるのかワクワクしながら楽しんだ。本シリーズのもう一つの楽しみは主人公の特殊な言語感覚というか不思議な聞き間違いの連発。前作を読んだのがかなり前だったのでここまでトンチンカンなキャラクターだったかどうかよく覚えていないが、ミステリーの謎解明とは別に主人公たちの変なやりとりも堪能した。(「アロワナを愛した容疑者」 大倉崇裕、講談社文庫)
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看守の流儀 城山真一
刑務所内外で起きる事件の顛末を5人の刑務所職員の視点から描いた短編集。各編にはヨンピン、Gとれ、レッドゾーン、ガラ受け、お礼参りという刑務所内の特殊用語が題名に使われていて、それだけでとても勉強になる。また、全体を通して、刑務所というところが、犯罪に対する懲罰的な意味合いを持つと同時に受刑者の更生を図る場でもあるという矛盾した2つの使命を持っていることを教えてくれる。懲罰であることからあまり居心地の良い場所ではあってはならないのだが、そればかりでは不満や怒りを増幅してしまって更生に繋がらない。また、受刑者一人一人には様々な異なる事情や考え方がある。読んでいて、そうした複雑な困難さを抱えながら職務を全うしようとしている登場人物たちには頭が下がる思いだ。さらにこの短編集には、短編ごとの主人公とは別に、全ての短編に登場する真の主人公が存在していて、最後に明かされるその辺りの真実にはかなりびっくりさせられた。読後の充実感、ミステリーとしての面白さを併せ持った稀有な傑作だと思う。(「看守の流儀」 城山真一、宝島社文庫)
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夫婦で行く東南アジアの国々 清水義範
題名通り、著者が夫婦で参加した東南アジア7か国(ミャンマー、ベトナム、タイ、ラオス、インドネシア、マレーシア、カンボジア)ツアーの紀行文。著者の小説とは違い、行った先々の名所の景観や聞き知った歴史、人々の暮らしぶり、地元の料理やお酒などがごく普通の文章で綴られている。小説のようなトリッキーさを少し期待していた自分としては普通すぎて最初は拍子抜けという感じだったが、読み進めていくと歴史に関する記述や景観描写の緻密さ、さらには文章自体に著者ならではの独特な雰囲気があることがわかってきて、これまで読んだ著者の本をイメージしなければこれはこれですごい本だと感じた。ミャンマーやベトナムなど何回も出張で行った国についての感想はほぼ100%共感できるし、行った国で食事をあまり重視しない姿勢などもその通りだと思った。(「夫婦で行く東南アジアの国々」清水義範、集英社文庫)
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オンライン ウクライナからの報告
ジャーナリスト村上祐介氏のウクライナからの現地報告をオンライン視聴。戦争犯罪が問題になっているブチャ、イルピンといったウクライナ国内都市のロシア撤退後の現地映像、周辺各国のウクライナからの難民受入の現場、ウクライナ南西に位置するモルドバの状況など、多岐にわたる現地レポートを1時間半にわたって視聴した。報告を聞いていて特に心に残ったのは、日本を含む各国のウクライナ難民への対応とミャンマーやシリアからの難民とのダブルスタンダードの問題と、情報合戦の中で如何に客観的中立的な取材や報道を行うように努力されているかという点。ロシア撤退後も単発的な着弾があったり、取材したいと思う所に意図的に仕掛けられた地雷といったリスクの中での取材には本当に頭が下がる思いだ。
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宇宙は数式でできている 須藤靖
久しぶりに読む宇宙論の一冊。「数式でできている」と言うと分かりづらいが、要は「この宇宙には数式で記述可能な法則がある」「宇宙の研究者はその法則を見つけたり修正したりするために研究をしている」ということを分かりやすく解説してくれる内容だ。分かりやすいと言うのは、自分にとっては、内容がこの本の主張に不必要な量子論の世界には敢えて踏み込まずアインシュタインの一般相対論までの範囲で解説してくれているからという点に大きく依存していて、スッキリとした答えがないという意味では決して分かりやすくはなかった。ニュートンの万有引力の法則では、「重力は距離の2乗に逆比例する」となっているが、なぜ微視的な素粒子の世界から巨視的な宇宙の世界まで同じ法則が通用するのか、なぜ3乗や2.5乗ではなくぴったり2乗なのか、言われてみれば不思議というしかないし、更に、法則とはいつどうしてそのように決まって、どこまでが適用範囲なのかなど、不思議に思えることには際限がない。科学の世界は観測した結果を最もうまく説明する数式という法則を発見する作業だ。本書で一番面白かったのは、ニュートン力学では説明できない観測結果を説明するためにアインシュタインが一般相対論を提唱するのだが、その時前述の万有引力の法則を2乗ではなく2.00000016乗にするとうまく説明できるという説があったという件だ。他の科学者は「それでは美しくない」とまともに取り上げなかったそうだが、個人的にはそっちの方がむしろ神秘的というかその後の科学の混乱が科学の進歩に貢献したりして楽しかったんじゃないかと思えて笑えた。(「宇宙は数式でできている」 須藤靖、朝日新書)
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もっと負ける技術 カレー沢薫
著者の本は4冊目。会社員をしながらコアな漫画を描いているという兼業漫画家の日常がテーマのエッセイ集だが、例によって人に勧めにくい内容だ。取りとめのない話ばかりのようで実際書かれていることは取りとめないのだが、これまで読んだ作品はお取り寄せグルメ、ネットゲーム、そして本書の兼業漫画家と、一冊一冊のテーマは意外としっかりしているし、読んでいて著者の首尾一貫した信念のようなものを感じる。ネット上で話題になったエッセイの書籍化ということなので、ネットの普及がなければこうした本に出会えなかったと思うとこれもネットの効用ということになるのだろう。(「もっと負ける技術」 カレー沢薫、講談社文庫)
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渚のリーチ 黒沢咲
女流プロ麻雀士による自伝的な小説。正確なところはよくわからないが巻末の著者略歴から推察すると、本書は著者本人のプロ麻雀士としての実際の歩みや活躍ぶりを固有名詞などを変えてほぼそのまま記述したもののように思われる。自分自身はもう何十年も麻雀をやっていないし今現在娯楽としての麻雀が隆盛なのか廃れてしまっているのかも知らない。個人的には、他に娯楽の少なかった我々世代と違って今の若い世代は楽しいことが色々あって麻雀人口も減少傾向を辿っている感じがしたし、さらに昨今のコロナ禍で密閉空間に閉じこもってやる麻雀は大きな打撃を受けているのではないかと思っていた。但し、本書によるとつい最近麻雀のプロリーグが創設されたり、有料動画でプロの対戦が配信されたりしているとのこと、もしかしたら実際にやる娯楽から見る娯楽として自分が知っているものとはかなり違う形で発展を遂げているのかもしれない。書評誌では「麻雀をできなくても楽しめる小説」と紹介されていて、確かに読んでいて楽しい一冊だった。(「渚のリーチ」 黒沢咲、河出書房新社)
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日本語の乱れ 清水義範
最近立て続けに読んでいる著者による言葉やその使い方を題材にした12の短編が収められた一冊。これまでの作品と似たようなテイストだが、内容は多岐に渡っていて飽きがこない。前に著者の本は、読後に何かが残るというよりも、読んでいるその時が楽しいと書いた記憶があるが、まさに本書もそうした話が並んでいる。著者の作品はまだまだ未読が多いが、入手できるかどうかが心配だ。(「日本語の乱れ」 清水義範、集英社文庫)
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静おばあちゃんと要介護探偵 中山七里
80歳の引退した元判事と70歳代の地方財界の大物という老人コンビが様々な事件の謎を解決していくミステリー短編集。話の舞台が名古屋市内ということで馴染みのある地名が頻出、突然ご当地ものに出会ってしまってびっくりした。謎解きはさほどひねりのあるものではないが気楽に読める感じで楽しかったのだが、それ以上に地方財界の大物のキャラクターがあまりにも時代錯誤な発言や言動を繰り返しているのに違和感を感じざるを得なかった。一徹な頑固老人という範疇では済まされない病的あるいは犯罪的な当人の言動もさることながら、さらにはもう一人の主人公がそれを違和感程度の反応で済ませてしまう。「老人とはえてしてこういうもの」という類型化なのかもしれないが、笑える限度を超えてしまっている気がする。ここまで醜悪なキャラクター設定にしなくても楽しめるストーリーだと思うだけにその点だけが残念だった。(「静おばあちゃんと要介護探偵」 中山七里、文春文庫)
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竜巻ガール 垣谷美雨
著者の本は既に何冊も読んでいるが、本書はその著者のデビュー作とのこと。これまでに読んだ現代日本の色々な問題を軽妙な文章で読ませる著者の作風とは少し違ったテイストの短編が収められている。それぞれの作品では、ガングロの高校生、愛人が溺死してしまった女性、中国人と結婚した女性などが登場しちょっとした事件が巻き起こるのだが、それらのストーリーの肝は読み進めていくうちに最初に見えていた景色と全く違う真相が現れてくる点だ。作品としてはミステリーという範疇にはない小説だが意外性という点では立派なミステリーだと感じた。(「竜巻ガール」 垣谷美雨、双葉文庫)
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ブルーネス 伊与原新
個性的な科学者6名がチームになって画期的な津波監視システムの構築に奔走する科学小説。実効性のある津波監視システムの構築には24時間定点観測することの難しさやデータの迅速な授受と解析の困難性など多くの課題があり、加えてチームの活動に対する嫉妬や妨害などもあって、本当にうまくいくのだろうかとハラハラドキドキしながらの読書だった。東日本大震災の時に地震や津波の研究者たちは皆非常に辛い思いをしたという。チームのメンバーもそれを邪魔する人たちもそれぞれが震災の時の苦い経験を背負っており、どのような研究の推進が正しくてどのような研究の推進が正しくないのか、一概には言えない事情が背景にある。簡単に言えば、震災によって地震そのものの予測の困難さが痛感させられた後、それでも諦めずに地震の予測精度の向上につながる研究を続けるのか、それとも地震の予測を一旦諦めて人命救助尊重の観点から津波の早期探知と警報の精度向上に鞍替えするのかといった葛藤だ。一方、津波は地震だけでなく海底火山の爆発や大規模噴火などによっても引き起こされる場合があり、日本列島のあらゆるところでその危険が内在しているという。最近のトンガでの火山爆発の時も津波警報が出されたことを思い出した。最先端の学者によって書かれた巻末の解説を読むと、この小説の内容は科学的に完璧とのことであり、さらに驚いたことにこの主人公たちのチームには実際のモデルが存在するとのこと。著者ならではのすごい小説だ。(「ブルーネス」 伊与原新、文春文庫)
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日本の気配(増補版) 武田砂鉄
今の日本に暗く立ち込め息苦しさの元凶とも言うべき「空気を読む」風潮。本書はさらにその深部に潜む「気配」の行き過ぎた弊害を様々な分析で炙り出す。ここまで深層になると自分自身に思い当たる指摘が幾つも跳ね返ってきて、気楽に読むことができないほどだ。特に、物分かりの良さを自認したり、新しいものを追いかけて少し前まで問題だと思っていたことを受け流してしまったりという風潮の指摘は直接自分の心に響く。こうした無意識の怠惰がどんどん積み重なってやがて大きな陥穽に陥る危険性を強く心にとめておきたいと思った。(「日本の気配(増補版)」 武田砂鉄、ちくま文庫)
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君は永遠にそいつらより若い 津村記久子
著者のデビュー作。著者の作品は、芥川賞を受賞した作品を含めてだいぶ読んできたが、別の文学賞を受賞した本書が未読だった。就職を間近に控えた主人公の一人称で語られる内容は章立ても大きな出来事もなく淡々と進む。大きな事件は殆どが過去の事件で、語られるのはその過去の大きな出来事に影響された語り手を含めた登場人物たちの言動など。主人公の何気ない言動がある人を激怒させたりあるいは逆に好ましいと思われたりするが、要はそれぞれが過去の出来事や経験に大きく影響を受けているからだ。世の中にはものすごい悪意というものが存在する。そうしたものに触れたり関わったりしたことがその後に大きな影響を与える。それでも色々な人と関わり合っていくうちに何らかしらの好ましい方向が見えてくるだろうということだと思った。(「君は永遠にそいつらより若い」 津村記久子、筑摩文庫)
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八月の母 早見和真
書評誌で絶賛されていた一冊。最近読んだ本屋大賞ノミネートの何冊かもそうだったが、このところ社会の中で自分の立ち位置を模索していく孤独な人々を扱った小説がとりわけ多いような気がする。本書も正にそうした内容で、読んでいてとても辛いしやるせない気分になってくる。本書の特徴は、登場人物たちが逆境から逃れようともがけばもがくほどそうしたどうしようもない厳しい状況にかすみとられて逆に拡大再生産のループに落ちいっていくことを克明に描いていることだ。物語は最後にその負のスパイラルから抜け出す道を明示しているが、その後も本当に大丈夫かなぁという心配も尽きない。(「八月の」 早見和真、角川書店)
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