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ミステリーマガジン700 杉江松恋

ミステリーマガジン700号を記念して編纂された過去の傑作短編集。同誌に掲載されたことがある作品で、かつ作家個人の短編集などに掲載されたことのない作品、という2つの厳しい縛りがある中での編集ということで、必ずしもオールタイムベストの作品が並んでいるわけではないが、それでも膨大な数の対象作品があるのだろう。2,3よく判らない作品を除いて、どれも大変ひねりのきいた佳作が並んでいるという印象だ。読んだことのある作家の名前は全体の半分程にすぎないが、その中でみると、短編の名手と言われる作家の作品が必ずしもとびぬけて面白いということでもなく、ここで出会った作家の作品をこれから読んでみるというのも一興かなと思う。作品の中で印象に残ったのは「子守」という作品で、最期の10行位のところで思わず声をあげてしまった。(「ミステリーマガジン700」 杉江松恋、ハヤカワ文庫)

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海妖丸事件 岡田秀文

いつも買っている本屋さんの推薦コーナーで見つけた1冊。「月輪探偵シリーズ」第3弾と銘打っていて、前2作を読んでいないので内容についていけるかどうか少し不安だったが、読んでみると、そのあたりはちゃんと配慮されているようで、全く問題なかった。枚葉は、明治時代を舞台にしたミステリーで、そのため指紋とかDNA鑑定といった科学捜査は一切登場せず、探偵がよりどころにするのは、動機と機会の2つのみということになる。これはミステリーを書く際の制約になるには違いないが、科学捜査が使えないという点では、閉ざされた空間で起こる密室事件を得意とするいわゆる「本格もの」の王道ともいえるシチュエーションにすぎない。雪に閉ざされた山奥の別荘で、たまたま現場に居合わせた名探偵が、雪がやんで警察が駆けつける前に事件を解決してしまうというお得意のパターンと同じである。そう考えると、明治時代を舞台にするというのは、ある意味、本格ものミステリー作家にとっては、無理なく本格ものの状況を作り出すのに好都合なのかもしれない。本署のトリックは、かなりよくできていると思うが、なぜか私は偶然、本書に登場する大きなトリックを2つとも予想できてしまった。読んでいる途中で、自分自身であるトリックを思いついたのだが、読んでみたらそのトリックがそのまま使われていたので、びっくりした。そんなこともあるんだなと変に感心してしまった。(「海妖丸事件」 岡田秀文、光文社)

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ママはテンパリスト 東村アキコ

NHKの新番組「漫勉」の記念すべき第一回を飾った漫画家の作品。NHKの番組では、そのタッチのスピード、ギャグ漫画執筆の鉄則などが興味深く語られていて、一度作者の作品を読んでみなければと思っていたら、下の娘が作者のファンだということで、本署を貸してくれた。内容は、「すみません、育児なめてました」と副題にある通り、漫画家として超人的な仕事量をこなしながら、出産・育児に奮闘する自分自身を主人公にして、育児の大変さとやりがいをギャグ漫画でつづったもの。私自身、上の娘が育児の真っ最中なので、それになぞらえて、何度も「なるほどなぁ」と感心しながら読んだ。月並みな感想だが、世の中の育児に苦労している母親たちに勇気を与えてくれる内容で、作者の人気の秘密、若い世代からの絶大な支持の理由もそこにあるのだろうなぁと感じた。(「ママはテンパリスト」 東村アキコ、集英社)

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つくし世代 藤本耕平

1992年を一つの時代の区切りと考え、その時に小学生だった現在の30歳以下の世代の考え方を解説してくれる啓蒙書。ちょうど自分の下の娘がその世代に該当するので、娘の行動パターンや言動を思い起こしながら読み進めることができて、大変興味深かった。本書ではさらにそれよりもっと若い世代の傾向、今後の方向性もしっかり述べられていて、大いに参考になる。また、現代の若者の間で使われている「用語」の解説なども充実していて、思わずメモをとってしまった言葉が20くらいにもなった。親子の断絶回避のために親が読むべき参考書、教育現場での参考図書、企業にとってのマーケット戦略の指南書など、実に多くの用途がありうる良書だと感じた。(「つくし世代」 藤本耕平、光文社新書)

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悲しみのイレーヌ P・ルメートル

衝撃的だった「その女アレックス」「花婿に市のドレスを」の作者の翻訳の第3弾。書かれたのは「その女…」の前で、このシリーズの第1作だという。読む順番は逆になってしまったが、その点はあまり気にならずに読むことができた。本署の内容は、既読の2冊以上の大仕掛けにとにかくびっくりさせられる。同じような仕掛けのミステリーは無いわけではないし、すでにどこかで読んだような気もするのだが、この仕掛けをデビュー作で使うところがびっくりだ。「その女アレックス」の衝撃的な内容も、本作を読んだことのある読者ならば、まさに「期待通り」というところなのかもしれない。内容の面白さはもちろんだが、とにかく、この作家、こういうデビューの仕方をしたのか、こういう作風なんだ、ということが判って面白かった。(「悲しみのイレーヌ」 P・ルメートル、文春文庫)

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損したくない日本人 高橋秀実

本署を読んでいると、当たり前だと思っていたことがそうでもないような気がしてくる。「損と得は反対語なのか?」「貧乏くさいとはどういうことなのか?」という素朴な疑問を解明しようとしていくうちに「幸せとは何なのか?」という根源的な疑問に突き当たる。「損と得」へのアプローチをいくつも重ねるうちに、それぞれの言葉の定義があいまいになっていく。そうしたさまが大変面白い。ノンフィクション作家だけあって、1つの疑問にぶつかると、それを解明すべく、すぐに識者やその道のオーソリティーに意見を聞きに行く。そのフットワークの軽さも本署の大きな魅力だ。読み終わって、何かの知識が明確に残るという感じではないが、何だか今まで以上にあくせくすることがバカらしくなってしまった。(「損したくない日本人」 高橋秀実、講談社新書)

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声 インドリダソン

待ちに待った「湿地」「緑衣の女」に続くシリーズ第3弾。北欧ミステリーが世に知られ始めた作品群の続編という位置づけで、読む前のハードルはかなり高かったのだが、存分に楽しむことができた。事件としては、最初に起きた地味な事件だけで、次から次へと事件が起きるといった派手さは全くないが、少しだけ予想を裏切る展開の連続から、事件は当初思いもしなかった方向へと進んでいく。この少しずつ予想を裏切るの「少しだけ」というのがみそで、その小さなずれの積み重ねが絶妙な雰囲気を醸し出す。世のなかがクリスマスに浮かれている陰で地味に進行するドラマというコントラストも良い。登場人物のなかにスノビッシュなイギリス人が出てくるが、これはアイスランドの人々のイギリスへの感情を反映させているのだろうか。そうしたことを考えると、色々アイスランドという国をよく知っていれば、もっと楽しめる部分もある気がするが、逆にアイスランドという国を知らない読者が読むと、その特殊性が判る部分もあって、ことさら新鮮さを感じることができる。(「声」 インドリダソン、東京創元社)

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浜村渚の計算ノート6 青柳碧人

シリーズの7冊目ということで、題材になっている数学のトピックもだいぶマニアックになってきたような気がする。これまでは、数学の素人でも一度くらいは聞いたことがあるような数学的なテーマがストーリーの要に据えられていたような気がするが、本書では全く聞いたことがないようなテーマばかりが並んでいる。但し、それが欠点かというとそうでもなく、そうした馴染みのない話を分かりやすく話に織り込んでくれているので、むしろ今まで以上に興味深く読むことができたような気がする。一方、数学的問題とストーリーの合致という意味ではさすがに、ここまで来ると苦しい感じも否めない。なじみのない数学的なテーマと、それを必然と思わせるストーリ-展開の2つをどう融合させるか、これが本シリーズの今後の課題だと強く感じた。(「浜村渚の計算ノート6」 青柳碧人、講談社文庫)

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リラ荘殺人事件 鮎川哲也

本署を読み終えて、久々に「本格もの」推理小説を読んだという感じがした。「本格もの」というと、今となってはかなり陳腐な分野に成り下がってしまった気がするが、「一時期は自分もこうした作品が大好きだったなぁ」という郷愁さえ感じたほどだ。閉鎖した空間の中で次から次へと殺人事件が起きるにも関わらず、登場人物が普通に部屋に戻って寝てしまうといった現実にはあり得ない行動の連続で、突っ込みどころは満載なのだが、不思議とそれをあげつらおうという気にはなれない。ゲームを楽しんでいるのだからそれで良いではないかと言われればその通りだと答えざるを得ない雰囲気にさせるのは、文体なのだろうか、それとも別の要素なのだろうか、そのあたりがよく判らないまま、懐かしい世界だなと思っているうちに、読み終えてしまった。(「りラ荘殺人事件」  鮎川哲也、角川文庫)

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下流老人 藤田孝典

高齢化社会の加速、非正規雇用の増大、他人に不寛容で切れやすい団塊世代の老人達、といったいくつもの社会問題を総合していくと「総下流社会」に行き着く恐れがあるということを、具体例をあげながら、説得力のある記述で解説してくれる1冊。最近NHKなどでこの手の内容の番組をよく見かける気がするが、内容がやや断片的で、そうした番組をみても、本書のようにそれが1つの流れに行き着くことを早期することはなかなか困難だろう。そうした点も含めて、順序立てて判りやすく解説してくれる本書の意義は大きいだろう。自分の子供や孫の世代のことを考えると、本当にぼんやり感覚的に物事を考えたり意見を言ったりしていてはいけないという気持ちになる。最後の方で、生活保護を「保険科」するというアイデアが示されているが、本当にこのくらいの荒療治をしないと社会の意識を変えることはできないのかもしれないと感じた。(「下流老人」 藤田孝典、朝日新書)

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櫻子さんの足下には死体が埋まっている8 太田紫織

本作品はシリーズを通じて読んでいるが、どうも最近の2,3冊については、ややついていけない部分が多くなってきたような気がする。主人公たちの宿敵ともいえるキャラクターがでてきて、その陰におびえながら話は進んでいくのだが、その設定が荒唐無稽でリアリティがないせいか、先品の中に入り込んだり、登場人物に共感したりということがしにくくなっている。また、これまでの話を詳細に覚えていなければわからないような話の進展が時々あるので、それにも面喰ってしまう。シリーズも8巻目になり、思い入れの強い読者しか残っていないと思われているのかもしれないが、読者の中には、主人公や物語の熱烈なファンではないが、軽い気持ちで物語を楽しみたいと思いながら読み続けている読者がいることを忘れてほしくない。(「櫻子さんの足下には死体が埋まっている8」 太田紫織、」角川文庫)

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診察室に来た赤ずきん 大平健

精神科の医師が、様々な患者の心の問題を、おとぎ話に含まれた教訓から解きおこしていくという、一風変わった内容のエッセイだ。新横浜の良く行く本屋さんで推薦していた1冊で、本屋さんと出版社がタイアップして復刻されたとのこと。内容的にはやや古い感じのものもあるが、総じて今書かれたといっても通じるような新鮮を感じさせる内容だ。心の問題はいつの時代も変わらないという見方もできるし、この分野の治療方法が試行錯誤の連続なんだということを如実にあらわしているようでもある。最後の方で、「自分の物語を見つけてみてはどうか」という問いかけがあり、それが一番心に残った。(「診察室に来た赤ずきん」 大平健、新潮文庫)

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地方消滅 増田寛也編著

人口減少という待ったなしの危機に改めて警鐘を鳴らす啓蒙本。前半が実証編、後半が対談、という2部構成で、前半は今後の展望を色々な角度から積み重ねて提示することで、問題の所在と事態の深刻さを浮き彫りにする内容だ。提示する内容や分析の手法はオーソドックスだが、編著者の意図や問題提起がストレートに伝わってくる。一方、後半の対談は、問題に対する解決方法や対応策についての意見を対談形式で提示するというスタイルだが、こちらも、前半部分の復習にあるのと同時に、様々な対談者の危機感がうまく表現されていて、前半と対をなして、うまい構成になっていると感じた。(「地方消滅」 増田寛也編著、中公新書)

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本にだって雄と雌があります: 小田 雅久仁

少し前に書評誌で話題になっていたのを覚えていて、本屋さんで文庫になっているのを見つけて、読んでみることにした。本署のアイデアは「本にも雌雄がある」という単純な発想で、読み手としては、それが物語としてどのように展開されるのかを期待しながら読み進めた。しかし、実際に読んでみると、少し肩すかしを食ったというか、本に雌雄があるというアイデアはこの本のごくごく一部に過ぎず、本署の中心は、むしろある一家の明治から現代にいたるまでの克明な家族史だ。しかも、この家族の歴史の中身とその語り口がめちゃくちゃに面白い。語り口は、いかにもという関西弁なのだが、その面白さは今までに読んだことのない質のもので、関西のノリのようなものは一切関係ないのがうれしい。最後に話は「運命論」的な展開を見せて終わるが、本書の真骨頂はストーリーよりもその語り口にある。登場人物の戦争体験や飛行機事故の記述など、素晴らしい点はいくつも指摘できるが、読んでいる途中の楽しさが鮮烈で、その点で記憶に残る稀有な1冊だった。(「本にだって雄と雌があります」  小田雅久仁、新潮文庫)

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漁港の肉子ちゃん 西加奈子

東北地方と思われる地方の漁港で、元気に子供を育てる主人公と、周りに色々気を使いながら成長していくその娘の話。2人がその漁港で暮らしているのには何か深いわけがありそうなのだが、それが明示されるのは終盤になってからだ。それまでは天真爛漫な母親の言動をハラハラしながら見守る娘の話に付き合ってその明るさを楽しんでいられるのだが、終盤になってある秘密が明かされると急に、その娘の言動の本当の意味が理解され、話は別の様相をみせる。メッセージは明確だし、読んでいて面白いし、最期に心も温まるし、読んでよかったなぁと心から思える1冊だ。あとがきで明らかにされる本作と東日本大震災の関係を示すエピソードも心に残る。(「漁港の肉子ちゃん」 西加奈子、幻冬舎文庫)

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