書評、その他
Future Watch 書評、その他
人魚が逃げた 青山美智子
本屋大賞ノミネート作品。東京銀座を舞台に人生の岐路に立つ5人の主人公たちが、アンデルセンの童話「人魚姫」のストーリーに触発されて、これまでの人生を振り返り再び前向きになっていく様を描いた連作短編集。「人魚姫」というフィクションがそれぞれの登場人物の心に影響を与えると同時に、心の持ち方でフィクションと現実の境界が曖昧になっていくという不思議な雰囲気の物語が続く。再生の物語という点では前に読んだ作者の作品「リカバリーカバヒコ」と似ている感じだが、本作ではリアリティを気にしないで自由に物語を綴っているのが伝わってきた。また、一つの短編の風景の一部のような人物が次の短編の主人公になっていたりして何度もびっくりした。(「人魚が逃げた」 青山美智子、PHP研究所)
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小説 野崎まど
今年の本屋大賞ノミネート作品。著者の本を最初に読んだ時の衝撃から、その後何冊も著者の本を読んだが、少しライトノベルっぽいテイストの本が多くて、こういう作風なのかなと思ったりしていたが、本作を読んでやっぱりすごいなぁと感じた。本を読むのが好きな主人公の少年とその友だちが学校の隣の不思議なお屋敷に迷い込み、そのお屋敷の作家らしき住人の隠された秘密に翻弄されるというストーリー。読み進めていくうちに、宇宙の誕生、生命の進化、文明の発展の歴史の考察を通じて著者の考えるフィクションとしての小説を読むことの意味、小説を書くことの意味が明らかになっていく。物語の終盤はファンタジー小説のようになっていくのでやや戸惑うが、最後の著者の思いはしっかり伝わってきた。(「小説」 野崎まど、講談社)
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謎の香りはパン屋から 土屋うさぎ
本屋さんで偶然見つけた本だが、帯をよく見てみたら「このミステリーがすごい大賞」受賞作と書いてあってちょっとびっくりした。内容は、パン屋さんでアルバイトをしている漫画家志望の大学一年生が職場でのちょっとした謎を解き明かす、よくあるお仕事小説的なコージーミステリーだ。短編ごとにクロワッサン、フランスパン、シナモンロール、チョココロネ、カレーパンといったお馴染みのパンが登場してパンに関するトリビアを知ることができるのも楽しいし、主人公がパン屋さんの仲間やお客さんのちょっとした秘密を推理していくのも楽しくて、読んでいて気持ちがとても良かった。著者の略歴を見ると本書の主人公と同じく漫画家としても作品を世に出しているらしく、著者自身と重なる部分も多い気がする。本書の続編でも良いが、デビュー作である本書の次の作品が楽しみだ。(「謎の香りはパン屋から」 土屋うさぎ、宝島社)
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ことばの番人 高橋秀実
何人もの校正のプロたちにインタビューをして「校正のあり方」を語ってもらうことにより、「言葉とは何か」を考えていくという内容の一冊。言葉というものの正誤は時代によって変化していくもので、彼らが参照する辞書の内容もそれに従って変化していく。ある校正のプロは、こうした変化を確認するために版や刷の異なる広辞苑を100冊以上、言海を270冊も所有しているという。そうした変化は辞書に載っている単語だけでなく助詞の使い方や表記の仕方にも及ぶし、さらに文学作品では、敢えて一般的ではない表記をしたり、確信犯的に間違った表記をする場合もある。また、言葉の使い方や漢字の表記は、行政によって効率化や教育的思惑から標準語という形で歪曲されることもある。こうした要素が、ある意味単純な間違い探しと思われがちな校正という作業の背景に無数に存在しているという。氷という漢字は本当は「ニスイに水」だった、校正の専門会社がある、AIに校正をやらせてみた、人体中での遺伝子複製の際に校正を担うDNAポリメラーゼという校正を行う仕組みがある、アメリカ占領軍から提示された日本国憲法案の日本語訳を巡る国会内でのやりとりなど、興味深いびっくりするようなエピソード満載の一冊だった。なお、本書は著者の遺作だが、あとがきに著者の奥さんの病気の話が書かれていて、人生どうなるか分からないものだと痛感した。(「ことばの番人」 高橋秀実、集英社インターナショナル)
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死の貝 小林照幸
書評誌で絶賛されていたノンフィクション。本書には、副題に「日本住血吸虫症との闘い」とあるように、明治期に山梨、広島、及び九州南部のみでみられた謎の風土病(後に日本住血吸虫症と判明)について、その発症の原因や感染ルート(中間媒体のミヤイリガイなど)を特定し、さらに治療法、予防法を確立して完全に制圧するまでの多くの医師、研究者、行政らの壮絶な闘いが描かれている。まず巻頭の一枚の写真を見てこの病気の苛烈さに驚かされる。そして、遺体の解剖が罪人の遺体しかできなかった時代(死亡した患者の遺体の解剖ができなかった時代)、電子顕微鏡のない時代に、病気の原因を突き止めていくまでの地道だがドラマティックな物語に圧倒される。その後ようやく発症の原因が門脈に寄生する全く新しい寄生虫(日本住血吸虫)であることが突き止められるのだが、そこに至るまでの、研究のために死後の解剖を希望した患者の話、感染ルート特定のために愛猫を検体として差し出す医師など、本当に涙なしには読めない話の連続だ。さらに話は治療薬の探究、予防方法の模索(溝渠のコンクリート化、熱湯消毒、PCPナトリウムなど殺貝剤による消毒、水田から果樹園やゴルフ場への転換、虫を媒介する農耕用牛馬から機械への転換など)へと続いていくが、その過程で昭和天皇による研究者への激励、レイテ島での米兵大量感染の教訓から対策を強力に推進した戦後のGHQ、揚子江流域での大量死に直面していた中国の周恩来首相の日本への協力要請といったエピソードが続く。いずれのエピソードも驚きの連続だし、日本での研究成果が中国やアフリカなど世界中の風土病との闘いに役立っていくのが感動的だ。そして、本書に関して一番驚くのは、これが執筆された1990年代に本書の著者がまだ20代だったという事実だ。当時は懸命にこの病との闘いに臨んだ医師や学者の一部がまだ存命で、本書こそ彼らへのヒヤリングが可能だった最後のタイミングで書かれたという事実に圧倒される。(「死の貝」 小林照幸、新潮文庫)
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未整理な人類 インベカヲリ
知人に勧められた一冊。写真家でノンフィクション作家という著者のエッセイ集だが、これがかなり衝撃的な内容だった。それぞれのエッセイに統一的なテーマは特にないようだが、一貫しているのは、各エッセイに著者自身も含めて「変なことをしてしまう人々」が何人も登場すること。著者自身の「不幸の手紙」「電柱に書かれた落書き(鉄柱詩)」コレクションの他、不可解な収集癖犯罪者、道端のお地蔵さんに服を着せる人などがテーマのエッセイがあるし、メインテーマ以外でも随所にそうした人々が登場する。その他、「東京拘置所のランチのコッペパンが絶品」「集合住宅空き巣被害の9割は101号室」「厚さに比べて重たい本が売れる」「普段不気味な声で鳴くキョンは捕獲される時だけ可愛い声で鳴く」といった犯罪絡みや真偽不明の不思議なトリビアも満載、不思議な感じの面白さを堪能した。(「未整理な人類」 インベカヲリ、生きのびるブックス)
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シュレーディンガーの少女 松崎有理
ディストピアを逞しく生きる女性たちを描いたSF短編集。人が65歳で必ず死ぬ世界、肥満者が迫害される健康至上主義の世界、数学を学ぶことが禁止されている世界、サンマが絶滅してしまった世界など殺伐さは色々だが、どれも発想がすごい。著者の本は本書が3冊目、最近の科学トピックや最先端の科学の知見をエンターテイメントに落とし込むテイストが共通している。個人的に一番面白かったのは、サンマが絶滅した世界で1人の小学生が夏休みの自由研究課題でネット検索やAIツールを駆使して焼いたサンマの味を再現しようと奮闘する「秋刀魚苦いかしょっぱいか」。収録された短編で1番短い掌編だが、近年のサンマ漁獲量減少、AIを普通に使いこなす子どもたちという現代的なトピックからこんなに面白い話を生み出す著者の発想力、凄いなぁと改めて感心してしまった。(「シュレーディンガーの少女」 松崎有理、創元SF文庫)
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漂流老人ホームレス社会 森川すいめい
精神科医でホームレス支援の活動をしている著者が、日々の活動で出会ったホームレス、一緒に活動をしている仲間たちの困難な状況を伝える内容の一冊。突然の解雇、アルコール依存症、認知症、統合失調症、知的障害など様々な理由でホームレス化を余儀なくされた人たちへの様々な冷たい仕打ちや末路が、何十もの事例で紹介されている。読み進めていて強く感じたのは、ホームレスの人たちの困窮の要因が様々であるにも関わらず、善意悪意を問わず支援の仕方が「ホームレス」という現象面だけで括られた支援に留まっていることの問題点だ。これはホームレス支援だけでなく様々な福祉活動や行政の取り組みに言えることだし、著者が本書で一番伝えたかったことも多分そういうことだと思った。(「漂流老人ホームレス社会」 森川すいめい、朝日新聞出版)
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その復讐、お預かりします 原田ひ香
(更新を再開します)
人気作家の最新文庫化本。本屋さんに行くと目立つところにたいてい著者の本が置いてあり、著者の本にはハズレがないという経験則からか、未読の作品を見つけるとつい買ってしまう。本書の内容は、著者独特のありそうでなさそうな不思議な仕事のお仕事小説で、今回は他人に裏切られた依頼者の復讐を請け負いその無念を晴らすという探偵の物語。どんな技を使って復讐するのかと思えば、ほとんど何もしないのだが、それでも鮮やかに解決してみせる。他人に対する恨みは恨む側の当人をも傷つけてしまうし、復讐心というものは時間に任せたり心の持ちようでかなり何とかなるということを教えてくれる、清々しい読後感の一冊だった。(「その復讐、お預かりします」 原田ひ香、双葉文庫)
人気作家の最新文庫化本。本屋さんに行くと目立つところにたいてい著者の本が置いてあり、著者の本にはハズレがないという経験則からか、未読の作品を見つけるとつい買ってしまう。本書の内容は、著者独特のありそうでなさそうな不思議な仕事のお仕事小説で、今回は他人に裏切られた依頼者の復讐を請け負いその無念を晴らすという探偵の物語。どんな技を使って復讐するのかと思えば、ほとんど何もしないのだが、それでも鮮やかに解決してみせる。他人に対する恨みは恨む側の当人をも傷つけてしまうし、復讐心というものは時間に任せたり心の持ちようでかなり何とかなるということを教えてくれる、清々しい読後感の一冊だった。(「その復讐、お預かりします」 原田ひ香、双葉文庫)
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嘘つき姫 坂崎かおる
初めて読む作家の短編集。日常のありふれた話の対極にあるような違和感満載の世界や、現実世界と少しだけ違う要素が物語の経過とともに大きく膨らんでいく世界を描いた短編が並んでいて、この作家の想像力の凄さに圧倒された。電気椅子によるショーで死を求めるニューヨークの魔女、アメリカの農村で雇われ農夫として働く異形の存在など、とにかく不思議な話があるかと思えば、戦場で戦闘ロボットを庇って死んだ若者、試作品の育児体験キットに翻弄される女性2人、古くなった電信柱を切る作業に従事する女性の話など現実世界からごく近い物語まで色々だが、いずれも著者独特の世界が繰り広げられる。一番衝撃だったのは、育児お試しセットのお話で、冒頭の初期設定の説明のくだりとラストの衝撃は、これまでに読んだ小説の中でも圧倒的に凄かった。(「嘘つき姫」 坂崎かおる、河出書房新社)
所用のため1週間ほど更新をお休みします。
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大ピンチずかん2 鈴木のりたけ
大ヒットしている絵本。子ども目線で色々なピンチの場面を数字化していて、見ているだけで楽しい。それと、これは子どもの頃にそうだったなぁとか、大人になった今でもこうなると結構ピンチだなぁとか、大人になってピンチではなくなったけど高齢になってまたピンチと感じるようになったなぁとか、色々考えながら読むのがこれまた楽しい。最後の泥だらけのページのところのオチがまた大変素晴らしい。本書と同じコンセプトで「老人ピンチずかん」というのがあっても面白い気がするが、少しブラック過ぎるかもしれない。(「大ピンチずかん2」 鈴木憲武、小学館)
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ゴッホは星空に何を見たのか 谷口義明
天文学の研究者が、ゴッホに関する先行の研究書、大量に残されたゴッホ本人の手紙、著者自身の科学に関する知見を使ってゴッホの絵に描かれた星空についての謎の解明を試みる一冊。絵が描かれた場所とおおよその日時、画家の目線の方角などから、描かれているのが何の星を確定したり、配置の不自然さ、遠近法の歪みなどから、画家の心情や意図を読み取っていく。最初は素人目には少し考えすぎというかゴッホ自身そこまで考えていたのかなぁと思う部分もあったが、読み進めていくと、ゴッホ自身が星に対して並々ならぬ関心を寄せていたことを知り、著者の分析の正しさのようなものがじわじわと伝わってきた。(「ゴッホは星空に何を見たのか」 谷口義明、光文社新書)
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赤ずきん、アラビアンナイトで死体と出会う 青柳碧人
「赤ずきんちゃん」シリーズの最新刊。著者の「昔話シリーズ」が終了したと告知されていたので、赤ずきんちゃんを主人公にした話ももう出ないのかと思っていたら、別のシリーズという扱いだったようだ。内容は、アラビアンナイトの世界に迷い込んだ赤ずきんちゃんが遭遇する事件を解決し、自らのピンチを乗り越えていくという、これまで通りのもの。一応謎解きの要素のあるミステリー小説ではあるのだが、舞台がアラビアンナイトの世界なので、ランプの魔人、空飛ぶ絨毯、触れるものを石に変えてしまう泉など不思議アイテムだらけ、それらのアイテムの魔力が発揮される条件も色々、さらにそれらが後から判明する場合もあって、真面目に謎解きを楽しむのはほぼ不可能だ。「何だこれは?」と思いつつ「面白いからまあいいや」という感じで楽しく読み終えた。(「赤ずきん、アラビアンナイトで死体と出会う」 青柳碧人、双葉社)
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転売ヤー闇の経済学 奥窪優木
「転売ヤー」と呼ばれる人たちへの取材を通じて、どのような品物が転売の対象になり、彼らがどのような手順で利益を出そうとしているのかを綴った一冊。本書で取り上げられている転売の対象となる品物は、ポケモンカード、PS5、羽生結弦グッズ、ディズニーグッズ、格安スマホ、高級酒などだが、これらには流行り廃りがあり刻一刻と変化しているとのこと。販売者側も転売をさせないように色々手段を講じるのだが、転売する側もその裏をかくように新たな方策を考えるようになり、イタチごっこなのだそうだ。一方、彼らの手口として紹介されているのが、クリスマス前のおもちゃ買い占め、デパート外商を利用した高級品購入、中国人によるライブコマース、各地のチャリティバザー行脚など。クリスマス直前のおもちゃ買い占めでは、5000〜7000円、バリエーションが少ない、知育玩具ではないという特徴の商品が買い占め対象として狙われるというのがなるほどと感心した。こうした手口を少しでも知っていれば、やたら高いものを買わざるを得ないという状況を回避できるので知っていて損はないだろう。(「転売ヤー闇の経済学」 奥窪優木、新潮新書)
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ヘビ学 ジャパンスネークセンター
ヘビに関するびっくりするようなことを教えてくれる解説書。ジャパンスネークセンターという研究機関の研究員4名による共著で、ヘビの生態、ヘビ毒、ヘビの行動学などの専門家として最新の研究成果を教えてくれる。ヘビは世界に約4100種いるが、そのうち日本に生息しているのは43種だけでその大半が日本の固有種だそうだ。ヘビの特徴は、脚がない、瞼がない、耳孔がない、下顎が左右独立していて上顎との間に関節が複数あるなど。また地中棲、地上棲、水中棲、樹上棲など生息場所が多様、10数cmから10mと大きさも様々、卵生も胎生もあるとのこと。この辺りまでは、「へぇそうなのか」という程度だが、読み進めていくと、ヘビには聴覚がない、舌で嗅覚を感じている、脊椎が150〜350ある、0.003°Cの温度差を感知する、食事は週1回でOKなどなど、びっくりする記述の連続だ。インドのコブラ使いが笛を吹いているが、音を聴いてクネクネしているのではないというのが笑える。一方、ヘビ毒については、血液を凝固させて血管を破壊し出血をもたらす出血毒、神経の刺激伝達を阻害する神経毒など沢山の種類があり、それがヘビの種類によって違ったり、複数の毒が混ざっていたりしているとのこと。ヘビに噛まれた時の対処には、どういうヘビに噛まれたかを特定することが困難、山奥なので病院が遠い、薬の常備が困難、症例が少ないので医師も判断できず「虫刺され」と診断しがち、といった問題があるとのこと。「おわりに」を読むと、編集者から2024年10月までに書き終えるようにとの依頼があった書かれていて、今年がヘビ年だったと思い出した。とにかく面白いトリビア満載の一冊だった。(「ヘビ学」 ジャパンスネークセンター、小学館新書)
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