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論より譲歩 土屋賢二

読んでいてこんなに楽しい随筆は珍しい。「ツチヤ師」の出てくる作品、例えば「冥土の土産理論」などは、「ツァラトゥストラはかく語りき」を髣髴とさせる文体で、大笑いさせてくれるし、くだらないようでいて、著者の主張していることは何だかとても的を射ているようにも思える。気に入ったフレーズもそこかしこに満載だ。「不可解な笑い」の書き出しには特に感心した。どういう発想でこういう文章が書けるのか不思議な気がする。本書は文春文庫だが、裏表紙の裏をみると、文春文庫だけで著者の作品が10冊以上既刊されていることが判る。本書は、「恐妻家」と「売れない自著」という2つの自虐ネタが大半で、これでもかこれでもかとその話が出てくるが、他の本はどうなっているのか、是非他の本を読んでそれを確かめてみたくなった。(「論より譲歩」 土屋賢二、文春文庫)

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あるキング 伊坂幸太郎

目につく水色を基調に、大きくトランプのキングが描かれたつい読みたくなるようなしゃれた装丁の本書。裏表紙の宣伝文を読むと、「いつもの伊坂幸太郎の本とはかなり違う」という注釈が載っている。著者に限って言えば、「伊坂作品を読みたい」と思っている読者にとって、この宣伝文句は逆効果のような気もする。実際、私自身も「そうなのか」と少し逡巡しながら、それでも何かあるだろうという思いで迷いながら入手した。物語は、ある天才野球選手についての話だが、かなり現実離れした不思議な内容だ。先日読んだ「夜の国のクーパー」もそうだったが、そこには「もっともらしい話「」現実らしさ」というものへの配慮はない。ただただある条件のもとで物語の登場人物が動き回る。その中に「善悪とは相対的なものである」「正しいと信じて行動することの大切さ」といった教訓めいたものを嗅ぎ取ることは容易だが、それだけでは大きな何かを見落としてしまっているような気分になる。小説を読むということの人ぞれぞれの意義というものを根本から考えさせられる1冊だ。ひょっとしたら作者の狙いもそこにあるのかと思ってしまう。(「あるキング」 伊坂幸太郎、徳間文庫)

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イギリスの不思議と謎 金谷展雄

ロンドンオリンピックの関連本のような本書だが、予想以上に面白かった。イギリスという国の代名詞のような言葉として思い起こされる「ジェントルマン」「紅茶好き」「フーリガン」といったキーワードの背景にある意外な歴史やイメージと実像の違い等がしっかりとした文献や考察で語られていて、興味本位の際物とは違う味わいのある内容となっている。何故「ジェントルマン」という言葉が使われるようになったのか、それがどのような階層の人々を意味していたのかという話は、目からうろこだし、「フーリガン」達がある意味でイギリスの労働者階級の正義を具現した存在であるという指摘にも大いに考えさせられた。(「イギリスの不思議と謎」 金谷展雄、集英社新書)

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原子炉の蟹 長井彬

原子力発電所のなかで起こった不可解な死亡事件を追う新聞記者達の活躍を描いた社会派ミステリー。今から30年以上前に刊行された本書だが、福島の原発事故のこともあって、再び注目を集めているようだ。原子力産業と言えば、秘密主義というイメージ、何となく胡散臭いというイメージが付き纏うが、本書では,原子力発電所内部の作業現場を描写することで、漠然とした感覚ではない具体的なイメージを読み手に提供してくれる。犯人が密室にこだわっているように見える謎、犯人がわざわざ犯行現場にメモを残す謎の真相などは、原子力発電所という特殊な場所でこそ成立するもので、感心してしまった。巻末の解説に、著者の「原子力発電所には小説のネタが一杯ある」というような言葉が紹介されているが、そうした著者は嗅覚のようなものがこの作品の良さになっている。(「原子炉の蟹」 長井彬、講談社文庫)

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世界クッキー 川上未映子

独特の切れ目の少ない文章で、それでいてだらだらした感じのしないさっぱり目の文章で、はっとするような形容詞で、ああでもないこうでもないと言いながらも自分の思考経路を的確にとらえ、しかも関西弁のにおいがする不思議な文章が続く本書。「燃える顔…」に大笑いし、「母とクリスマス」にほろりとさせられ、「私を泣かせる小発見」「境目が気になって」で考えさせられる。少し緩めの文章で始まって最後の一文はびしっと決まっている。こんな感性の作家は本当に初めてだと間違いなく感心してしまう1冊だ。(「世界クッキー」 川上未映子、文春文庫)

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どちらかが彼女を殺した 東野圭吾

裏表紙の解説に「究極の1冊」とあるので、何かと思って読んでみたのだが、何とこのミステリー、犯人の名前が最後まで明かされずに終わってしまうというウルトラCの結末だった。本書には巻末に「袋とじ解説」という珍しいものがついていて、さすがにここには犯人の名前が書かれているだろうと思ったのだが、何とここでも犯人の名前は出てこなかった。作者の意図が「犯人の名前を明かさない」ということならば、解説がそれを覆せるはずが無いことは少し考えれば判ることだったが、これでは「いったいどうしてくれるんだ」ということになってしまう。もともと本書では容疑者は2人だけ、右か左か選べというのに等しいのだが、やがてこれは比喩ではなく本当に読者に「右か左か」の選択を強いているのだということにたどり着く。正直言って、私は最後まで読んで、袋とじ解説もしっかり読んだが、どちらが犯人なのか確信が持てなかった。何回も読んで、メモを一生懸命取って、何時間も考えれば確信がもてるのかもしれないが、そんなこともできないし、それに作中の主人公は一瞬でそれに気づいたことになっている。結局、自分はミステリー好きではあってもミステリー通ではないのか。少し釈然としないまま読み終えた。(「どちらかが彼女を殺した」 東野圭吾、講談社文庫)

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ロングロングアゴー 重松清

語り手が子ども時代の友達や出来事を振り返り、今の自分がその時の相手と色々な形で再会するという統一テーマの短編集。子ども時代の自分のなかに、子ども特有の未熟さやずるさがあったことを確認しながら、その時から自分が変わったこと、変わらないことを見出していく。自分も他人も社会もそれぞれに変わってしまうものだと感じつつ、それを肯定的にとらえていく著者のまなざしが暖かい。昔になればなるほど「貧富の差」といった理不尽なものに翻弄される人間という色彩が強くなるのは、人間というものが社会ほどには急速に変化しないからだろう。それを感じながら読んでいると、著者はそうした人間の本質のようなものを書きたかったのではないかと感じる。(「ロングロングアゴー」 重松清、新潮文庫)

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チョコレートの世界史 武田尚子

普段口にしているチョコレートにこんなにすごい歴史があることを初めて知ってびっくりした。1杯のココア、1つのチョコレートが我々の口にはいるまでのドラマ。キーワードを挙げただけでも「大航海時代」「宗教戦争」『自由貿易」「産業革命」「市民革命」「フェアトレード」「大量生産」「マスメディア」等々、これらすべての世界史の動きが、ココア・チョコレートの生産に大きく関わっていたり、逆に影響されたりしてきたことが判る。ココアについて「薬か食べ物か」「飲み物か固形物か」という宗教論争の話や、ココアが労働者を蝕むアルコールに代わる飲み物として開発され、労働者の生活改善に寄与したという話は大変面白いし、「青いキットカット」ラベルに込められた思いなども胸を打つ話だ。ココアバターにカカオマスをブレンドして作るチョコレートが発明されてからまだ150年しかたっていないということにも驚かされた。チョコレートを食べることに奇跡を感じてしまうような後味の残る1冊だ。(「チョコレートの世界史」 武田尚子、中公新書)

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小野寺の弟・小野寺の姉 西田征史

大きな事件が起きるわけでもなく、独身で2人暮らしの姉弟の日常を淡々と綴った本書。2人が交互に独り言を言っていくというスタイルで2人の日常が語られていくのだが、その心情を吐露する部分が、ここまで共感できるのも珍しいと思うほど、共感できる。やっぱり人の幸せには色々あるなぁと、しっとりと思わせてくれるのが良い。内容の感想とは関係ないが、単行本なので栞の紐(スピン)がついているのに、読んでいる途中で、茶色の紙の栞ははらりと出てきた。出てきたタイミングもばっちりで、(読まないと判らないが)何ともにくい演出、出版社か作者のしゃれた感覚だろうが、思わずにっこりとしてしまった。(「小野寺の弟・小野寺の姉」 西田征史、泰文堂)

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雪と珊瑚と 梨木香歩

幼い子供を抱えた若い主人公が、周囲の善意に助けられながら、育児をしながらカフェを開業し、奮闘する姿を描いた小説。開業までの準備と子どもの成長、さらには自分の成長がシンクロして話が展開していく。書評にもみられるように、周囲の善意や助けがご都合主義的でやや現実離れしているのは否めないが、そうした周囲を巻き込むた幸運というものも、ある程度自分の気持ちの持ち方で変わるということを教えてくれているようで違和感はあまり感じない。こういう等身大の小説はどうしても自分の周辺の現実となぞらえて読んでしまうが、一人の人間の成長物語として大いに面白かったのは間違いない。(「雪と珊瑚と」 梨木香歩、角川書店)

 

また海外出張で10日間ほど、更新をお休みします。

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特等添乗員αの難事件 松岡圭介

著者の別のシリーズを読み続けるかどうか悩んでいるところだったのに、また著者の新しいシリーズに手を出してしまったという感じだ。いつも行く本屋さんで意外にも買いたい本が1冊も見つからず、何も買わないで店を出ることが恥ずかしいのでとりあえず買ったのが本書。傍目には、この本だけを買うのはもっと恥ずかしいような気もするが、私が気になるのは本屋さんとの関係だけなので、まあしょうがないかと思う。本書は、新シリーズということで、主人公の特等添乗員αが誕生するまでのエピソードが語られているが、内容は、これまで読んできたQシリーズの1冊と言ってもおかしくないくらい、Qの存在感の大きな作品だ。本当の意味での主人公αの独り立ちは次回作以降ということなのだろう。これまでのQシリーズを読んできた人にそうした期待を抱かせるような内容は、まさに著者の術中にはまってしまっている感じがする。(「特等添乗員αの難事件」 松岡圭介、角川文庫)

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楽園のカンヴァス 原田マハ

元キュレーターという経歴の著者が、満を持して世に送り出した、自分の専門領域である美術界についてのミステリー。画家の絵の値段というものが非常に曖昧なものであることから生じる画商と画家、あるいは画商とコレクターの複雑でややダークな関係は、よくミステリーの題材になるが、本書では、美術館のキュレーターという職業の人間がそれに加わり、さらに複雑な関係や思惑が錯綜する。本書は、今年の直木賞候補作として最後まで受賞作と争った作品で、結局は「作中作にやや難あり」ということで受賞を逃したようだ。受賞した辻村深月は私も大好きな作家で彼女の受賞は当然といえば当然だと思うが、本書も彼女の作品に劣らず面白い。次作でどのような美術界の内幕を見せてくれるのか、それが本当に楽しみだ。(「楽園のカンヴァス」 原田マハ、新潮社)

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天才数学者たちが挑んだ最大の難問 アミール・アクゼル

300年間世界の数学者を悩まし続けた「フェルマーの最終定理」が証明されるまでの道のりを歴史上の数学者の足跡をたどりながら解説してくれる本書。本質的な数学理論に関する部分は途中で理解できなくなってしまったが、様々な数学者が難問に立ち向かうドラマは無類の面白さだ。ガウス・オイラーといった大数学者は、この最終定理に魅せられつつも、それにのめり込むことはなかったという。この問題が自分の手におえない難しい問題であることを直感的に理解したからのようだが、この問題にのめりこんで一生を棒にふった多くの数学者が存在したことを考えると、彼らの数学上の大きな業績の背後には、そうした危険を察知する直感のようなもののおかげもあったのだと不思議な感じがする。また、そもそもの問題提起をしたフェルマーが自分の解答を残さなかったこと、結局この定理が正しかったこと、この定理が非常に難しい問題だったこと、これらの全てが必要条件となって織り成されたドラマはまさに奇跡というしかない気がする。(「天才数学者たちが挑んだ最大の難問」 アミール・アクゼル、早川書房)

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インビジブルレイン 誉田哲也

「姫川シリーズ」はこれで5冊目になる。裏表紙の解説に、シリーズで最も切ないラストと書かれていたが、これには2つの意味がある。特にラスト3ページで明らかになるびっくりする結末には、これからこのシリーズはどうなってしまうのかと、心配になるが、巻末の対談で作者自身がその点について言及しており、作者の意図には納得。このシリーズの、かなり猟奇的な犯罪と、捜査陣のどろどろとした人間関係に対してけなげに立ち向かう女性刑事という設定は本書でもこれまで通りだが、犯罪の猟奇性の方はこれまでの作品に比べると少しおとなしい感じだ。ただ犯行の動機があまりに悲惨なのは何とかならないものかと思う。(「インビジブルレイン」 誉田哲也、光文社文庫)

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浜村渚の計算ノート 3と1/2 青柳碧人

シリーズ初の長編で、活溌の文庫書き下ろしという本書。ただ本書は、本シリーズのメインテーマである主人公と悪の組織「黒い三角定規」との頭脳対決という内容には厳密にはなっていないということで、「4冊目」ではなく、「3と1/2冊目」ということになっている。この厳密さは、数学を扱う本シリーズらしく分数を使ってみたかったというだけなのか、作者のきちんとした性格がでているのか、何となく面白い。本書では、数学好きに助けられた双子の兄弟が出てくるが、彼らに明かされる思いもよらない真実が何ともおかしくて悲しい。ミステリーと数学パズルの融合を楽しむのが本シリーズの眼目で、作者もしきりに「ミステリー部分の謎ときを楽しんでほしい」という雰囲気をだしているのだが、私のように初めから謎ときを放棄して読んでも楽しめるのがこのシリーズのミソということになるだろう。(「浜村渚の計算ノート 3と1/2」 青柳碧人、講談社文庫)

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