書評、その他
Future Watch 書評、その他
英語の壁 マーク・ピーターセン
日本で英語を教える立場、日本語を学ぶ外国人の立場から、英語と日本語の微妙な違いや見過ごされている相違点などに面白く教えてくれるエッセイ集。読んでいて1から10まで英語の勉強になるという感じではないが、ところどころ、日本人の「so」の使い方とか「by the way」の乱用などの指摘には、思い当たる節があってためになる。遠回りかもしれないが、英語を上達させるには必要なことかもしれないなという気がする1冊だ。なお、本屋さんで平積みになっていたので、てっきり最近刊行された本だと思って読んだのだが、最後の章の面白いウェブサイトを紹介しているところで「2003年現在」とあってびっくり。奥付をみたら新刊どころか10年まえに出た本だと判った。ブッシュ大統領の話が良く出てくるなぁとは思ったが、最後までそのことに気がつかなかった。こういう本なので、古さを感じないで読めたのは良かったと思うが、何故今頃本書が平積みになっていたのか、そのあたりは謎である。(「英語の壁」 マーク・ピーターセン、文春新書)
追想五断章 米澤穂信
色々なランキングで上位に入っている話題作なので読んでみた。著者の作品は、学園ものミステリーを数冊と、学園ものでないものを1冊読んだ記憶があるが、学園ものでない作品はやや観念的な硬い作品だった。本書も学園ものではないので、どうかなと思ったが、そこは話題になるだけのことはあり、大変面白く読むことができた。やや話を作りすぎている感がしないでもないが、それがマイナスに感じられないくらいストーリーが面白い。5つの作中作とそのラストの1行の謎は、大掛かりではないが、本当に上手く出来ていると感心してしまった。(「追想五断章」 米澤穂信、文春文庫)
現代オカルトの根源 太田俊寛
本書では、創造主である神と対峙する存在としての人間という図式と、進化論の登場による宗教に対する疑問という2つの流れのなかから、「霊性進化」という考え方が生まれてきたという立場で、その「霊性進化」の思想の系譜を解説してくれる。その中には、ニーチェの超人思想と結びつくものもあれば、ナチズムの思想へと発展していくものもある。さらに、UFO等の地球外生物との交信といったジャンルにつながっていく流れもあれば、オウム真理教の「種の入れ替え」という考え方への変貌もある。なかなかこうした「思想」を体系的に解説してくれる本はなかっただけに、大変面白い読書となった。(「現代オカルトの根源」 太田俊寛、ちくま新書)
二流小説家 ディヴィッド・ゴードン
内外で多くの賞を獲得し、早くも映画化されるという鳴り物入りの作品。地の文章の中に、主人公の作品の文章が織り交ぜられながら話が進んでいくが、突然話がびっくりするような展開となり、全くく先が読めなくなる。事件はどのように進んでいくのか、文中に挿入されたいくつもの作中作はそれとどのように関係していくのか、読者は完全に作者に翻弄されつつ、いくつもの疑問を抱きながら読み進めていくことになる。終盤でついに驚きの真相が明らかになるが、それでも「あと50ページくらい残っていて、「?」と思っていると、最後にさらにびっくりする展開が待っていている。謎の面白さとびっくりする展開がミステリーの本道であることを再確認できる作品だ。(「二流小説家」 ディヴィッド・ゴードン、ハヤカワ文庫)
ようこそ我が家へ 池井戸潤
主人公は平凡な会社員。その彼に仕事上のごたごたと、個人的な心配事が同時に降りかかる。いずれもどちらかと言えば社会的にはありふれた話なのだが、それが個人レベルでは非常に恐ろしいものだということが判ってくる。普通であればこういう嫌な話は読んでいる途中であまり読みたくないという気分になってしまうのだが、著者の本の特徴だと思うが、次第に「反撃する主人公」を応援する気持ちが湧いてきて、どんどん読んでしまう。そして実際平凡で真面目な主人公が窮地を乗り越え、小さなヒーローになる。ストーリーとしても終盤で何回もひねりが効いていて面白い。個人的にはひねりが1つ多すぎる気がするが、読者へのサービスと考えればそれもプラスだろう。軽い作品だが満足度の高い1冊だ。(「ようこそ我が家へ」 池井戸潤、小学館文庫)
(株)貧困大国アメリカ 堤未果
「貧困大国アメリカシリーズ」の第3弾。ルポ風の読み物だった前の2冊に比べて論文調の本書はますます内容が充実、読み応えのある1冊だ。食品業界の政治との癒着の章などは、日本のメディアではほとんど見かけない話だが、話がアメリカだけにとどまらない日本にも深く影響する問題だということが判り、その重要性、恐ろしさがひしひしと伝わってくる。これだげ話の内容が怖いと、当然これを放置していて良いのだろうかという気になるのだが、それと同時にそう思っても何も出来ない無力感のようなものが読者の心に強く残る。本書は警告を発する問題は全て「人々が知らない間に」徐々に進行してしまう問題でもある。人間はそれほど賢くもないし、人々の利己的な行動の総和が恐ろしい事態を招くというのは歴史の教訓だが、本書から我々は何を学べばよいのか、真剣に考えなければいけないと痛感させられる。本書について欲を言えば、全く日本の現状について触れられていないのが残念で、そのあたりのことも教えてもらえれば良かったと思う。(「(株)貧困大国アメリカ」 堤未果、岩波新書)
緑衣の女 アーナルデュル・インドリダソン
前に読んだ「湿地」が大変面白かったので続編を楽しみにしていたのだが、ようやく刊行された。このシリーズの特徴は、アイスランドという特殊な国の事件であるということと、翻訳者が翻訳を躊躇うほどの執拗な暴力描写ということになるだろう。アイスランドというと漁業と農業が中心の牧歌的な国というイメージだが、このシリーズはその背後にある旧来の価値観や過酷な自然がこの国において独特の犯罪の温床になっていることを暴き出す。統計に表れるアイスランドという国は人口30万人程の小国で、凶悪犯罪は年に数件ということなのだが、本書が暴く現実は恐ろしいほどに残酷だ。そうした狂気に近い犯罪の様子が、いたたまれないほどのリアリティで描かれている。本書は2000年に刊行されたシリーズ第4作で、原語では2年に1冊以上のペースで刊行されていて、すでにあと7冊が刊行済みとのこと。そのシリーズの中でも傑作といわれる作品だけが日本語訳されているということになるが、一刻も早く続編の日本語訳を期待したい。(「緑衣の女」 アーナルデュル・インドリダソン、東京創元社)
残月 高田都
みをつくしシリーズの最新作。前作のあとがきに「次回作は1年後」と書かれていたので、1年間待ったことになるが、そんなに待たされたという感じではないし、それで作品の質が維持向上できるなら、それだけ待たされるのも悪くないと思う。そして肝心の新作の出来栄えだが、料理にまつわるエピソードと同時進行で進むストーリーの展開が前作までよりも少し速くなったような気がする。このシリーズには当初から4つの柱があって、そのうちの1つが前作で終焉を向かえたわけが、本作では残りの3つの柱のうち1つがほぼ終焉を向かえ、更にもう1つの柱も終わりが近いことを予感させるところまで話が進む。そうしたスピードアップは、ファンとしては少し淋しい気もするが、だrだらと続くよりは良いし、執筆のペースを落としたことは正しい決断だったと感じる展開だった。(「残月」 高田都、ハルキ文庫)
殺す手紙 ポール・アルテ
これも人に勧められて読んだ1冊。冒頭のつかみの部分が最高に面白い。友人から不可解な電報を受け取った主人公が、友人のためにとった行動が予想もしなかった事件を呼び、主人公に降りかかる災難とそれにまつわる謎がたたみかけるように提示され、息もつかせぬ展開となる。最後のどんでん返しはミステリーの常套手段という感じだがそこに至るまでの話の面白さは天下一品だ。時代背景もあって、本書では、誰が禅人で誰が悪人なのかという問いは無意味だが、最も悪い人間として描かれている登場人物も良く考えると何だ可哀そうになってしまう。ハヤカワポケットミステリー初の1段組みという本書は、ポケットミステリーとしては短めの小品だが、満足感の大きい1冊だった。(「殺す手紙」 ポール・アルテ、ハヤカワ)
特捜部Q きじ殺し ユッシ・エーズラ・ オールスン
シリーズ第2作目。第1作目では、タイムリミットもののスリリングなストーリーを堪能したが、本作でも、悪者を捜査で少しずつ追い詰める警官と、読者にとっては謎の動機から悪者に近づいていく人物が交互に描かれていて、それが前作同様の独特のスリルを醸し出している。事件そのものの全体像は比較的早くに判明するのだが、それが全く興ざめにならない。主人公の警官とその部下2人のキャラもますます面白くなってきた。このシリーズは、あと2冊既に日本語訳が刊行されているので、まだまだ楽しめるのが嬉しい。(「特捜部Q きじ殺し」 ユッシ・エーズラ・ オールスン、ハヤカワ)
解錠師 スティーヴ・ハミルトン
一昨年から昨年にかけて、色々な賞を総なめにし、書評でもすこぶる評判が良いので読んでみた。波乱万丈で意外な展開をみせる犯罪小説のようなものかと期待して読んだのだが、本書の良さは、期待したような奇想天外なストーリーではなく、一人の少年の成長の様子が彼自身の淡々とした語り口そのままの文章で綴られていることと、2つの時間の流れが交互に語られその2つが交錯するという手法によるスリリングな展開にある。天才的な錠前破りの技術を持った少年という特異な設定だが、読み手はそうした奇抜さを忘れて、温かいヒューマンドラマとして読んでしまう。最後の終わり方も、決してハッピーエンドではないが、大いに希望を感じることができて、読後感が爽やかだ。(「解錠師」 スティーヴ・ハミルトン、ハヤカワ文庫)
特等添乗員αの難事件Ⅳ 松岡圭祐
いつものシリーズのいつもの話という感じで、特段言うべきこともないのだが、話としてはなかなか面白いし、扱われている事件の背景には、ある大変深刻な国際的な政治問題が存在していて、こうしたエンターティンメントの読み物としては十分過ぎるくらいに挑戦的なテーマにもなっている。これは前にも書いたが、本当に新しいものを小説に織り込むことで、単なる粗製濫造の小説ではなく、温かいものを温かいうちに提供するという1つのポリシーを体現するものになっているということで、その点は大いに評価したい。(「特等添乗員αの難事件Ⅳ」 松岡圭祐、角川文庫)
韓国反日感情の正体 黒田勝弘
韓国滞在歴40年というびっくりするような経歴のジャーナリストによる韓国論。韓国の人が読んだら怒るだろうなぁという挑発的な文章もそこかしこに見られるが、普段から感じている韓国に対する「判らなさ」について、疑問が解消するような説明をしてくれていることは確かだ。こうしたジャーナリストの入国をちゃんと許してくれて、さほど嫌がらせもないようなことが書いてあるのを読むと、著者の意に反して本書はむしろ韓国の良さを強調しているように思えるから不思議だ。(「韓国反日感情の正体」 黒田勝弘、角川oneテーマ新書)
骨と柘榴と夏休み 太田紫織
「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」シリーズの第2作目。主人公の女性が無類の骨マニアという設定の連作ミステリーだが、骨そのものの薀蓄などはそれほど重視されていないのは前作と同じ。もっと普遍的な「科学者の目」というものが謎の究明に役立つという点と、やや悲しい事件が多い点などは、ガリレオシリーズの女性版という雰囲気に近い気がする。謎ときも、単純な誰がどのように犯罪を犯したかではなく、犯罪を巡る周りの人々の人間関係を解き明かすことに力点が置かれていて、それがこのシリーズの大きな特徴になっている。(「骨と柘榴と夏休み」 太田紫織、角川文庫)
4012号室 真梨幸子
本書はある意味でかなり不思議な本だ。読み進めてもなかなか全体の状況がみえてこない。途中でこのモノローグが誰のものなのかよく判らなくなる。時間軸も、行ったり来たりはしていないようなのだが、突然10年が経過してしまったりで頭の中の整理がつかない。2人の登場人物がすごく似ていたり全く違っていたりで、人物造形もどうもはっきりつかめない。そうこうしているうちに、残りが数十ページになってしまった。最後に、謎ときがあって、全てが明らかになるのだが、何故かそれでも全然すっきりしない。あの誰だか判らないようなモノローグは普通に考えていいのだろうか、結局、全ての事件の原因は何だったのか、読み終えても、判ったようで判らない部分が残る。普通ならば、破たんをきたしてしまっているようにも思えるのだが、そう単純でもないような不思議な印象を残して終わる不思議さが後を引く本だった。(「4012号室」 真梨幸子、幻冬舎)