書評、その他
Future Watch 書評、その他
罪人よ安らかに眠れ 石持浅海
北海道が舞台で、登場人物が色々な訳有りという本書、何となく小説家「佐藤泰史」を思い出しながら読んだ。最近、特に北海道出身の作家が色々注目されているような気がする。内容は、佐藤泰志の作品とはまったく異なる謎解きを主眼とするミステリーで、いずれの短編も登場人物の身に起こった悲しい事件を、探偵役の人物が小さなヒントから鮮やかに解き明かすという内容だ。しかもその事件がとんでもなく悲惨で救いがない。その悲しさが何となく北海道の作家の作品に通じるような気がしたのだが、作者の経歴を見たら、北海道出身ではないとのこと。そうなると、本書の作者がどうして北海道を舞台に選んだのかが知りたくなる。こういう悲しい話には北海道がよく似合うという一般的な思いでもあるのだろうか。少し不思議な気がする。(「罪人よ安らかに眠れ」 石持浅海、角川書店)
世界最強の女帝メルケルの謎 佐藤伸行
最近、ドイツに関する書籍が一種のブームになっているようだ。EU加盟国の財政危機、ロシアとの新たな冷戦状態の現出、中東からEUになだれ込む多くの難民の問題など、EUが抱える問題を考えるにあたって、ドイツがそのカギを握っているということなのだろう。また、最近、日本に対するドイツ人のイメージが変わってきているというが、逆にドイツに対する日本人のイメージも少しずつ変わってきているようだ。そうしたなかで、そのドイツの首相であるメルケル女史について、どういう人物なのか、私自身ほとんど何も知らない。東ドイツ出身、風貌が特に目立つわけでもなく、政治家になる前は物理学者だったという彼女、何故彼女のような人物がEUの頂点に立って、一挙手一投足が注目される存在にのし上がったのか、考えてみれば大変不思議なことだ。本書は、そのあたりを判りやすく解説してくれている。一言でいえば、頭脳明晰、語学堪能ということなのだが、特に危機察知能力が優れていることや、語学の中でもロシア語が特に堪能だというところにその秘密があるようだ。そうした彼女がのし上がっていくなかで、彼女を引き立ててくれた恩人が次々と失脚するというめぐり合わせ、それ自体は彼女に責任はないようなのだが、別の不思議さも見えてくる。本書の後半は、メルケル首相の中国・アメリカ・ロシアに対する外交スタンスが語られているが、プーチンの嫌がらせなど何とも大人げない話ばかりであきれてしまう。著者には、次に、本書と同様の視点でメルケルと日本の関係に焦点を当てた1冊を書いてほしいと思った。(「世界最強の女帝メルケルの謎」 佐藤伸行、文春新書)
センター18 ウイリアム・ピーター・ブラッティ
最初に物語が展開する場所と登場人物の大よその人となりが説明されたかと思うと、その後は延々と登場人物同士の不思議なやり取りが進む。「精神疾患を装っているかもしれない集団」という設定なので、それが本当に「装っている」のかそれとも本当に「病んでいる」のか、どちらであるという決定的な証拠を見いだせないまま話は終わってしまう。結局どっちだったんだろうとか、この話の終わり方にはどういう意味があるんだろうなど、自分にとっては様々な謎が完全に未解決のままになってしまった。巻末の解説に、「ミステリーとは極北にある作品」とあるが、まさにその通りだ。ミステリーとは、物語の全体像を自分で構築してそれを把握すること、何がどうしたのかを補ったり推理することなど、本来読み手が行うことを全て作者なり登場人物にやらせてしまっているという意味で、非常に怠惰な読書習慣をつけてしまうものだという。この論理で行くと、何だかミステリーばかり読んでいると読書力が低下してしまうというようなことになるが、ある意味本当にその通りだなあと思ってしまった。(「センター18」 ウイリアム・ピーター・ブラッティ、東京創元社)
腑抜けども、悲しみの愛を見せろ 本谷有希子
初めて入った本屋さんで見つけた1冊。たまたま入ったら、ずっと探していた本が「お勧め本」として陳列されていて、何となくその本屋さんの感性を信じたくなり、別のお勧め本も何冊か買ってみようと思った。その時に買った別のお勧め本が本書。題名のおどろおどろしさが印象的だし、表紙も何だか問題作っぽい雰囲気が漂っていて、たまにはこうした本を読むのも良いのではないかと思い、読み始めた。主な登場人物は、女優を目指す女性とその妹、腹違いの兄と兄嫁という4人だが、皆癖があるというか心に問題を抱えている変わった人々だ。兄によるDVが平然と語られたかと思うと、兄嫁が突然エジプトに旅立ってしまったり、ストーリーとしてはかなりハチャメチャなのだが、読んでいて、何となくその世界に引き込まれてしまった。最後のどんでん返しにビックリしながら、登場人物四人の中で一番強いのは誰か、読む人によってそれぞれなんだろうなあと思いながら読み終えた。(「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」 本谷有希子、講談社)
菩提樹荘の殺人 有栖川有栖
何も知らずに読んだのだが、本作は犯罪学者火村博士を主人公とするシリーズの1冊で、ちょうど今、TVドラマでやっている番組の原作本とのこと。TVドラマは見ていないので、読むのに問題はないのだが、読んでいて、内容的にもいかにもTVドラマ向きだなぁと感じた。すべての短編が、色々な意味で「若さ」という共通項を持った短編集で、そのあたりが様々な工夫が見られて面白かった。シリーズものといっても、大きな一貫したストーリーがあるような感じではないので、また何かの偶然でこのシリーズに出会うかもしれないなぁと思いながら読み終えた。(「菩提樹荘の殺人」 有栖川有栖、文春文庫)
さよならの手口 若竹七海
有名な探偵シリーズらしく、13年振りの新作と大書してあった。前の作品を読んでいなくても大丈夫かどうか心配だったが全く問題なく読むことができた。話は思った以上に緻密で大変読みごたえのある1冊だった。主人公の探偵のキャラクターも面白いし、色々な謎が重層的に絡み合って進んでいくストーリーも秀逸だ。前に書かれたシリーズ作品もこれから読んでいきたくなった。(「さよならの手口」 若竹七海、文春文庫)
ぼくがいま、死についておもうこと 椎名誠
著者による「死」にまつわるエッセイ集。冒険家だけあって、自分が経験した死にそうになったエピソード集かと思ったら、それだけではなく、世界各地で見物した色々なお葬式の話、自分の身近な人の死など、様々な「死」が語られている。「死」というものには色々な側面があることに改めて気付かされる。私も色々考えてみようと思った。そういうきっかけをくれた一冊だ。(「ぼくがいま、死についておもうこと」 椎名誠、新潮文庫)
罪 カーリン・アルヴテーゲン
何だかよく判らないが、「北欧ミステリーの女王」としてすごく評判になっている作者の「衝撃のデビュー作」というキャッチフレーズに惹かれて、読んでみることにした。ミステリーとしても十分に面白いのだが、それ以上に、克明に描かれている主人公の内面や、その主人公に手を差し伸べる登場人物の描写が心に残る。巻末の解説に作者の言葉として、「自分のために書いた」というような記述がある。その分、娯楽性は少ないが、心理的に追い詰められた主人公がどのように救われていくかが、焦点になっている作品、まさに心理的に弱っている作者が自分のために書いたような気がして、そういう作品もありだろうなぁという気がした一冊だった。(「罪」 カーリン・アルヴテーゲン、小学館文庫)
ぼくたち日本の味方です 内田樹・高橋源一郎
内田樹氏、高橋源一郎氏という2人の論客によるここ数年の対談を1冊にまとめた本書。内田樹氏が論客だということは知っていたが、高橋源一郎氏は小説家ということは知っていたが内田氏と本書のように対等に渡り合うような論客だということを初めて知った。テーマによっては、対等以上にユニークな指摘を披露してくれて驚かされた、という感じだ。本書に収められた対談が行われた時期が、東日本大震災を挟んでいて、震災前と震災後で微妙に対談の内容が変化しているのが、大変興味深い。震災の傷跡、人々の心に与えた影響を色々なところで見たり、気づいたりするたびに、自分はどうだったか。自分はどう考えたか、自分はどう変わったかなどと考えてしまう。この人は震災をこういう風にとらえたんだとつい考えてしまうし、他の人の震災体験を聞いたりすると妙に親近感がわいてきたりする。こういう本を読みながらも、まだまだ自分が震災を自分のなかで消化しきれていないことに気づかされる。(「ぼくたち日本の味方です」 内田樹・高橋源一郎、文春文庫)
レジまでの推理 似鳥鶏
本屋さんの従業員が、本や本屋さんの仕事に関する知識を生かして、本にまつわる小さな謎を解いていくという、絵にかいたような典型的なお仕事ミステリー。本屋さんに対する愛情が感じられるのは大変微笑ましいのだが、個人的には全般的に少し甘すぎるというか、危機感が足りないような気がする。久しい出版不況のなかで本屋さんが悪戦苦闘していることへの敬意を前面に出しすぎていて、何だか傷をなめあっているような気がするのだ。本に関わる人たちの中で、最も苦労しているのが本屋さんであることは間違いないとして、出版社の努力は今のままで良いのか、本を執筆する著者、作家たちの努力は足りているのか、そういったところまで踏み込んでこそ、本屋さんの助けになるのではないか。本書を読んでいると、作家の努力は、良い本を書く、時々サイン会を開催して営業協力する、それだけで良いのかどうか改めて問いたい気がしてきた。(「レジまでの推理」 似鳥鶏、光文社)
殺人者たちの王 バリー・ライガ
アメリカで人気のシリーズの第2作。第1作目と同じく、稀代のシリアルキラーの息子の主人公が警察の捜査に協力して事件解決のあたるというストーリーだが、本編では「解決に向かう」どころか、事態は全く改善せず、むしろ謎はますます広がり、混迷度もさらに高まったまま終わってしまう。シリーズものでここまで混迷したままで終わるというのも珍しいような気がする。主人公が自らの出目にうじうじしているというのも相変わらずで、話の遅い展開に「はらはらどきどき」すると同時に「いらいら」してしまうのは私だけではないだろう。これも作者の意図なのだろうが、もう少し展開を早くしてくれないと読者としては気持ちがおさまらない気がする。巻末の解説で、完結篇の第3作の刊行が今年の5月と告知されているのがせめてもの救い。早く完結篇を出してくれと心から思わずにはいられない。(「殺人者たちの王」 バリー・ライガ、東京創元社)
ペテン師と空気男と美少年 西尾維新
本を読む人にとっての悩みの一つは、当然ながら、読みたい本の数と読める本の数のアンバランスだ。読める本の数に限りが無ければ、どんなに本選びが楽だろう。最近の傾向として、読める本の数を増やすべく、読み易い本を先に読むようになってきている気がする。本書などは、読む前から読み易いことが分かっていた。ただし、あまりに読み易いと、それはそれで困る。朝の通勤電車の中で読み始めて、帰りの電車の中で家の最寄駅に着く前に読み終えてしまうようだと、朝本を2冊持って行かなければいけなくなるからだ。本書は予想以上に軽い内容で、あやうく行きの電車の中だけで読み終えそうになってしまった。(「ペテン師と空気男と美少年」 西尾維新、講談社文庫)
21世紀ミャンマー作品集 南田みどり編訳
なかなか読めないアジアの小説集。以前同じ出版社のシリーズで「ミャンマー」の短編小説はいくつか読んだことがあるが、今回は題名に「21世紀」という形容詞がついていて、本書に収録された作品群が、非常に新しい小説であることを示している。これまでに読んだいくつかの作品が、軍事政権下、アメリカなどの経済制裁で経済が停滞していた頃の作品だったのに比べて、最近の作品ということは、近年のミャンマーにおける民主化や経済自由化が何らかの形で小説に投影されているのではないか、実社会の大きな変化が小説というものにどのように投影されているのか、読むにあたっては、そのあたりに非常に興味があった。読んでみて感じたことは、新し時代の到来を強く意識して書かれたような作品やそれを読者に感じさせるような特別の作品には出会えなかったということだ。21世紀と言っても、民政への移行はつい最近のことなので、こちらが期待し過ぎたということかもしれないが、別の意味で感心してしまった。それは、どちらかというとおとなしく静かな作品が並んでいるところに、文学シーンの成熟のようなものを感じることができたし、文学としての若さのようなものも感じることができたということだ。前に読んだ短編集に比べて、バラエテイが格段に高まっている気がするし、ここに収められた社会問題の告発とか政治的な意図のようなものを含まない、市井の人々の生活を切り取ったような作品には清々しさを感じる。本書の中の一編だげ、SF仕立ての環境問題をベースにしたような不思議な作品があり、これが唯一社会派の萌芽を感じさせて興味深かった。(「21世紀ミャンマー作品集」 南田みどり編訳、大同生命国際文化基金)
さよなら、シリアルキラー バリー・ライガ
アメリカで大人気だというシリーズの第一作目。今世紀最悪のシリアルキラーを父親に持つ少年が探偵役という、それだけで面白そうな設定で、ぐいぐいと読者を惹きつけて離さない。周囲の人たちの悪意や好奇の目、自分も父親のようになるのではないかという恐怖と闘いながら、真実に迫っていく姿は、青春小説と言っても良いだろう。話は、大変な事態が巻き起こった直後に第二作へと続く。(「さよなら、シリアルキラー」 バリー・ライガ、東京創元社)
羊と銅の森 宮下奈都
ピアノの調律を一生の仕事にと熱意を燃やす若い主人公の成長の物語。簡単に言えば、いわゆる「お仕事小説」なのだが、その仕事に関する薀蓄の紹介を主眼とする多くの「お仕事小説」とは全く違う濃密な一冊だ。読んでいて、こうした地味な仕事にこんなにも奥深い色鮮やかな世界があるということに驚かされる一方、その世界の普遍性とか芸術の世界がどの様に成り立っているのか、という所まで考えさせられてしまった。「スコーレNo.4」を読んだ時以来の作者のファンだが、ますます今後が楽しみだ。(「羊と銅の森」 宮下奈都、文芸春秋社)
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