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許されようとは思いません 芦沢央

本書は、自分のインターネット通販のサイトの「お気に入りリスト」に入っていた3冊の著者の本のうちの一冊。ネットで予約してようやく入手した。著者の本としては2冊目となる。2冊とも短編集だが、短編一つ一つに意表を突く仕掛けが施されていて、その多彩さに驚かされる。あまりに一つ一つが違った味を持っているので、もしかしたら作者は何か意図的にそうしているのではないか、シリーズ化というものをあえて避けているのではないかとさえ感じる。シリーズ作品というのは、読者にある種の安心感とか愛着のようなものを与えてくれる一方、作品にはアイデアの面で大きな制約をもたらすだろう。作者がそうした制約を嫌っているのではないかと考えると、何だかすごいような気がしてきた。(「許されようとは思いません」 芦沢央、新潮社)

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戸越銀座でつかまえて 星野博美

エッセイ集は書いた人の感性が自分にマッチしているかどうかが全てだと思う。自分に合った著者の文章は読んでいるだけで楽しいし、またほかの文章を読みたくなる。それだけにその著者のエッセイを初めて読むときは、果たして自分にあっているだろうかという不安と期待が他のジャンルの本よりも大きい気がする。本書はエッセイスト・写真家という著者が15年ぶりに実家のある「戸越銀座」に戻ってきたという著者のエッセイで、久しぶりの実家生活、近所の人々、子どもの頃の記憶、飼っていたネコたちのことなどが鋭い観察眼で綴られている。著者は、エッセイスト・写真家の女性ということで、自分とはほとんど共通点はないようだが、読んでいてとても共感出来るところが多かった。通読して感じるのは「自由とは何か」という大きなテーマだ。自由であることの代償という問題もあれば、どこで他者と折り合いをつけるかという問題もある。本当に自由でいるためには、人と約束も出来ないし、自分自身、目標を持つことも出来ない。結局、本当に大切なのは、自由そのものではなく、自分らしく生きることだということか。ネットで調べると、著者の本はまだまだ何冊か面白そうなのが数冊ある。また楽しみが一つ増えた気がする。(「戸越銀座でつかまえて」 星野博美、朝日文庫)

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片翼の折鶴 浅ノ宮遼

最近流行の医療ミステリーだが、かなり医療の専門知識に立脚したハードな内容で、いわば「ハード医療ミステリ-」という新しいジャンルの嚆矢ではないかとも思える一冊だ。それでも医療制度に関する問題点の指摘だけでなく医療に携わる人々の苦労や苦悩といったところにも焦点があてられているので、医療の門外漢こそ読むべき内容という感じがする。それぞれの短編に、一般人がそうだと思い込んでいる誤解に基づいた意表を突いた真相のどんでん返しが用意されていて、そのあたりも大変ためになるような気がする。とにかく、正しい医療の診断とか適切な治療とかがいかに難しいかが判る、とても心に残る作品だった。(「片翼の折鶴」  浅ノ宮遼、東京創元社)

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人形 ダフネ・デュ・モーリエ

著者は、ヒッチコックの名作「レベッカ」「鳥」の原作者とのことだが、小説を読むのは初めてだ。14の掌編が収められているが、どれも救いのない人間の暗部、どうしても理解しあえない人と人の関係が描かれていて、そこには勧善懲悪とか因果応報といった予定調和が全くない。あるのは疎外された人々ばかりだ。徹底的に俗物であるキリスト教の牧師の話などは、助けを求めにきた若い女性を言葉で死に追いやりながら、反省するどころか「良いことをした」と悦に入るような人物が描かれている。これを読むと、普通のイヤミスなんか子どものおとぎ話のようにさえ感じる。著者の作品はまだ色々あるようで、大変気になる作家であることは間違いないのだが、何だか毒が強すぎて、一気にそれを読もうという気にはなかなかなれない。(「人形」 ダフネ・デュ・モーリエ、創元推理文庫)

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製造迷夢 若竹七海

ここにきて著者の本を立て続けに読んでいるが、飽きるどころかますます好きになってきた。使われている言葉は平明だし漢字が多いわけではないが、何となく文章に密度の濃さ、短い文章で多くのことが伝わってくるような感じがする。また人の悪意を躊躇わずに描くところに著者の独特さも感じられる。最後に用意されている意外な仕掛けも冴えている。著者の本には、そうした短編がいくつも並んでいて、内容の重苦しさとは裏腹に、読書の楽しさを味わうことができる。本書は1995年の刊行というから20年以上前の作品だが、そうした作者の特徴が既に明確に表れている。本書では、ものに触れると過去にそれに触れた人の思考が読めてしまうという特殊な能力を持った女性がワトソン役として登場し、主人公の刑事との恋模様も1つの大きな魅力になっている。このコンビは、その後の作品には登場していないようだが、ぜひともその後の展開を読みたいと思った。(「製造迷夢」 若竹七海、徳間文庫)

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遠い唇 北村薫

著者のミステリーは大昔から色々読んでいるし、多くの作家からリスペクトされているミステリー界の大御所というイメージの著者だが、今も書評で騒がれるような作品を刊行しているといういのがうれしい。本書は、暗号解読ものを中心に掌編7つが収められた短編集。どれもハッとさせられるような内容で、しかも大御所の雰囲気が漂う揺るぎない文章の作品だ。大向こうを唸らせようという力技をあえて避けながら、それでいて読者を十分に堪能させてくれるのが嬉しい。(「遠い唇」 北村薫、KADOKAWA)

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2017年本屋大賞予想

今年の本屋大賞ノミネート作品10冊を読み終えたので、恒例の予想。ノミネート作品が発表された段階で既読が5冊、未読が同じく5冊と、例年並みの割合だったが、今年は骨太の大作とか意外な作品といったものがなく、このノミネート作品で読書の幅を広げたいと思っている自分としては少し物足りなさを感じるラインアップだった。読み終えたところで、個人的に最も良かったのは「暗幕のゲルニカ」(原田マハ)で、その次が「i」(西加奈子)と「みかづき」(森絵都)の2冊。このうちのどれかという気がする。その他では、「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)も凄いなぁと思ったがこれは直木賞受賞作だし、「コンビニ人間」(村田沙耶香)も面白かったがこちらは芥川賞受賞作なので、この賞にはそぐわないだろう。意外性という点では、「ツバキ文具店」(小川糸)、「桜風堂ものがたり」(村山早紀)の2冊。特に後者は初めからこの賞を狙ったような内容で、この本が受賞したらある意味凄いと思う。

本命:暗幕のゲルニカ

次点:みかづき、i

大穴:ツバキ文具、欧風堂ものがたり

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蜜蜂と遠雷 恩田陸

2017年の直木賞受賞作で、こちらも本屋大賞にノミネートされたので読むことにした。内容は、それぞれ個性豊かな4人の若いピアニスト逹があるコンクールの第一次予選から本選までを戦う様をひたすら描いたもので、最初はこれで最後まで行けるのかと心配したが、それぞれの音楽に対する考え方や取り組み方の違い、コンクールが進むにつれてそれぞれが競争相手に影響を与え合ったりする様子が細やかに描かれていて、最後まで楽しく読むことができた。特に凄いのは、書評などにもあるように、音楽を文章で表現する著者の巧みさ、表現のバラエティーの多さだ。ドラマチックな予想外の展開などはないのだが、著者の文章の巧みさを体感するだけで読む価値があると思わせるほど、繊細で心に響く一冊だった。(「蜜蜂と遠雷」  恩田陸、幻冬社)

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雨利終活写真館 芦沢央

初めて読む作家だが、今一番気になっている作家の1人だ。、現在、自分のインターネット通販のサイトの「お気に入りリスト」には、60冊ほどの本が登録されている。新聞の書評欄や書評誌で見かけた面白そうな本や気になる本をとりあえずそこに入れておいて、タイミングをみて購入するようにしているのだが、それが60冊ほどになっている。そのリストの中を見ていたら、本書の著者の本が3冊もあることに気が付いた。いずれの本も「在庫なし」になっていて、購入できないので、ずっと「お気に入りリスト」に入ったままになっていた。書評で取り上げられて、急に人気が出てきて予想以上に売れたために在庫がなくなってしまったのだろうか。とにかく3冊の中の1冊でも読んでみなければと思っていたら、偶然いつもの本屋さんの棚に本書があるのを発見、ようやく入手できた。読んだ感想は、とても良い文章と面白い発想を持った作家だなぁということだ。本書はミステリー短編集だが、それぞれの結末はかなり意外性に富んでいるし、謎を解く鍵もさりげなく提示されていて、やられた感が満喫できる。早くあと2冊も、読みたいと強く思った。(「雨利終活写真館」 芦沢央、小学館)

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桜風堂ものがたり 村山早紀

読み始めて本屋さんを舞台にしたよくあるお仕事小説だと思ったのだが、それでも話にぐいぐい引き込まれてしまった。書店員としての主人公の成長を描いた部分と、主人公とその仲間たちが一冊の小説をベストセラーに育てていく様子を描いた部分が並行して話が進む。ある本屋さんを退職した主人公が「桜風堂」という別の本屋さんに流れ着くのだが、そこでの話は続編のお楽しみということだ。内容としては、一冊の本がベストセラーになるまでに本屋さんがどのような活躍をするのかがよく判った。これでこの本が本屋大賞を取ったら、話として出来過ぎという感じだろう。(「桜風堂ものがたり」  村山早紀、PHP研究所)

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天皇「生前退位」の真実 高森明勅

今上天皇の「生前退位」の問題を分かりやすく教えてくれる解説書。巷では皇室典範の改正、摂政制度の活用、特別法の制定など様々な方策が議論されているが、著者は、摂政制度の活用は以ての外、特別法の制定も問題が多いとして、皇室典範の改正が正しい道だという。その辺りの解説は大変分かりやすく、自分のようなこの問題を初めて考えるものにもとても納得のいくものだ。その上で、著者は、皇室典範の改正の具体案まで提示している。著者は、さらに皇室典範の改正にあたっては、皇室の存続問題を踏まえた改正を行う必要があると指摘する。著者の言うように、30年後の皇室を想像するととんでもないことになっているのは確かなことで、今のうちに何とかしておくべきという意見には非常に説得力がある。もしかしたら、そちらの方が大きな問題なのかもしれないとさえ感じた。(「天皇「生前退位」の真実」 高森明勅、幻冬社新書)

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浮幽霊ブラジル 津村記久子

最近著者の名前をよく目にするなと思って調べてみたら2009年に芥川賞を受賞した作家だった。今まで全く名前も知らず、もちろん作品を読んだこともなかったが、本書が書評で取り上げられていたので読んでみることにした。読んでみると、不思議な面白さに圧倒された。普通の生活の中で出会った一こまを切り取ったような作品から、SFのような作品までがごっちゃになったような短編集だが、それでいて何か一つ芯が通ったように、著者の独特の文体と感性が全体に貫かれていて、独特の世界がある。特にSFっぽい作品の「地獄」と「浮幽霊ブラジル」の2編は秀逸で、読んでいるだけで思わずほくそえんでしまった。とにかくこんなに面白い作家に出会えてよかったなぁというのが最大の感想だ。(「浮幽霊ブラジル」 津村記久子、文芸春秋社)

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ツバキ文具店 小川糸

本書も、今年の本屋大賞ノミネート作品。題名には「文具店」とあるが、書かれているのは副業のような形で行われている「代書屋」という仕事にまつわるエピソードだ。今でも「代書屋」という職業が成り立っているのかどうかは知らないが、何らかの事情で本人自身が書けないあるいは書きたくない手紙を本人に代わってしたためる仕事だ。読んでいると、ただ「美しい字で書く」ということだけではなく、依頼人である本人のプライバシーを尊重して最小限の情報しか得られないという状況のなかで、依頼人が伝えたいことを手紙にするというかなりデリケートな仕事であることが判ってくる。その制約のある状況で、書く紙、筆記具、書体、文体、さらには封筒に貼る切手の絵柄までを慎重に選び、最善の手紙を完成させる。舞台は鎌倉、主人公の若い女性には色々複雑な家庭事情があることも分ってくる。色々な代書の依頼を受けながら、主人公自身が成長していったり、周りの人々との交流を深めたりといった形で話は進む。鎌倉という場所柄、変わっていく季節等も上手に織り込まれていて、読んでいて心が温まる小説だ。(「ツバキ文具店」 小川糸、幻冬社)

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暗幕のゲルニカ 原田マハ

自分の感覚では、著者の本には、ツボにはまる本とそうでない本がある。基本的に美術関係の小説には興味があるので、著者の本はどれも面白かった。それでも、著者の本では、当たりはずれというほどではないが、どちらかというとミステリー色の強い作品の方がツボにはまる感じがしていた。本書については、刊行当初からかなり話題になっているのは知っていたが、勝手に自分のツボにはまらない方の作品かなと思ってスルーしていたのだが、本屋大賞にノミネートされたので読んでみることにした。ピカソが、ナチスのゲルニカ空爆への抗議の意を込めて描いた一枚の絵を巡る物語。ピカソがこの絵を描いた時期の話と、NYの同時テロ後の話が交互に描かれているが、その二つの時代が見事にシンクロしている。どこからどこまでが本当の話で、どこからどこまでが創作なのか、判別できないほど創作部分と事実が融合している点も凄い。さらにミステリー要素、サスペンス要素も思った以上にある。「ゲルニカ」という実際に数奇な運命を辿った作品を取り上げれば他の作家でもそれなりの面白い作品になったのだろうが、本書は絵画を題材にした作品を書き続けてきた著者にしか書けない物語だと感じた。最後の最後に登場する「世界で一番小さな作品」には、思わず涙した。(「暗幕のゲルニカ」 原田マハ、新潮社)

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Yangon Pressで読み取る現実と真実 栗原富雄

ミャンマー関連の本は、探せば色々出てくるが、多くは語学の本だったり、昔の歴史を扱った本だったりで、しかもかなりマニアックな本が多く、ミャンマーの今を伝えてくれる本、読みたいと思う本はなかなか見つからない。そんな中で、本書はネットで「ミャンマー」と検索して出てきて、久しぶりに読んでみたいと思った1冊だ。本書は、ヤンゴンで日本人向けに刊行されている情報誌の編集長によって書かれた本で、内容は、その情報誌の「巻頭エッセイ」とミャンマーで活躍する女性へのインタビューの「特集記事」を一冊にまとめたものである。著者がヤンゴンに赴任して、その情報誌を発行し始めたのが2011年というから、それはちょうど自分がミャンマーと関わりを持ち始めた時期と一致する。ここに書かれた情報は、全て自分がミャンマーに行くようになってからの話であり、ミャンマーで起きていた出来事だ。従って、自分が現地で感じているミャンマーと本書に書かれたミャンマーの違いは、即ち、年に1回出張でミャンマーを訪れるだけの人間の感じるミャンマーと、そこにずっと滞在している人が知るミャンマーとの違いだ。その隔たりの大きさに驚かされることと、「そうそう」と強く共感出来ること、この二つが自分にとっての本書の魅力だ。また本書の後半部分のミャンマー女性へのインタビュー特集記事は、前半のエッセイとは違って、自分の知らないことが多い点で、よりためになって面白かった。大きく変貌するミャンマーの今を知るために必読の一冊だと思った。(「Yangon Pressで読み取る現実と真実」 栗原富雄、人間の科学社)

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