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生存者ゼロ 安生正

本書は裏表紙の短い解説や帯の文章で大体のあらすじや話の展開はわかってしまうのだが、肝心のパニックをもたらした敵の正体にはびっくりさせられたし、その正体が解明された後の怒涛の展開にも驚かされた。事件を中途半端に解決させずに行くところまで行ってしまうのもフィクションとしては良い。本書を読んでいると、深読みかもしれないと思いつつ、どうしても東日本大震災の光景がだぶってしまう。ずっと頭のなかで映像化しながら読んでいると、なぜか津波の映像が思い浮かんできてしまうのだ。これは著者の文章が優れているからに違いない。この作品、映画化できるのであれば是非してほしいとは思うものの、この文書の迫真性が映像よりもリアルなのだと思うと、その感覚を大切にしたいと思う気持ちもどこかにある。(「生存者ゼロ」 安生正、宝島社文庫)

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本屋さんのダイアナ 柚木麻子

2人の少女の物語。育つ環境も性格も全く異なる2人だが、どことなく1人の人間の2つの側面をきているようでもあり、色々な人を通じて2人の人生が絡み合ったりするところが、読んでいて非常に面白く感じた。これまで読んだ著者の「職業小説」とは趣がかなり違うが、話の軽快さ、ユーモアは相変わらずだし、話の展開もうまいなぁの一言だ。私は「赤毛のアン」を読んだことがないので良くわからないが、ちょうどNHKの朝の連続テレビ小説でやっている「花子とアン」とダブる部分も多いようで、そのあたりを詳しく知っている人には別の面白さがあるのかもしれない。(「本屋さんのダイアナ」 柚木麻子、新潮社)

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テキヤはどこからやってくるのか? 厚香苗

前半は予想以上に硬い内容だなぁという印象だったが、最後の2章などは色々なエピソードを交えた解説が程よく、面白く読めた。一般的に「怖い」という印象のある「テキヤさん」だが、しっかりした店舗を持たないことによるリスクへの対応として、積極的にそうしたパフォーマンスをせざるを得なかったという側面があったという著者の考えにはなるほどと感じた。但しこれも、そういう商売形態だからこそ、実際そういうリスクに対応できる集団しか手を出せなかったという見方ができるかもしれない。最後まで、テキヤさんに親しみを感じている著者が冷静な目で見たものや歴史的資料に基づいて記述するという精神に貫かれており、少なくとも、変な偏見のようなものを払拭するには絶好の本だと言えよう。(「テキヤはどこからやってくるのか?」 厚香苗、光文社新書)



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パラドックス13 東野圭吾

作者のこうした純粋なSF小説は初めてだと思うが、楽しく読むことができた。アイデア自体はかなりありふれているが、話の進み方が軽快で、登場人物の動きも自然で淀みないため、しっかりしたリアリティが感じられた。作者の手にかかれば、どんな話も面白くなるという典型ではないかと思う。こうした作品の最大のポイントは最後の落としどころだが、そこだけはやや物足りない感じがして残念だった。(「パラドックス13」 東野圭吾、講談社文庫)

 

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ヒトラーとは何か セバスチャン・ハフナー

少し前に歴史ドキュメント「HHhH」を読んで、自分が「ナチス」というものについてまだほとんど何も知らないことに気がつかされという記憶があり、本屋さんでこの本を見つけたので、少し勉強するつもりで読んでみることにした。「ナチス」に関して色々な類似本があるなかで本書を選んだ理由は、まず題名が「ヒトラーとは何か」ということで、「何者か」でも「何だったのか」でもないことに興味を持ったからだ。おそらく著者は、ヒトラーという個人に興味の中心があるのではなく、またヒトラーやナチスを歴史的に総括しようということでもないのだろうということが、この題名から感じられた。もちろんそれは日本語訳の訳者の判断であろうが、訳者自身もそうした著者の意図を強く感じたからに違いない。内容は、期待以上に面白く実りのある読書を経験できたと思う。特にヒトラーの「人種間競争→生存圏構想→ヨーロッパ征服→絶滅作戦」という思想の紹介は、ヒトラーが何を考えていたのか良く判った気がした。また、ヒトラーの2つの目標と時間軸を巡る考察なども、説得力のある説明だなぁと感じた。(「ヒットラーとは何か」 セバスチャン・ハフナー、草思社)

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野崎まど劇場 野崎まど 

本書の著者は、現在一番注目している作家のひとりだが、ライトノベルというジャンルのせいか、なかなか本屋さんで入手出来ないのが難点だ。ライトノベルを読むのは、若いネットショッピングに長けた人々なので、ネットによる入手の方が一般的で、ほとんどの人は現状でも困らない、ということかもしれない。やはり本は本屋さんでを基本としたい自分にとって、本書は、著者の本の中でも入手に最も苦労した1冊だ。「電撃文庫」を置いてある本屋さん自体がまだ少ないのだ。現時点で著者の唯一の短編集ということだが、いずれの短編も、思わず笑ってしまうような可笑しさ満載の大傑作集だ。最初の1篇にまず度肝を抜かれ、続く作品も全て今まで読んだことのないような面白さだ。特に将棋の話とかダンジョンゲームをおちょくったような作品は、そうしたゲームのファンでなくても笑い転げてしまう。雑誌に連載されている短編をまとめたということなので、2冊目3冊目が待ち遠しい。このハイレベルの笑いがどこまで続くのか本当に楽しみだ。(「野崎まど劇場」 野崎まど、電撃文庫) 

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あなたを抱きしめる日まで マーティン・シックススミス

書評誌で高く評価されていた本書。厳格なカトリック社会の1950年代アイルランドで実際にあった修道院を舞台にした金銭による養子縁組で引き裂かれた母と子のその後の50年の物語。物語の大半は息子の方の日々を追い続けていく。時間との戦いであるノンストップ・サスペンスのようで、また最後の結末がとにかく気になって、本を置くことが全く出来なかった。ほんの少し前の話なのに、アイルランドという先進国にもかかわらず、かくも厳しい現実があったということに驚かされると同時に、いまでも世界にはこうした過酷な状況があるのだろうと考えると、いたたまれない気になる。(「あなたを抱きしめる日まで」 マーティン・シックススミス、集英社文庫)


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ミャンマーに世界が押し寄せる30の理由 松下英樹

最近色々見かけるようになったミャンマー本の1つ。ミャンマーでベンチャーを立ち上げたが、政変の影響で破綻してしまったという経験を持つ著者の話は、驚くような新しい事実はないが、外交官やジャーナリストなどとは少し違う視点での記述も多く、なかなかの説得力がある。最後に、日本から進出して有望な業種として、鉱業、農業、観光、IT、株式投資の5つがあげられているが、これも常識的といえば常識的な5つだが、奇を衒っていないところにも好感が持てる。現時点での情報を整理するのに役立つ1冊だと感じた。(「ミャンマーに世界が押し寄せる30の理由」 松下英樹、講談社+α新書)

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ツアー事故はなぜ起こるのか 吉田春生

世の中には色々なツアーがあるが、そこに潜むリスクを豊富な事例で解説してくれる1冊。エベレスト登頂ツアー、南極大陸体験ツアーなどの極端な事例を用いながら、一般的なツアーを含めて、マス・ツーリズムにどのようなリスクがあるのかがすっと頭に入ってくる。色々な属性を持った人が参加すること、珍しい体験をしたいという顧客のニーズを優先させざるを得ない営業面での事情など、いくつもの要素が絡み合ってツアー事故が生まれるという解説には説得力がある。特に南極大陸を空から眺望するツアーのリスクなどは、そういうことのかと、言われてびっくりという内容も多い。旅行業界関係者の暴露的な話ではなく、あくまでも今までの事故の調査報告書などの客観的な資料を用いているところも好感が持てる。(「ツアー事故はなぜ起こるのか」 吉田春生、平凡社新書)

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なぎさ 山本文緒

刊行当時書評誌で高く評価されているのを見て半年以上前に入手したのだが、なかなか読む機会がなく、今回ようやく読むことができた。主な登場人物はある姉妹、姉の配偶者、その配偶者の会社の部下の4人。話は、姉夫婦のところに妹が訪ねてくるところから始まり、そこから姉、配偶者、部下の3人の視点が交互にでてきて、姉夫婦の生活に少しずつさざ波が立っていく様が描かれている。何故か私自身はずっと「姉」の視点を軸に読み進めたのだが、全体の構成は必ずしもそういう視点を想定して書かれたものではないということがだんだん判ってくる。小説の最後も「姉」の視点ではないので、少し戸惑ってしまったが、だれかに肩入れするということなく、それぞれの読者の読み方があるということなのだろう。話の内容も、何か明確なテーマがあるわけではなく、色々な現代的な要素があまり濃淡なく描かれている。ストーリーの意外性や主人公の造形が素晴らしい小説ももちろん良いと思うが、本書のように、視点も内容も一直線でない小説もたまには良いなぁ、と感じた。それだけでも十分なくらい良い本だと思う。(「なぎさ」 山本文緒、角川書店)



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漢方小説 中島たい子

エッセイのような語り口が特徴の中編小説。突然の体調不良に見舞われた主人公が、西洋医学に見放された後、「漢方」という道の世界を少しずつ体験しながら、色々なことを考え、学んでいくという内容だ。話の中に色々なメッセージが込められているように思われるが、最も印象に残ったのは「自分の変化を自然に受け入れること」というメッセージだ。精神面、健康面で少し大きな岐路に立った時、この言葉を思い出すことで少し元気づけられるような気がする。文庫本なのに文字の周りの余白がかなり大きくやや読みにくいのが難点と言えば難点だが、内容に関しては程良いメッセージ性、程良いユーモアで、読んでいて大変楽しい1冊だった。(「漢方小説」 中島たい子、集英社文庫)


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小説家の作り方 野崎まど

著者の本の5冊目。これまでの経緯で言うと、最初に読んだ「know」は別格の大傑作。そのあと「死なない生徒…」「2」「パーフェクト…」と読み進めてきて、「死なない生徒」と「パーフェクト」の主人公が「2」に脇役として登場していることが判り、本書を読む際のとりあえずの関心事は「本書の主人公も『2』に登場するかどうか」ということ。そして案の定本書の主人公は「2」で脇役として登場したキャラクターだった。ここまでくると、「2」がこれまでの作品の集大成ということになり、これまでの作者の作品全てに、「2」で語られた「創作とは何か」というテーマが一貫して流れていたことが了解された。こうした意思をはじめから持ちながら作品を発表し続けてきたというのはある意味、それだけで凄いことだと思う。そしてそれを纏め上げた後で発表された「Know」が著者の新しい展開の始まりだとすると、これからの展開がどうなっていくのか今まで以上に楽しみになる。本当に目を離せない作者だと感じる。(「小説家の作り方」 野崎まど、メディアワークス文庫)

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珈琲店タレーランの事件簿3 岡崎琢磨

これも新刊が出ていると思わず入手してしまうシリーズの1つ。自分の中では、そうしたつい買ってしまうシリーズのなかでも、印象の深さから言って比較的上位に位置するシリーズだ。というのも、このシリーズがまだ3巻目ということに少しびっくりした。何だかもう少し読んでいる気がしたからだ。感覚的には5冊目くらいかなと思ったので、本屋さんで思わず奥付で刊行された日付を確認してしまったほどだ。話の内容は、バリスタのコンテストを巡るいざこざで、事件が小さいので、興味を持続させることが少し難しかった。リアリティのない殺人事件などではなく「日常の小さな謎を解く」というスタイルのミステリーは今の流行のような気がするが、あまりにも事件が小さいと、緻密な推理を披露されても白けてしまう。本書もややそうした傾向が無きにしも非ずだが、その難点を除けば、なかなか面白い作品だった。次の作品にはもう少しドラマチックな内容を期待したいところだ。(「珈琲店タレーランの事件簿3」 岡崎琢磨、宝島社文庫)

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チームビリーブの冤罪講義 椎名雅史

この出版社の本を読むのは初めてかもしれない。本書の帯をみると「単位不足であるゼミに送り込まれた学生が冤罪事件を再調査する」ということが書かれており、「最近こうしたかなり特殊な設定の短編ミステリーが増えてきているなぁ」と思いつつ、もしかしたら掘り出し物かもと思って読んでみることにした。こちらとしては、あまり大きな期待もなく普通ならばそれでよしという感じで、興味は本書が数多い類似本にないものがあるかもしれないという期待だった。読み終えた結果としては、予想以上に重たい話で、読み応えのある1冊だった。いくつかの冤罪と思われる事件を解決していくなかで、3名の学生がそれぞれ自分の遭遇した事件や悩みの決着をつけていくというストーリーが、非常に秀逸でかつ面白い。類似本にはなかなか見られないしっかりした構成にもびっくりだ。随所に文章の視点が定まらずに読みづらいところはあったが、そうした技術的な瑕疵を補って余りある内容だと感じた。変に続編を意識したような曖昧さを残さずに全ての事件がしっかり解決させているところも、潔さが感じられて好感が持てた。(「チームビリーブの冤罪講義」 椎名雅史、リンダブックス)

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仁義なきキリスト教史 架神恭介

キリスト教の歴史をやくざの抗争に置き換えて面白おかしく読ませてくれる。但し、これでキリスト教の歴史がより深く理解できるようになるとか、何かを考えるきっかけになるというような類の本ではなく、純粋なエンターティンメントに終始している。読んでいて最初は面白いが、それだけで最後まで引っ張るのは流石にきついというか、途中で飽きてきてしまうのは否めないし、なぞらえることが無理な部分が曖昧なままに雰囲気で書かれてしまっているのも少し気になるところである。発想は面白いのだが、本1冊を最初から最後まで「キリスト教の歴史をやくざ抗争史に置き換える」という同じ1つのアイデアで押し通すにはやはり無理があったのだと思われる。(「仁義なきキリスト教史」 架神恭介、筑摩書房)

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