書評、その他
Future Watch 書評、その他
老いの福袋 樋口恵子
少し前のベストセラーだが、知人に勧められて読んでみることにした。冒頭のトイレからの生還の話、自分自身はまだそこまで追い詰められたことはまだないが、現時点でも結構難儀しそうなので和式トイレには入らないようにしている。もう少し歳をとると、一つ前の世代の著者の体験談や忠告が身にしみるようになるんだろうなぁ、今からできることをしておかなければなぁ、と心底思いながらの読書だった。なお、著者が介護保険導入の立役者だったすごい人だったことを本書を読んで初めて知った。(「老いの福袋」 樋口恵子、中央公論新社)
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ちょっと踊ったりすぐにかけだす 古賀及子
書評誌の2023年上半期のベスト10の第2位にランクイン、絶賛されていたので読んでみることにした。内容は、子育て日記のエッセイという普段は読まないジャンル。どうということのない日常だが、子どものちょっとした行動や発言に成長を感じたり、世代の違う子どもの感性に感動したりする様が、自分の場合は孫娘たちに対して感じることとダブって、とても共感できた。特に上の男の子は、小学校高学年から中学生の時期の様子が描かれているが、感著者の庇護のもとで、独特の言語感性が磨かれているようで他人事ながら将来が楽しみだと思う。歳をとると自分の子どもや孫だけでなく世の中の子ども全般が可愛く感じられるようになるというが、それを強く実感した。(「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」 古賀及子、集英社)
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動くはずのない死体 森川智喜
著者の本は2冊目。前作は特殊設定ミステリーの先駆けのような連作短編集として印象的だったが、本作は特殊設定あり、叙述トリックありのより幅広い作品群が収められた短編集だ。本領発揮の特殊設定ものは、絶対に捕まらないと悪魔に太鼓判を押された犯罪者の顛末、瞬間移動できるブギーマンである犯罪者と刑事の知恵比べの2編で、とにかく理詰めで展開されるストーリーが面白いし、その他の3編もそれぞれ味のある作品ばかり。ロジカル、ポップ、クレージーという3つのキーワードがぴったりの一冊だった。(「動くはずのない死体」 森川智喜、光文社)
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世界でいちばん透きとおった物語 杉井光
書評誌の2023年上半期ベスト10にランクインしたミステリー小説。帯に「ネタバレ厳禁」と書いてあるので何か大きなどんでん返しでもあるのだろうと読み進めたが、終盤近くまで多少ミステリー要素はあるものの、どんでん返しの気配が感じられないごく普通の読みやすい小説だった。ところがある時点で偶然あることに気づいて愕然とした。そしてさらに読み進めていくと、もっとすごい想像を超えた事実が発覚、「えぇそういうことなの?」「そこまでやるか?」という驚きが待っていた。さらに最後のページに隠された秘密に3度びっくり。こんなことを考えるなんてと、作者とその関係者に脱帽の一冊だった。(「世界でいちばん透きとおった物語」 杉井光、新潮文庫)
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映画 ミャンマーダイアリー
ミャンマーの今を伝える映画ということでぜひ観たいと思い、コロナ禍前によく通っていたミニシアターに久し振りに行った。あまりにも久し振りなので、自分がシニア割引対象者なのをすっかり忘れていた。また、受付で当日券を買うと、「どの席にしますか」と言われてタブレットを見せられた。以前は全席自由席で入り口に並んだ順に場内に入って好きな席に座るというシステムだったが、コロナ禍の影響で事前の全席指定席制に変わっていた。映画は、軍事クーデター後のミャンマーの様子を伝える市民の隠し撮り動画によるドキュメンタリーと10人の映画監督が作成した短編映画を組み合わせたような内容。登場人物の顔が全て見えないよう工夫されていて、関係者のクレジットもなし。それだけで現在のミャンマーの危うさが伝わってくる。ミャンマーにいる多くの知り合いが今どうなっているのか、日本から問い合わせることすら危険なので控えてほしいと言われているが、本当に心が痛む思いで鑑賞した。
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先祖探偵 新川帆立
先日読んだ著者の本の略歴欄を見たら、まだ未読の本書の題名が書いてあったので、早速読んでみた。自分の来歴を知りたい、先祖がどんな人だったか知りたいという顧客の依頼を受けて、先祖探しの手助けをする女性が主人公の連作短編集。顧客の先祖探しの動機は、ただ先祖自慢をしたい老人、先祖について調べよという夏休みの宿題を手伝って欲しいという高校生など様々だが、戸籍を取り寄せたり先祖所縁の地を現地調査したりするうちに、主人公はそれぞれの顧客の抱える真の動機、戸籍制度を悪用した犯罪、更には戦争中に空襲によって戸籍そのものが消失してしまったり戦中戦後の混乱で戸籍そのものに不備が生じてしまったりして様々な苦労を強いられた人々の存在などが浮かび上がる。戸籍制度がどうあるべきか、改善の余地はないのかなど、色々考えさせられる一冊だった。(「先祖探偵」 新川帆立、角川春樹事務所)
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日本百名虫 フォトジェニックな虫たち 坂爪真吾
買った時には気づかず本書しか買わなかったが、上下2冊でワンセットの本だった。内容は、日本のすごい虫100種をマクロ写真と軽妙な語りで解説してくれる図鑑とエッセイの中間のようなもので、本書では主に100種のうちの甲虫を中心とした50種が掲げられている。副題は「フォトジェニックな虫たち」。著者が100種を選定する基準は、歴史のある虫であること、個性的な特徴を有していること、日本で採取が可能であることの3点とのことだが、採取可能という基準のため、採取が禁止されている天然記念物の虫とか種の保存法の対象になっている希少種は除外されている。素人的にはそうした珍しい虫も見てみたいので、少し残念な気もしたが、そうした虫を取り上げると、心ない採取コレクターによる悪影響が懸念されることへの配慮だと分かって納得した。本書で最初に取り上げられた「カゲロウ」の項を読んでまず愕然。カゲロウの成虫の生存期間は1〜2時間だそうで、メスは羽化した後そのまま空中に舞い上がり、その後地面に着いたところで死ぬそうで、そのため必要のない脚は退化してしまっているとのこと。全く知らなかった。全編を通じて虫好きのあるあるが満載で、彼ら独特の来歴、生態、形態の見どころに対する感性とこだわりがとにかく面白い。形態でいえば、色、輝き、ほどほどのサイズが大切だとか、種類の少ない方がコンプリートできそうなので人気があるとか、クマゼミの項では最近のセミ食ブームをうっすら心配したりとか、カエデの木は色々な虫が集まる集虫力がすごいとか。また、虫を採取する方法が色々紹介されていて、ベテランに同行して採取する大名採集、ふんどしトラップ、羽毛トラップ、セルフトラップなど、めちゃくちゃ面白い。上巻の本書は比較的地味な甲虫中心だが、下巻では蝶々なども取り上げられているようで、読むのが楽しみだ。(「日本百名虫 フォトジェニックな虫たち」 坂爪真吾、文春新書)
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優等生は探偵に向かない ホリー・ジャクソン
シリーズ3部作の2作目。冒頭に1作目の事件のあらすじや犯人の名前がしっかり書かれていて、内容も続編というよりは一つの物語の第1部、第2部という感じに近い。ちゃんと順番通りに読んで良かったと思った。内容は1作目同様、高校生の主人公が、SNSや仲間の協力を得て、自分の属するコミュニティーで起きた友人の失踪事件を解決するというもの。第1作で事件解決の代償として自分や家族を危険な状況にしてしまったり大切なものを失ってしまったりした主人公はもう二度と自分の情報収集や推理の能力を使わないと心に決めたのだが、自身の正義感から再度その能力を使うことになる。1作目の事件解決により一躍有名人になった主人公に対しては、誹謗中傷、デマによる攻撃が相次ぐがそれと戦い、またそれを乗り越えながらポッドキャストなどSNSを前作以上に駆使して、事件の真相に迫っていく。主人公が遭遇する困難は前作を遥かにしのぎ、主人公の心のケアが必要だろうなぁと心配になる。いよいよ次は話題沸騰の第3作。楽しみと同時に、主人公の心が心配だ。
(「優等生は探偵に向かない」 ホリー・ジャクソン、創元推理文庫)
(「優等生は探偵に向かない」 ホリー・ジャクソン、創元推理文庫)
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認知心理検察官の捜査ファイル 貴戸湊太
初めて読む作家。本屋さんの店頭で見つけて面白そうなので読んで見ることにした。副題に「名前のない被疑者」とあるが、巻末に同じ題名で副題だけが違う既刊本の宣伝が載っているので、本書はシリーズものの2作目ということらしい。内容は、検察官の主人公が、送検された被疑者が発する意外な一言に隠された被疑者自身の心の内を心理学の知識を使って読み解くというもの。被疑者の心の内を明らかにすることで、事件そのものの謎よりも被疑者の置かれた状況や犯行の真の動機が浮かびあがってくる。事件の意外性や独創性ではなくそうした点に焦点を当てた今までになかったような謎解きが面白かった。(「 認知心理検察官の捜査ファイルー名前のない被疑者」 貴戸湊太、宝島社文庫)
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山上徹也とは何者だったのか 鈴木エイト
旧統一教会問題を長年追い続けてきた著者の本。読むのは3冊目だが、これまで読んだ2冊が主に旧統一教会と政治の癒着を扱ったものだったのに対して、本書は「山上徹也」が犯行に至った経緯を中心に考察する内容。考察にあたっては、著者がこれまで調べてきた膨大な旧統一教会とそれにまつわる政治家の動静、山上被告の弁護士へのヒヤリングや関係者へのインタビューに基づく事件前後の様々な事実、更には山上被告自身のSNSへの投稿内容などを駆使し、それらを時系列や因果関係毎に分析することで見えてくるものが克明に描かれている。どこかの時点で犯行を食い止められなかったのかという自戒も含めて、長年にわたって旧統一教会問題を追い続けてきた著者ならではの渾身の一冊だ。(「山上徹也とは何者だったのか」 鈴木エイト、講談社+α新書)
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5A73 詠坂雄二
TV番組で紹介されて話題になっていた本書。近くの本屋さんを何軒か回って探したが見つけられなかったが、新横浜の大型書店でようやく手に入れることができた。ある自殺者の遺体から「文字」らしきものが書かれたタトゥーシールが発見される。自殺であることは疑いがなく警察も事件性なしと判断しているのだが、不思議なことに同じシールが貼られた自殺者がすでに3人もいることが判明。警察が極秘に捜査に乗り出すが、背後に何があるのか判然としないままさらに次の自殺者が現れてしまう。物語は遺体に残された幽霊文字と呼ばれるある文字を巡って色々な立場の人たちが様々な仮説を披露することによって予想外の展開を見せていく。読んでいて、よく一つの文字に対してこれだけの仮説が成り立つなと驚くばかり。最後まで読み終えて、もう一度、巻頭の前書きを読むと、そこにすでに色々な仕掛けが施されているし、その後の目次も題名のない章と登場人物の名前を冠した章が交互に並んでいて改めてなるほどなと感心してしまう。ミステリーとかホラーとかというジャンルを超えて、読んでいる最中のワクワク、色々なところに隠された仕掛けなど、魅力に満ちた一冊だっだ。(「5A73」 詠坂雄二、光文社)
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オンライン講演 カラスに科学は似合わない?
久しぶりにオンラインによる講演会に出席。講師はカラスの研究で有名な松原始教授。私自身、先生の一般教養書は5冊くらい読んですっかりファンになってしまっていて、先生の講演がオンラインで聴けると知って早速申し込みした。内容は日本に多く生息するハシブトガラスとハシボソガラスの生態に関する解説で、講師の著書同様、分かりやすく、面白く、為になる3拍子揃ったもの。捕獲のしにくさ、高所での営巣、行動範囲が広い、性別が判別困難といったカラス特有の研究のしにくさを乗り越えて、両者の営巣地、採餌場所、採餌方法、地表での滞在時間や行動などを克明に調査し、地道にその生態の違いを明らかにしていくプロセスは本当にスリリングだ。また、著書にはない動画による研究活動風景などもあって、本では分かりにくい現場の臨場感も味わえた気がする。本当に楽しい1時間だった。
生息地 ハシブト森林と都市部、ハシボソ農耕地、低地
営巣地 ハシブト、ハシボソの巣が半径500mに多数混在
採餌場所 ハシブト路上、ハシボソ色々(川辺なども)
滞在場所 ハシブト樹上、ハシボソ地面を歩く
採餌方法 ハシブト着地前に餌をみつけて舞い降りる、地面を歩かない
ハシボソ歩いて餌を探す、石をひっくり返す、土や落ち葉の裏を探す
生息地 ハシブト森林と都市部、ハシボソ農耕地、低地
営巣地 ハシブト、ハシボソの巣が半径500mに多数混在
採餌場所 ハシブト路上、ハシボソ色々(川辺なども)
滞在場所 ハシブト樹上、ハシボソ地面を歩く
採餌方法 ハシブト着地前に餌をみつけて舞い降りる、地面を歩かない
ハシボソ歩いて餌を探す、石をひっくり返す、土や落ち葉の裏を探す
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自由研究には向かない殺人 ホリー・ジャクソン
数年前に話題になった海外ミステリー。ずっと未読だったが、最近刊行されたこの作品のシリーズ3作目が非常に面白いということなので、シリーズ1作目の本作から順番に読むことにした。イギリスの高校生が数年前に身近で起こった殺人事件を大学受験のための自由研究の課題にして、真相究明に奮闘する。警察のような捜査権はないし、関係者が狭い地元の知り合いだらけなので人間関係にも気遣いながら、時には羽目を外して真相に迫っていく様がスリリングに描かれる。また、主人公が現代っ子らしくSNSやスマホの機能を駆使し、小説の中でもスマホの画面などが図版として掲載されていて、色々な面で新しいミステリーだなぁと感じる。これが著者のデビュー作というのには驚かされるが、これから読むシリーズ2、3作目がとても楽しみだ。(「自由研究には向かない殺人」 ホリー・ジャクソン、創元推理文庫)
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ハンチバック 市川沙央
最新の芥川賞受賞作。純文学には馴染みがなく、芥川賞の発表直後にその作品を読んでみるということは滅多にないが、今回は受賞発表のニュースを見て読んでみたくなった。難病の著者が書いた難病の主人公の日常を描いた小説で、どこまでが実体験や著者自身の心情吐露でどこからがフィクションなのか、虚実皮膜とはこういうことなんだろうなぁと思いながら読み終えた。(「ハンチバック」 市川沙央、文藝春秋)
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マッカラーズ短編集 カーソン・マッカラーズ
アメリカ南部ジョージア州出身で20世紀中葉に活躍した夭折の女性作家の短編集。アメリカでは有名な作家のようだが、彼女の作品を読むのは初めて。描かれているのはアメリカ社会の中で生きるかなり変わった人々の日常や言動なのだが、読んでいると何故かアメリカに滞在していた頃に出会ったアメリカの人々のことが色々思い出されて、皆ここまで奇妙ではないが同じような雰囲気を漂わせた人がいたなぁと、懐かしいような奇妙な感覚を覚えた。ルーツも歩んできた道も全く違う人々が共存するためのある意味突き放したような個人主義、それに抗うように頑なに自己保身とエゴを纏った差別意識、激しい競争社会の中でもがくうちに疲れたり傷ついてしまったりしている人々。これらの容赦ない描写が、それをわが身になぞらえるアメリカ人の心に強く響くのだろう。健康で陽気でたくましく前向きなカウボーイのようなアメリカのイメージと対極にある、常に何かに追い立てられるような沈鬱な社会の断面を見せてくれる、とてもアメリカらしい一冊だと感じた。(「マッカラーズ短編集」 カーソン・マッカラーズ、ちくま文庫)
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