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マスクは踊る 東海林さだお

いつものゆるいエッセイだが、本書はエッセイの他に著者自身のマンガが収録されていて、少し特別感がある内容。著者80歳代ということで、昭和ノスタルジー的なものとか認知症に関する話とかが多くなっていて、読んでいて少し辛いところがある。後半はコロナ禍以降に書かれた作品で、マスク着用の日常化と「目は口ほどにものを言う」という表現の先鋭化の指摘などは、全くその通りだなぁと感じた。(「マスクは踊る」 東海林さだお、文春文庫)
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浜村渚の計算ノート 10さつめ 青柳碧人

順番通り読み続けているシリーズの12冊目。だいぶ前から主人公たちと悪の組織との戦いというメインストーリーのマンネリ感が強くなっていたが、今回も相変わらずという感じだ。それでも、今度はどんなマンネリ打破の工夫がされているのかを読むのが楽しみになってきている。今回は、中国やインドで発達した独特の数学とかVRの世界での戦いといった工夫が施されていて十分楽しめた。マメ知識としては、「カプレカー定数(6174)」「嫌な奴(18782)」「ふたつの3乗数の和で表せる最小の数=タクシー数(1729)」などのトリビアが面白かった。(「浜村渚の計算ノート」 青柳碧人、講談社文庫)
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素敵な圧迫 呉勝浩

著者の本は2冊目。前に読んだ本がめちゃくちゃ面白かったし、本書刊行前から書評誌で取り上げられていたりで、大いに期待したが、まさに期待以上の面白さだった。短編5編が収められているが、とにかく文章の面白さ、どこに向かっていくのか先の読めない展開、アイデアの突飛さに翻弄され通しだった。特に印象に残ったのが「パノラマ・マシン」と「Vに捧げる行進」。前者は一見VRを揶揄したようなSFっぽい話、後者はコロナ禍の商店街で起こる奇妙な出来事の話だが、いずれも現代社会の不穏さが容赦なく表わされていて、読んでいて後世になって今の時代を最もよく表した小説、例えば後世になってカフカの「変身」と並び評されるような傑作なのではないかと思ってしまった。(「素敵な圧迫」 呉勝浩、角川書店)
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医者に殺されるな 近藤誠

知人に勧められた本。主著者は、長年日本の医療についての様々な警告本を書いてきたお医者さんで、彼が2022年8月に亡くなった後、彼自身の文章と彼と親交のあった3人の文筆家の文章を一冊にまとめた内容だ。彼の主張は、乳がん摘出手術や抗がん剤治療の弊害から始まり、その批判の矛先は定期健康診断、人間ドック、予防治療、クスリ漬けによる薬物依存、AEDなど多岐にわたり、こうした医学界の問題点を海外の文献を根拠に解説してくれる。自分のような素人には、彼の主張と、「ガンは切除した方が安心」「健康診断や人間ドックは定期的に受診すべき」「検査結果で高めの数値が出たらそれを下げる薬を飲む」といった一般的な医療に関する常識のどちらが正しいのか判断するのは難しいが、彼の応援団のような形で掲載されている養老孟司、和田秀樹、上野千鶴子3氏の文章を読むと、8割がた彼の主張に軍配を上げたい感じだ。数年前に乳がんが再発して亡くなった姉はどうだったんだろう、読み終えた後、今処方されて毎日飲み続けている高血圧とコレステロールの薬を飲み続けてい良いのだろうか、毎年受診するようにしている健康診断も続けて良いのか、色々検査をして貰っても原因が分からず我慢しながら放置している胸の痛みについてお医者さんとどう相談したら良いのか、分からないことだらけになってしまった。(「医者に殺されるな」 近藤誠、ビジネス社)
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歴史の定説を破る 保坂正康

知人に勧められた一冊。明治以降に日本が行った日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦という4つの戦争の顛末を教えてくれる解説書だ。題名と目次をみると、「日清、日露は日本の負け」「第二次世界大戦は日本の勝ち」というのが定説の逆であるかのように書かれているが、中学校の授業でも日露戦争は勝ったとは言えないと習ったので、定説と逆というほどではないし、第二次世界大戦も戦後の日本の平和や経済発展を考えれば物は言い様というところだろう。そんな感じなのでほとんど期待しないで読み進めたが、そうした無理やり逆説であることを強調する必要のないくらい面白いし為になる一冊だった。最も強く感じたのは、既に国家間の戦争が勝ち負けを云々するものではないくらい破壊的で残虐なものになってしまっていることと、いくつもの戦争を経て何を学んだか、何を教訓とすべきかという2点だ。近代化以前の2国が争った日清戦争では、戦後多額の賠償金と領土的権益を得て、日本は戦争は儲かると「学んで」しまった。その為、賠償金の8割が軍事費増強に当てられることになる。また、ロシアの国内事情で終結した日露戦争では、賠償金ゼロで思うような権益が得られず、もっと軍備を拡張して徹底的な戦果を上げなければダメだと「学んで」しまう。さらに漁夫の利を得たような第一次世界大戦では、戦地となった欧州各国が武器の強力化による膨大な人的被害から、軍縮などで戦争のあり方を見直すべきことを学んだ一方、日本ではそうしたことを学ばずに第二次世界大戦へと向かってしまう。また第一次世界大戦で大きな損害を被った欧州では戦争が経済の消耗戦という意味での国力総力戦であることを学んだにも関わらず、日本ではそれを国民全員が命を賭けるという意味での総力戦と思い続けてしまった。そして、第二次世界大戦で多くの空襲や原爆被災による甚大な人的被害でようやく近代後の戦争がどういうものかを学び、「戦争で失ったものは戦争で取り返す」という考えの間違いを学んだということになる。こうしたことを頭の中で整理できる有意義な読書だった。(「歴史の定説を破る」 保坂正康、朝日新書)
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むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし 青柳碧人

日本の昔話を題材にした人気シリーズ作品の最新刊。今回は、こぶとり爺さん、耳なし芳一、舌切り雀、三年寝太郎、金太郎の世界での事件だが、いずれも鬼とか妖怪が出るようなおとぎ話の世界が舞台なので、色々不思議なことが起こって、謎解きも一筋縄ではいかないところが面白い。特に最終話は、有名なクローズドサークルものミステリーのオマージュ作品にもなっていて、結末もめでたしめでたしなのかどうかも分からない、まさに奇想天外なお話。帯に「最終巻」とあるのでこのシリーズは本書で完結ということらしいが、前作を読んだ時にも思ったが、世界の昔話やおとぎ話を題材にして是非続編というか新シリーズを、と思う。(「むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし」 青柳碧人、双葉社)
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絶対悲観主義 楠木建

これまでに全く読むことのなかった人生相談的なノウハウ本だが、知人に勧められたので読んでみることにした。こうした本を読まないのは、言い回しは目新しいが内容が大したことがない、読者に迎合した内容がほとんど、著者自身の自慢話が多い、などの理由からだが、本書はそれと少し違って面白いと思う部分が結構多かった気がする。題名は「絶対悲観主義」と大仰だが要するに「成功を期待しなければ失敗した時のダメージが少ない」というだけのことだし、「終活はカッコ悪いからするな」という話は、理由が曖昧でただ「面倒臭いなぁ」と思っている人にうまい言い訳を提供しているだけのような気がする。「人にペコペコするのは嫌」と言いつつ、仕事でお世話になった人をよいしょする文章が並んでいるし、「自分は凡人で誇れるような人ではないです」と言いながらその行動指針を本にして広めようとしているのは何か違う気がする。こうした点はまさによくあるノウハウ本だが、その思考の根底にある論理はとても面白い。特に本書で謳われている「人を行為主義でみる」「微分派よりも積分派」といった考えはとても参考になると思うし、著者によって引用されている偉人のウイットに富んだ「名言集」は読んでいるだけで楽しかった。(「絶対悲観主義」 楠木建、講談社+α新書)
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コンビニオーナーぎりぎり日記 仁科充乃

「ドキュメント日記シリーズ」の最新刊。これが7冊目だが、巻末の広告を見ると既刊が16冊出ているのでまだ半分以上が未読ということになる。このシリーズは、なかなか本屋で見つけるのが難しく、大半はネットで注文していたが、先日最寄りの大型書店に行ったら棚一列にこのシリーズが並んでいてびっくりした。シリーズを重ねるごとに人気が出ているのかもしれない。本書は、30年近くフランチャイズのコンビニオーナーを続けている夫婦がオーナーとしての日常を赤裸々に語ったドキュメント。色々大変な仕事だという断片的な知識はあったが、ここまで大変だとは予想外だった。年中無休で夫婦とも3年間休みなしで、65%という高額のロイヤリティ、10年ごとの店舗改装で10年間の貯蓄がほぼ全てなくなってしまうこと、廃棄ロスは全て店側の負担になることなど、コンビニのフランチャイズシステムのブラックぶりが満載。更に、どんどん増える業務、顧客からのハラスメント、万引きの横行、暴力団絡みのいざこざ、などが神経を蝕んでいく様は壮絶そのものだ。オーナー側が声を上げて少しずつ改善しているのが救いといえば救いだが、それもまだ道半ば。日頃色々お世話になっているだけに考えさせられる一冊だった。(「コンビニオーナーぎりぎり日記」 仁科充乃、三五館シンシャ)
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人生オークション 原田ひ香

好きな作家の中編2作が収められた一冊。表題作は、ゆとり世代と呼ばれる就職活動中の姪が、かつてバブル期を謳歌した叔母の身辺整理をお手伝いするというお話。叔母の不要になったブランド品などをネットオークションで処分していきながら、姪と叔母がそれぞれ、時代の流れに影響を受けながら歩んできた人生の過去・現代・未来に思いを寄せていく。あまり上手くいっていない現状をみつめつつ、それでも少しずつ明るさを取り戻していく様がほのぼのとしてくる作品だ。もう一つの中編は、眼鏡屋さんの店員として働く女性の物語。何気ない日常の描写かと思って読んでいたら終盤で非常に重たいテーマが待っていた。著者の作品の幅広さを実感した作品だった。(「人生オークション」 原田ひ香、講談社文庫)
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22世紀の民主主義 成田悠輔

若者に絶大な人気の著者の最新刊。読み進めていって本当にすごい人、すごい本だなぁと感じた。本書は、現代日本の閉塞は比較的良いとされてきた「資本主義(進歩の原動力)と民主主義(暴走を抑える手綱)の組み合わせ」が、民主主義の劣化(扇動、分断、憎悪)により資本主義が暴走を始めたという現状認識の元、それに対する対応策を考えるという内容だが、その行き着く先が衝撃的だ。選挙制度の小手先の改革(議員や有権者の定年制や年齢制限、議員への成功報酬制度など)、民主主義の放棄といった選択肢の限界を次々と提示し、最後にありうべきものとして残るのは、様々なデータから人々の無意識の要求やあるべきと考える未来像を抽出しその民意を制度や法律に落とし込む「無意識データ民主主義」だと説く。副題に「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」とあるように、そのような社会では、選挙という制度はなくなるか残っても政策立案制定のための数多くのデータのごく一部になり、政治家の役割は好感度を受け持つネコと嫌悪感を担うゴキブリで代替可能になるという。22世紀の日本や世界がどうなっているか自分に確かめる術はないが、そんな世界もありうるし悪くないかも、100年後か50年後に本書が偉大な予言の書になっているかも、と思ってしまった。(「22世紀の民主主義」 成田悠輔、SB新書)
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密室ミステリガイド 飯城勇三

古今東西の密室ミステリの名作50作品のあらすじ、密室の種明かし、解説からなる一冊。目次を見ると半分以上が未読の作品なので、種明かしを読んでしまって大丈夫かと少し心配だったが、杞憂だった。むしろ、密室ミステリについて少し懐疑的というか、犯人が密室にする必然性やメリットが感じられずさほど好きなジャンルではなかった自分にとっては目からうろこ、案外面白そうな世界だなぁと認識を新たにさせられた内容だった。作者の目線、犯人の目線、読者の目線を様々に想定し、エンタテインメントに徹する。そうした作家の意図が伝わってくる解説にワクワクし、このジャンルがそういう読み方で楽しまれてきたと気付かされた気がする。犯人探しを撹乱させる密室、偶然の密室、そもそも密室ではなく読者がそう思い込んでいるあるいは思い込まされている密室など、そのバラエティは想像を超える。特に面白かったのが、衆人環視の中で空中に人が舞い上がって殺されるカミ作「黒い天井」、結末の欠落したミステリー作品の真相を推理する「凶漢消失」の2編。ここまでとんでもない発想でおちょくられると、むしろ清々しい気さえするだろうと思った。(「密室ミステリガイド」 飯城勇三、星海社新書)
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