書評、その他
Future Watch 書評、その他
秘密は日記に隠すもの 永井するみ
著者の本は何冊か読んでいて、最初に読んだ「カカオ80%の夏」が大変面白かったという記憶が強いのだが、本書の裏表紙の解説を読んで、作者が2010年に死去しており、本書が絶筆だということを知ってびっくりした。慌ててネットで調べると、読んでいない作品がかなりある。短編集はまだ1冊も読んだことがない。これから作者の本を少しまとめて何冊か読んでみようという気になった。本書は、すべて日記形式で書かれた短編4つで構成されている。全く別個の話のようにも見えるが、中には登場人物が若干ダブっていたりして、完全に別の話というわけでもないようだ。それぞれの短編に共通しているのは、本当の秘密を日記に書いているようでいて、実はその日記の内容自体にさらに隠された秘密があったり、読み手を意識した嘘があったりという複雑な構造が巧みに隠されているということだ。日記に書かれた秘密とは、その内容そのものではなく、その動機であったり、嘘の目的であったりということで、このタイトル、実にうまくできているなぁと感心してしまった。(「秘密は日記に隠すもの」 永井するみ、双葉文庫)
都合により10日ほど更新をお休みします。
火花 又吉直樹
話題の本なのでとりあえず読んでみた。破天荒で生活能力に欠ける先輩を慕う若手芸人を主人公とした私小説的な小編だが、「お笑いとは何か」という問いかけと「人生とは何か」という命題が主人公の心の中で1つになっている様が丁寧に描かれている。「お笑いとは何か」という問いかけそのものには特段の熱い思いも共感する部分もないが、主人公の心を通して、そうした自分と関係のない世界を垣間見るというのは紛れもなく小説のだいご味だ。お笑い芸人という本業を持っている著者の文章だけに、意識的に「小説を書いているぞ」と主張しているところも多いが、案外こうしたところに全ての小説家に普遍的なものとか小説の本質のようなものがあるのかもしれないなぁ、面白いストーリーを書きとどめるということが執筆の動機になっていない文章というのは必然的にこうした私小説のようなものになるのだろうなぁ、などと色々考えさせられた1冊だった。(「火花」 又吉直樹、文藝春秋社)
スープ屋しずくの謎解き朝ごはん 友井羊
作者の本は2冊目。前に読んだ「ボランティアバスで行こう」が面白かったので、本屋さんで作者の本を見つけて、迷わず読むことにした。内容はありふれたお仕事ミステリーで、可もなく不可もなしといったところだが、各短編の関連が少し凝っていて、その部分にえもいわれぬ面白さを感じる。最後の一編は、登場人物たちの秘密が語られている取って置きの作品のように思える。シリーズ化するつもりがないのか、あるいはさらに取って置きの話があるのか。登場人物たちの秘密を出しおしみせず、かつ続編を期待させるという、なかなかしたたかな戦略な作品だと感じた。(「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」 友井羊、宝島社文庫)
買い物かご キンキントゥー
日本語ではめったに読めないミャンマーの作家の短編集。仕事でつながりの深いミャンマーという国の国民性のようなものを知りたくて読んでみた。「買い物かご」という題名の通り、ミャンマーのマンダレーという都市の「市場」を舞台にした様々な人々のことが描かれているが、これが予想以上に面白かった。市場でものを売ったり買ったりという日常生活が淡々と語られるだけなのだが、そうした人々への眼差しの優しさがひしひしと伝わってくるし、ミャンマーの人々が飄々としながらも真面目に生きているさまが生き生きと描かれていて面白い。ミャンマーの通貨の「1チャット」は日本円で「0.1円」ということなのだが、それを念頭に置いて読むと、1円2円のために一生懸命物事を考え、奔走する人々に強い敬意の念を感じる。経済成長とか海外企業の進出に湧くミャンマーだが、今でもこうした暮らしがミャンマーという国の本質、本来の姿だと思うと、胸を打つものがある。ミャンマーを知る最高の1冊だと感じた。(「買い物かご」 キンキントゥー、大同生命国際文化財団)
俺も女子高生も絶対探偵に向いてない さくら剛
シリーズ作品の第2弾だが、内容も雰囲気も前作同様にプロレスの技がさく裂したり人が宙を舞ったりして、、ユーモアミステリーというよりはドタバタ劇に近い内容だ。それでいて、ストーカーやオレオレ詐欺など結構今の世相を反映させた内容で、楽しめる。2つの作品を比較的間をおかずに読んだせいもあるが、最後の方は少し飽きてきてしまった。次を読ませるには、もう一つ何かが必要だと思う。そのあたりを楽しみに次をじっくり待ちたい。(「俺も女子高生も絶対探偵に向いてない」 さくら剛、ワニブックス)
美しき凶器 東野圭吾
著者のかなり前に書かれた作品だが、なぜかいつも行く本屋さんでPOP付の平積みになっていて、読んだ記憶がなかったので、読んでみることにした。最近になってドラマ化されたということでもないし、シリーズの最新作がでた前の作品ということでもないようで、純粋に書店の人が読んで面白かったということなのだろう。こうした「お勧め」に乗ってみるのも、その本屋さんで働く人との目に見えない交流があるようで面白い気がする。作品全体の内容は、初めの10ページくらいでだいたいどういう話なのかが判り、後はひたすら物語の展開を追いかけることになる。なかなかどういう作品なのか読み進めても分らない作品が多い中で、潔いくらいのストレートな内容で、逆に新鮮な感じさえした。深みに欠けるといってしまえばその通りだが、ある設定で動き出したストーリーをぐいぐい引っ張っていく文章にはやはり恐れ入るというのが正直な感想だ。(「美しき凶器」 東野圭吾、光文社文庫)
ノア・P・シングルトンの告白 エリザベス・シルヴァー
話は単純で、ある女死刑囚にところに、彼女に娘を殺された母親が弁護士として、死刑を執行しないように嘆願運動をすることを勧めにくるという場面から始まり、それから延々と死刑囚である主人公の視点から彼女自身の生い立ちと「殺人事件」を起こすまでの経緯が回想されるというものだ。どこかでこうした流れに転機が来るのか、どういう展開になっていくのかあまり判然としないまま、ページは進む。何とももやもやした感じだが、やがてそれに慣れてくると、その話のなかから何かを見ようとする、ミステリーを読むときのいつもの感覚が戻ってくる。こうして話は進み、最後に期待通りの意外な結末。意外性はさほどでもないが、それまでじっくり主人公の話を聞いてきたので、大いに納得の結末だった。(「ノア・P・シングルトンの告白」 エリザベス・シルヴァー、ハヤカワ文庫)
私の嫌いな10の言葉 中島義道
著者の本は久し振りの気がする。相変わらず過激な内容だが、昼間に点灯している駅の蛍光灯に文句を言う話に、思わず「これこれ」と思ってしまう。本書に書かれていること全部に共感して、生活態度を改める参考にするのは無理にしても、少しでも書かれていることを念頭に置いて、寛容そうに見えて不寛容なもの、思いやりがありそうに見えて排他的なものに、できる限り対峙していきたいと感じた。(「私の嫌いな10の言葉」 中島義道、新潮文庫)
女王はかえらない 降田天
第13回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作ということで話題の本書。イヤミスという触れ込みだが、作品自体は、最後のどんでん返しを主眼とした叙述ミステリーだ。ところで、最近イヤミスが、登竜門的な賞とか、北欧ミステリー界とか、色々なところで跋扈している気がする。現代の風潮や社会現象を敏感に感じさせる小説はどうしてもイヤミスになってしまうのかもしれない。また現実を茶化すような「本格ミステリー」界の閉塞的な現状も、そうしたイヤミス跋扈の一因かもしれない。さらに、最近のユーモアミステリーの台頭に対するシリアスなミステリーからの反撃という要因もあるかもしれない。こうなると、イヤミスは苦手と言ってばかりもいられない気がする。(「女王はかえらない」降田天、宝島社)