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鋏の記憶 今邑彩

少し不思議な能力を持った女子高生が主人公のミステリー短編集。「不思議な能力」といっても事件を直接解決してしまうような「超能力」ではなく、隠された事件の匂いを嗅ぎとるとか真相は別のところにあることを言い当てる程度の能力で、あくまで謎の解明は通常の推理によってあばかれるという設定だ。この設定が、作品を単なるオカルトではなくギリギリ普通のミステリーに止まらせているという微妙な感じをもたらしているし、事件そのものもそれほど悲惨ではなくなんとなくじんわり心に染みる、いわゆるイヤミスの対極にあるような内容。あとがきに、表題作「鋏の記憶」について、著者のお気に入り、自信作と書かれているが、確かにこの作品は数多く読んできた著者の作品の中でも、最高傑作の一つではないかと思うほど面白い。それから読後に気付いたのだが、この短編集のそれぞれの題名は、それを見ただけで内容がはっきりと思い起こされる良い題名揃いだと思う。(「鉄の記憶」 今邑彩、中公文庫)
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朝日は今日も腹黒い 高山正之

例によって嫌中、嫌韓、嫌米の立場から時事問題や歴史を再構築するエッセイ集。批判の矛先は巻を重ねる毎に広がってきていて、もう日本以外は全部ダメという感じになってきている。日本が世界におけるプレゼンスの低下を余儀なくされている中、日本人にとっては小気味良い文章が並んでいる。もちろん書かれていることが全て真実かどうかを検証するすべを持たないが、権威におもねらずに通説を疑ってみる姿勢、自虐的にならずに自分の良いところを正しく認識することなど、有意義な思考のあり方を学ぶことができる内容だと思う。(「朝日は今日も腹黒い」 高山正之、新潮文庫)
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー ブレイディみかこ

色々な意味で多様性に富んだイギリスの公立中学校に通う息子を持つ著者が、その中学校にまつわる様々な日常のトラブルへの対応などを通じてイギリス社会の問題を浮き彫りにするエッセイ集。ここに描かれた多様性にまつわる様々な問題が、イギリスだけの問題ではなく、日本を含めた全世界の問題であることは一目瞭然だ。多様性にまつわる問題の解消方法として安易に採用されるのが隔離政策。しかし色々厄介なことがあっても多様性の確保には代え難いメリットがあると著者は息子に伝える。世界に依然として残る様々な偏見や差別問題だが、本書で描かれているのは、伝統的な人種差別や性差別と同時に、自己責任とかグローバル化という美辞麗句の陰で深刻化する貧困問題、貧富の格差拡大の問題だ。イギリスでの貧困問題への取り組みについて、著者はこの本によって、反面教師的なこと、日本が見習うべきこと、両者を偏見なく伝えてくれている。(「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」 ブレイディみかこ、新潮社)
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風間教場 長岡弘樹

教場シリーズ初の長編という触れ込みだが、主人公の風間教官が警察学校の中で起きる様々な事件を底知れない知識と推理力で解決、それによって将来警察官になる学生たちに警察官として大切なことを教えていく、という全体の流れやスタイルはこれまでの作品と変わらない。本作でも主人公の洞察力の凄さは小説とはいえ驚きの連続だ。ただ、今までと少し違うところは、何故か主人公が人間味を見せる場面が多いなぁというところ。最後のところで、えぇっそうだったの?という展開もあって、読者へのサービス精神も忘れないところがさすがだ。このシリーズも本編で終了という感じなのが残念だ。(「風間教場」 長岡弘樹、小学館)
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超難関中学のおもしろすぎる入試問題 松本亘正

題名から中学受験試験の珍問とか難問を集めた笑いを誘うような本かと思ったが、内容は難関と言われる中学校の記述式問題を集めたいたって普通の中学受験生の親に向けた「傾向と対策」集だった。それでも読み通すとこれがかなり衝撃的な内容だった。今の小学6年生はこんな問題を解かなければいけないのかとびっくりさせられると同時に、学校がどのような子どもを望んでいるかがよくわかる内容でとても参考になる。集められた問題はもちろん大人には造作もない問題ばかりだが、論理的に考えれば出来そうなものばかりではなく、ある程度知識がなければ解法の糸口すら掴めないものも多い。それから個々の中学校によって、求めるものがこんなに違うのかという点にも驚かされた。(「超難関中学の面白すぎる入試問題」 松本亘正、平凡社新書)
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メインテーマは殺人 アンソニーホロヴィッツ

前作に続いて海外ミステリーの賞を総なめにしたという話題作。読む前から期待のハードルがかなり高かったが、読み終えた感想は期待通りの面白さという感じだ。葬儀社に自分の葬儀の手配を頼んだ老婦人がその日に殺されるという事件が発生、その事件を追う元刑事の活躍がワトソン役の著者自身の一人称で語られる。著者自身が語る文章ということで、とことんフェアな記述になっている一方、読者を驚かせるという点ではかなり強い制約があるのだが、それでも読者を大いにビックリさせてくれるのが本書の魅力だ。もう同じ設定の第2作が刊行されているとのこと。早く翻訳されるのが楽しみだ。(「メインテーマは殺人」 アンソニーホロヴィッツ、創元推理文庫)
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巴里マカロンの謎 米澤穂信

久し振りの「小市民シリーズ」最新刊。今回は、主人公が色々なスイーツにまつわる日常の謎を解明していくという趣向の短編集。軽いと言ってしまえばそれまでだが、謎解きと学園ものという2つの要素がうまく融合した内容で最初から最後まで楽しい読書を満喫した。(「巴里マカロンの謎」 米澤穂信、創元推理文庫)
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日々是口実 土屋賢二

文庫本で読み続けているエッセイ集。何が面白いのかうまく説明はできないが、ずっと読んでいて飽きない。収録されたエッセイの内容には色々なパターンがあるが、最も多いのが、一行目に誰もが言いそうなとてもまともなことが書かれていて、それが二行目から少しずつ崩されていくというパターン。常識を疑えという深遠な内容にも思えるし、単に常識を茶化しているだけにも思える、その微妙なニュアンスがとにかく面白い。著者が言うように、あまり深読みせず、読んだそばから忘れてしまうくらいの感覚で読み進めるのが良いのだろうと思う。(「日々是口実」 土屋賢二、文春文庫)
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夏物語 川上未映子

精子提供というテーマの作品。こういうテーマを扱った小説を読むのは初めてだが、ずっしりと心に残る文章と内容に圧倒された。特に終盤になって、主人公が子ども時代に暮らした家を30年振りに訪れるシーンは、静謐な文章と主人公の心境が融合して心を打つ。「新たな世界文学の誕生」という帯の謳い文句が大げさに思えないほどの力作だ。(「夏物語」 川上未映子、文藝春秋)
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就職先はネジ屋です 上野歩

書評誌で高い評価の一冊。ネジを作る中小企業に就職した主人公の奮闘と成長を描いた典型的なお仕事小説で、世の中の様々な機械を裏で支えるネジに関するトリビアが満載だ。本書の最大の特徴は、主人公が就職した会社が実の母親が経営している会社ということで、主人公の成長は自社の製品に対する知識や愛情の確立という側面以外に母親に代わってその会社を担っていくかもしれないという経営者としての資質を高めていく話にもなっていること。そこに単なるお仕事小説と一線を画す本書の醍醐味があると感じた。(「就職先はネジ屋です」 上野歩、小学館文庫)
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ふしぎ地名巡り 今尾恵介

地名に関する豆知識が満載の一冊。題名から「変な地名」ばかりを扱った内容かと思って読み始めたのだが、最初のあたりはごく普通の地名の由来の解説本という感じ。それでも「塚」という漢字が使われているのは「人口の山」がある場合とか、「火」という漢字のつく山は火山ではなく昔「狼煙」をあげた場所が多いなど、へぇと思う内容が続いていて面白い。さらに話は魚へんのつく地名、木へんのつく地名、色の名前が入った地名など、様々な漢字を核にした地名に関する蘊蓄、更に沖縄や京都の独特の地名とか住所表記の話、戦争前の軍事機密法によって改名された地名の話といった具合にバラエティに富んだ話が続く。日本の地名の由来はその土地の地形、特産物、歴史的出来事など様々だが、それに加えて早い者勝ち、当て字、好字二字といった要素が加わり、とにかく一筋縄ではいかないもののようだ。「ゴロゴロ岳」の由来が岩がゴロゴロではなく「標高が565.6メートルだから」といった笑いもあり、色々な意味で充実の一冊だった。(「ふしぎ地名巡り」 今尾恵介、筑摩文庫)
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かんぽ崩壊 朝日新聞経済部

一昨年から大きな問題になっているかんぽ生命の不正勧誘問題をわかりやすく解説してくれる一冊。事件の大体の概要は知っているつもりだったが、事件の発端から直近までの経緯をしっかり読むと、細かい問題点まで知ることができ、問題の深刻さを改めて思い知らされた気がする。そういえば、事件が明るみに出てから自分のところにもかんぽ生命からハガキが一枚きていて特に返信とかしなかったが、それで調査終了の扱いだとは知らなかった。かんぽ生命自身の相談窓口が開設されたようだが、巻末にその電話番号があればより親切だっただろう。(「かんぽ崩壊」 朝日新聞経済部、朝日新書)
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流浪の月 凪良ゆう

本屋大賞ノミネート作品。ある事件の当事者たちの心の内を克明に描写した小説だが、ストーリー、文章とも他の作品に例えることができないし、内容を簡単に要約しようと思ってもできない、まさに稀有な作品だと思う。世の中には当事者にしかわからないことがたくさんある。善意だと思いながら人を傷つけてしまうこともある。一般論や常識による決めつけがネットによって蔓延してしまう怖さもある。本書を読んでいると、こうしたありとあらゆる要素が要約を拒みつつ読み手に迫ってくる。初めて読む作家だが、他の作品がどのようなものなのかとても気になる。久しぶりに衝撃を受けた一冊だった。(「流浪の月」 凪良ゆう、東京創元社)
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