書評、その他
Future Watch 書評、その他
ローカル線で行こう 真保裕一
廃線寸前に追い込まれた第三セクターの鉄道会社を舞台に、県庁からその会社に出向してきた副社長と、建て直しのためにスカウトされてきた社長の2人が、周囲を巻き込みながら建て直しのために奮戦する様を描いた職業小説。ありがちな設定で話の流れもお決まりの展開といった感じだが、1つ1つのエピソードは大変良く出来ている。さらに、最後に明かされる大きな謎も大変面白い。大変楽しく読めるのだが、最後の謎に絡んだ大きな課題には考えさせられる部分もあり、単なる面白いお仕事小説に終わっていない点も見事だと思う。(「ローカル線で行こう」 真保裕一、講談社)
私の嫌いな探偵 東川篤哉
著者のミステリーを読んでいつも感心するのは、ドタバタ劇が繰り広げられるのだが、そこにかなり面白いトリック等のアイデアが盛り込まれていることだ。本書も、そうした意味では、間抜けな探偵とさらに間抜けな助手、その2人の間抜けぶりについつい巻き込まれてしまう女大家さんのトリオによるドタバタが続くのだが、その中に斬新なアイデアが盛り込まれていて飽きさせない。安心して読めるし、楽しいし、通勤の行きと帰りの電車のなかで1編ずつ読めるしで、大変ありがたい本だ。(「私の嫌いな探偵」 東川篤哉、光文社)
株式会社ネバーラ北関東支社 瀧羽麻子
典型的なお仕事小説の本書。東京でバリバリ働いていた主人公が、地方都市の小さな企業に転職し、温かい人情に触れながら成長していくというお決まりのパターンに、謎の人物が「実は‥」という味付けもお決まりの展開だ。こうした職業小説が、昔の生き馬の目を抜くような企業小説に替わるものとして数多く出版されていること自体、現代の世相を反映しているのだと思うと、それを読むのは今を知る非常に良い方法なのだと思う。(「株式会社ネバーラ北関東支社」 瀧羽麻子、幻冬舎文庫)
激変・ミャンマーを読み解く 宮本雄二
ミャンマーという国の歴史についての本を読むのは本書が初めてだが、改めてミャンマーという国は興味深い国で、日本が最も大切にしなければいけない国の1つだという感を強くした。本書を読むと、「ミャンマーの軍政は悪」という考えも「スーチーは欧米の代弁者」という考えも、いずれも物事の一面しか見ていない意見だということが判る。本書は、ミャンマーの近代史を「安定」「統一」「誇り」の3つのキーワードで考えるというシンプルなものだが、他の色々な考え方よりもより良くミャンマーがたどってきた道を説明してくれる。ミャンマーには欧米への妥協以外の道として「中国・インド・ASEAN」という3つの傘という道があること、ミャンマーと日本の昔からのつながりの深さなどの指摘は大変興味深い。それを加味した上で日本にとってのミャンマーの大切さを説く本書は非常に説得力があると感じた。(「激変・ミャンマーを読み解く」 宮本雄二、東京書籍)
ブラック企業 今野晴貴
就職難の時代、若者の労働環境の悪化がひどいことは、肌で感じてきたことだが、本書は、それを「ブラック企業」という切り口で、その実態を明らかにすると共に、それが若者個人の問題ではなく日本社会全体の害悪となっていることを、説得力をもって教えてくれる。「悪質な初任給の水増し表示」「就職後も続く選別」「自己都合退職に追い込むマニュアル」など、驚くような実態が浮かび上がってくる。こうした企業の存在が、日本社会にとって「大切な人材の使い捨て」「医療費や生活保護費など公的負担の増大」「日本という国のブランドの劣化」「日本全体のサービスの低下」「少子化の助長」等の形で、非常に大きなマイナスをもたらしているという意見には大変説得力がある。本書では、「ウェザーニュース」「大庄」「わたみ」といった企業がブラック企業として名指しされているが、その他の企業でも、多かれ少なかれ本書が指摘する「ブラック」部分があること、あるいはそうした方向に向かいつつあることは、日本人全員が薄々感じていることだと思う。そこを何とかしないと、日本に将来はないと心底思う。(「ブラック企業」 今野晴貴、文春新書)
海賊と呼ばれた男(上・下) 百田尚樹
著者の「永遠のゼロ」に感銘を受けた後、著者の本は何冊か読んだが、「永遠のゼロ」に比べるといずれも期待はずれという印象だった。しかし、本書は「永遠の‥」と同じような路線で大変面白く読めた。著者は色々な面を持つ作家だということが判ってきたが、近代日本の人物を描いた作品が一番良いような気がする。但し、本書の場合、実在の人物がモデルになっている主人公が別の名前で書かれているなか、他の登場人物が実名で書かれていたり、同じく別名になっていたりで、そのあたりの使い分けが非常に不自然なのが気になった。色々書かれている出来事が、実際の話なのか創作なのかはっきりしないし、それがこの本の良さに繋がっているとも思えない。本名で書くと支障があるところが別名になっているということなのだろうが、実在の人物や実際の出来事であることを一種の売りにしているにも関わらず、そこのところをあいまいにするのはいただけない。しっかりした評伝を書くだけの検証をせずに楽をしているだけという感じがしてしまうのだ。面白い話と大きな欠点というのは「永遠のゼロ」と大変似ているような気がする。(「海賊と呼ばれた男(上・下)」 百田尚樹、講談社)
ハダカの北朝鮮 呉小元
新聞の人気連載コラムを1冊にまとめた本書。Ⅰつのテーマについて3ページ程度の短い文章でまとめられているので、時間の合間合間に読むのに最適で、しかも読み終えると何となく北朝鮮というもののイメージがつかめるようになっている。じっくり読む本とは対象的な本だが、こうした体裁の本も侮れないなぁという典型のような感じがした。(「ハダカの北朝鮮」 呉小元、新潮新書)
習近平と中国の終焉 富坂聰
2012年の中国における政権交代、世代交代を題材に中国の政治システムや中国情報の読み方について学べる、読んでみて大変有意義な1冊だった。特に、習近平の少年時代の壮絶なエピソード、習近平が後継者として選出された経緯、改革開放の旗手「汪洋」の話等は、読んでいて本当に面白かった。難しすぎず、かといって世間話のような軽さもなく、新書として程良い内容で、中国に関する書籍を色々読む前のトレーニングとしても最適な1冊だと思った。(「習近平と中国の終焉」 富坂聰、角川SSC新書)
晴天の迷いクジラ 窪美澄
著者の本は2冊目。前に読んだ本は、非常に評判が高かったにも関わらず、自分としては全く良いとは思えず、そのギャップは何なのだろうと思ったのだが、本書については、非常に面白く、良い本だなぁと心から思った。3人のいわくつきの登場人物が、色々な経緯からある湾に迷い込んだクジラを見に行くという話だが、その3人の登場人物の造形が実に面白く、非常にシリアスな状況にもかかわらず文章全体に暖かさを感じた。良く判らなかった1冊ととてもよいと思えた1冊、次がどちらなのかが非常に楽しみだ。(「晴天の迷いクジラ」 窪美澄、新潮社)
ビブリア古書堂の事件手帖4 三上延
人気シリーズの第4弾。第3弾が刊行されてからの間隔が随分短い気がする。おそらく、ドラマ化されてTVで放映されている真っ最中ということもあり、人気があるうちにどんどん出してしまおうということかもしれない。本書は、シリーズ初めての長編で、江戸川乱歩の稀講本をめぐるミステリーだ。ストーリーには、主人公の母親との確執も重要な要素として書かれている。短編もののシリーズでネタが不足してきて長編になるというのはよくある話だが、本書の場合は、短編で収まりきらない著者の乱歩作品に対する想いが、長編になった理由だという。本当はどちらなのか判らないが、やはりこのシリーズの良さは短編の形式の方が発揮されると思う。次の作品では短編に戻ってほしいというのが正直な感想だ。(「ビブリア古書堂の事件手帖4」 三上延、メディアワークス文庫)
写楽 閉じた国の幻(上・下) 島田荘司
写楽とは何者かという歴史のミステリーについて、全く新しい解釈を提示した本書。本の帯にも作者のあとがきにも、「構想20年」ということがが書かれているが、その言葉に恥じない力作だ。読み終えて、どうしてこのような設定で書かれたのか判らない謎のようなものがいくつか残ってしまっていて気になるのだが、作者のあとがきを読んで納得した。要するに、その謎の答えを書くと分量が多くなりすぎてしまうからということだ。そうなると、当然、その書き残した部分を続編でということになるのだろうが、本書の場合、最も中心となる「写楽」の謎については書きつくされているので、そうした続編が成り立つかどうかが判らない。何か写楽の謎について新しい補強材料のようなものが出てきたときに続編がでるのかもしれない。そうしう不思議な気持ちで続編を待つことになってしまった。(「写楽 閉じた国の幻(上・下)」 島田荘司、新潮文庫)
3日もあれば海外旅行 吉田友和
週末を利用して海外旅行に行くという旅のスタイルに関する諸々のノウハウを提供してくれる本。画期的なお得情報のようなものは見当たらないが、海外旅行をする際に留意すべき点に関する話はちゃんと網羅されている。マイレージも貯めていないし、IT機器にも疎いし、環境適応力にも全く自信のない自分には、少し高度すぎる内容だが、今の若者には良く理解できて共感できる話ばかりなのだろうと推察される。本書に書かれたように 気楽に旅行出来たらいいのになぁと、それなりに旅ごころを刺激された1冊だった。(「3日もあれば海外旅行」 吉田友和、光文社新書)
続・暴力団 溝口敦
大変面白かった前作の続編。こちらも、暴力団に関する「今」が非常に良く判って面白かった。何回か改正を繰り返している「暴力団対策法」が「暴力団を合法組織ということを前提としている」という根本的な問題、最近の「暴力団排除条例」が暴力団や警察ではなく一般市民に厳しい内容であること問題点、暴力団が警察を甘く見るようになってしまった状況、暴力団に代わって「半グレ集団」という組織が凶暴化しているという話。いずれも、本書で初めて知った内容ばかりで、大変参考になった。(「続・暴力団」 溝口敦、新潮新書)
神道はなぜ教えがないのか 島田裕巳
植物図鑑 有川浩
これまでに読んだ著者の本は、いずれも「門外漢でも面白い」というか「関心のなかった世界も面白く見せてくれる」という感じの本だったが、本書は、正直言ってアウトドア派でも自然好きでもない者にとってはやや辛い内容だ。それ以外に、恋愛小説という面もあるが、そちらもどうも話に乗り切れず、結局最後まで物語に入っていけず読み終えてしまった。万人受けする小説が良い小説ではないというのは当然のことであり、本書についても良いとか悪いとかの問題ではないのだが、これまで読んだ本が全て面白かったので、ちょっと残念な気がした。(「植物図鑑」 有川浩、幻冬舎文庫)