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残月記 小田雅久仁

著者の本は2冊目。前に読んだ作品も非常に印象的だったが本作も強烈な魅力を持った作品だ。中短編が3つ収められた連作集だが、いずれも突拍子もない設定の中で個人の内面や人間同士の関係性といったものが奇妙なリアリティをもって克明に記述されていく。3つの作品に共通する「月」というモチーフにどういう意味があるのかと考えたがよく分からない。月には見つめていると少し怪しげな気分になるという特性がある気がするが、著者にとってもそうした特性を意識した上で想像力を広げていく媒体、きっかけのようなものだったのかもしれない。前作から本作ができるまでかなりの年月が経っていて、著者はかなりの寡作家だと思われるが、次作が楽しみだ。(「残月記」 小田雅久仁、双葉社)
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ひきこもりグルメ紀行 カレー沢薫

著者の本は初めて読むが、これがめちゃくちゃ面白かった。各地の名産を食べ歩くといったエッセイは色々あると思うが、本書は出版社からランダムに送られてくる地方の銘菓や食材を著者が食べてコメントするという内容。安直な企画にも思えるが、送られてくるということは基本的にお取り寄せができるということであり、昨今の外出自粛の状況を先取りしたような企画とも言える。実際、色々な銘菓が紹介されるたびにネットで取り寄せ方法の確認作業をおこなうことになり、それも面白さの一部になっている。但し、本書の本当の魅力は、著者の独特の文章にある。銘菓の模造品を「ジェネリック食品」と表現したり、「カロリーは最大の調味料」という格言が紹介されたり、「食品業界には意外と揉め事が多い」といった分析が紹介されたりで、一つ一つが色々な面白さを醸し出している。早速、著者の別の本をネットで探して次に何を読もうかと考えてしまった。新年早々楽しみな作家を見つけ嬉しくなった。(「ひきこもりグルメ紀行」 カレー沢薫、ちくま文庫)
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日本全国津々うりゃうりゃ 宮田珠己

昨年末に読んだ同名の本が面白かったのだが、それがシリーズ3作目だとわかり第1作目に遡って読むことにしたのが本書。冒頭の「名古屋」編、住んだことのある都市なのだが、巡る観光スポットは全く知らないところばかりだった。その他のところは多分まず今後行くことはないだろうなぁというところばかりで、そうしたところは読んで済ませるのに丁度いいという感覚で気楽に読める。本書は著者の別の本で詳しく書かれた趣味の石ころ拾いと無脊椎動物鑑賞の記述が多くそれも面白かった。(「日本全国津々うりゃうりゃ」 宮田珠己、幻冬舎文庫)
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戒名探偵 卒塔婆くん 高殿円

お寺の次男坊と戒名やお墓についてやたら詳しい高校生コンビが、仏教界の大小の謎を解くというコージーミステリーの連作短編集。書評誌の今年のベストテンにランクインしていたので読んでみた。設定の奇抜さ、表紙の絵などライトノベルタッチの軽い読み物風だが、実際は、仏教界の問題やあるあるを徹底的に調べ上げたような重厚な内容のミステリーだった。最初の一編では漢字数文字の戒名だけからその戒名がつけられた人物の生涯を推理して最終的に個人名を特定してしまうという離れ業が演じられる。また最終話の中編は太平洋戦争で亡くなった兵士の遺骨を収集して弔う活動などを絡めた内容で、色々と考えさせられた。主人公にまつわる謎が謎のまま終わることもあり、続編への期待が高まる一冊。(「戒名探偵 卒塔婆くん」 高殿円、角川文庫
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闇祓 辻村深月

久しぶりに心から怖い本を読んだ気がする。昔読んだオカルトチックな「リング」も怖かったが、本書における日常に潜む闇の怖さはそれ以上かも。4つの独立した話が最後につながるという構成だが、誰が良い人で誰が悪い人なのかすら最初のうちは判然としない。誰にでもある虚栄心、嫉妬、不安につけ込む悪意が増幅されてとんでもない世界に迷い込んでしまう感覚。現代社会の生きにくさをこうしたストーリーで見せる作者の想像力、文章力にひたすら脱帽の一冊だった。(「闇祓」 辻村深月、KADOKAWA)
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ナナメの夕暮れ 若林正恭

本書は単行本で既読なのだが、文庫化にあたって17000字の書き下ろしが収録されているとのことなので、再度購入して再読したもの。単行本購読の際に強烈な記憶として残っているアイスランドの花火の章などを流し読みして、その後書き下ろしの部分をじっくり楽しんだ。文章を読むとそれを書いた人の人柄が分かると言うが、それは文章力あってこそということが改めて理解できた気がした。(「ナナメの夕暮れ」 若林正恭、文春文庫)
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ミステリーと言う勿れ 田村由美

娘に勧められて現在刊行済の10巻までを読んだ。明日からTVドラマで放映されるというので、それまでにということで一生懸命読んだのだが、漫画を読み慣れていないせいか読み終えるのに数日かかってしまった。話の内容は、独り言の多い主人公がほとんど思考だけで現代の生きにくさを背景にした重たい事件の真相に迫っていくというもので、新しい形の安楽椅子探偵もののように思われた。話は10巻で少し区切りのついた感じだが肝心の主人公の謎はまだ序の口といったところ。まだまだ先が長そう。(「ミステリーと言う勿れ」 田村由美、小学館)
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コンタミ〜科学汚染 伊与原新

著者の本はこれで3冊目。本書の帯に「理知的ミステリー」とあるように、著者の作品はいずれも何らかの形で科学的な知識を織り込んだ内容に特徴があるのだが、それだけではない魅力がある。本書が扱うのは「健康に良い」「ガンが治る」などと言いつつ科学的な根拠のない商品を売りつける悪徳な擬似科学商法。主人公たちは悪徳商法で悪名の高い組織に入社した直後に消息を断った若手女性科学者の行方を追う。一見するとSTAP細胞事件を彷彿とさせる内容で、悪徳商法の常套的な手口や謳い文句、法律の網をかいくぐるための巧妙な言い回しなどが満載、それだけで為になる。もう一つ本書を読んで分かるのは科学者の悪徳業者との関係。積極的に加担するような科学者は論外として、誠実な科学者でも関わりになることをとにかく避けようと無視無関心を決め込む科学者、世の中の害毒を払うために果敢に批判を続ける科学者など様々だということ。結末は正義の完全勝利とはならないのだが、そのことがこの問題の闇の根深さ根絶の難しさを教えてくれる気がした。(「コンタミ〜科学汚染」 伊与原新、講談社文庫)
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驟り雨(はしりあめ) 藤沢周平

久しぶりに読む著者の作品。代表的な作品は大体読んでいると思うが、こうしたシリーズ物でない小品集には未読のものもかなりあり、たまたま本屋さんで見かけたのを読んでみた。記憶にある著者の作品は下級武士をが主人公のがものが多かった気がするが、本書の主人公は全て町人で、職業も職人、博打うち、泥棒など色々。こうした市井の人々の暮らしぶりや彼らにとっての人生の一大事が簡潔な文章でドラマチックに語られる。これらは必ずしも勧善懲悪ではないが、短い掌編を続けて読んでいるうちに、人間はやはり誠実に生きなければなぁと思えてきた。(「驟り雨(はしりあめ)」 藤沢周平、新潮文庫)
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