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ぼくには数字が風景に見える ダニエルタメット

共感覚という特殊な能力を持つ著者の自伝。サヴァン症候群、アスペルガー症候群、同性愛者でもあるという著者の半生には色々な面で驚かされたり考えさせられたりした。まず人間の知覚とは何なのか。自分が見ているものが他の人にも同じように見えているのかどうか疑問に思うことが時々あるが、本書を読むと人の知覚と認識は想像以上に多様なのかも知れないと思えてくる。違うように見えているのにそれを言葉にして伝える段階で同じになってしまうだけかも知れない。そう考えると、著者のすごいところは何が一般的で自分のどこが特殊なのかを適切に把握していることだろう。自分に関するエピソードを書く際、どの経験が書くに値するかを選別できなければ本書は書けなかったはずだ。人と違う感性については、自分にも似た経験がある。小学校の図工の時間に絵を描く時、何故か黒と茶色しか使いたくなくて、白黒の絵ばかりを描いて先生に注意された記憶がある。どうしても他の色を使いたくなくて改めなかったら親が学校に呼び出された。いつの間にか他の色も使えるようになったが、本書を読んでその時のことを思い出した。また本書を読んで、病気とは何だろうと考えてしまった。サヴァン症候群とかアスペルガー症候群は病気ではなく個性だと思うが、あまりにも個性が強烈すぎるとやはり治療すべきもの、病気ということになるのだろうか、そしてその線引きはどこなのか。治療したいと本人が思うかどうかが境界だとすると病気とは主観的なものになってしまうし、病気とは「寿命を縮めるもの」と考えても線引きの問題は残るし、認知症などは寿命を縮めるのだろうか、など疑問が次々に湧いてくる。どれも結論の出そうにない疑問だが、本書はそうしたことを考えるキッカケを与えてくれた。(「ぼくには数字が風景に見える」 ダニエルタメット、講談社文庫)
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特等添乗員αの難事件Ⅵ 松岡圭祐

約7年振りのシリーズ最新刊。コロナ禍による旅行業界の苦境や韓国芸能界の闇など、最新のホットニュースをふんだんに織り込んだ内容。韓国には仕事でしか行ったことがないし韓流ドラマもあまり観ないのでよくわからないところも多かったが、韓国の観光地が色々出てきたり最近のNijiUのブームなどにも言及されていて、分かる人にはそれだけで面白いのかもしれない。(「特等添乗員αの難事件Ⅵ」 松岡圭祐、角川文庫)
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繭の密室 今邑彩

警視庁捜査一課貴島シリーズの第4作目。シリーズの特徴である非常に不可解な犯行現場の謎、主人公の地道な捜査、最後まで少しだけ残るホラーの雰囲気という3要素は本書でも顕著だ。但し、1995年に刊行された作品なので、スマホや防犯カメラなどの普及が前提になっておらず、「この謎は防犯カメラを調べればすぐに分かるのになぁ」と思ったりする場面も。スマホと防犯カメラの普及は、色々な面でミステリー小説、特に警察小説のあり方を大きく変えたような気がする。本シリーズは著者唯一のシリーズ物ミステリーだが、2013年に著者が急逝したのでこれがシリーズ最後の作品。もう読めないのがとても残念だ。(「繭の密室」 今邑彩、中公文庫)
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スタンダップコメディ ダメじゃん小出

ずっとオンラインでしか観られなかったダメじゃん小出のパフォーマンスを久しぶりにライブ鑑賞。会場は全席前後左右空けての指定席。満席だが今回も最後尾の席がとれたのでまあ安心かなぁというところ。今回は、終わったばかりの東京オリンピック・3日後の自民党総裁選挙という時事ネタ、岳南鉄道搭乗記という鉄道ネタ、工場夜景ツアーの話の後、最後にいつものニュースキャスターネタという構成で、久しぶりに生の話芸を堪能。11月の鉄道ネタのライブの告知あり、コロナ情勢にもよるが、今から楽しみだ。(9月25日、横浜にぎわい座)
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深泥丘奇談 綾辻行人

新本格ミステリーの大御所の作品。長らく積読だったが、久々に電車に乗る機会があり、軽くて車内で読みやすそうな一冊ということで読んでみた。著者の本は継続して色々読んでいると思い込んでいたが、このブログを検索してみるとこの15年でたった2冊しか読んでいないことが判明、大半はそれ以前に読んだものということになる。本書は京都を想起させる地名が沢山登場するミステリー色の全くない純粋なホラー小説だが、謎は謎のままだしそもそもどんな謎なのかさえも「言葉にできない」「えもいわれぬ」という感じでしか書かれておらず、全体を覆う不思議な雰囲気だけを楽しむ感じの内容だった。(「深泥丘奇談」 綾辻行人、角川文庫)
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透明な螺旋 東野圭吾

ガリレオシリーズ最新刊。第10作目で、本書の帯には「初めて明かされるガリレオの真実」といった言葉が書かれている。このシリーズは、巻を重ねるごとに学究の徒である変人ガリレオが物理学者の知識を活かして謎を解決するという要素が薄まり、ガリレオが普通に人間的な悩みを抱えた人間として描かれるようになってきていて、本書もその流れに沿った内容だ。一方、このシリーズのもう一つの特徴である、何かを「守る」ために善悪を超えた決断をしてしまう犯人、犯人へのシンパシーと真実の解明の狭間で逡巡する主人公という構図は本書でも顕著だ。本作では、犯人との知的バトル、華麗な謎解き、アリバイ崩しといったミステリー要素はほとんどなく、人生に抗うような登場人物達の人間模様、心理描写に終始している。複雑な謎解きが強調されるミステリーに少し飽きてきた自分としてはこういう作品も良いなぁと思う反面、もう少し謎解き要素があっても良いかなとも思った。(「透明な螺旋」 東野圭吾、文藝春秋社)
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落語 古今亭駒治、三遊亭ときん

「ただの野球好き」というサブタイトルのついた野球好きの落語家古今亭駒治、三遊亭ときんの二人会。コロナ禍で公演が中止になったり、現地に行って感染防止対策が不十分と感じた公演をその場でキャンセルしたりで、生の落語会を観るのは今年になって初めて。後ろに誰もいない最上段の端でしかも通路に面していて、さらに前後左右1〜2席空けて販売している席が予約できたのでまあ安心かなと思い、思い切って行ってきた。内容は野球関連の新作落語4席と2人のトーク。プロ野球には全く興味がなく現役選手の名前を1人も知らないのだが、とにかく面白かった。驚いたのはお客さんの半分以上がベイスターズのユニフォームを着ていたこと。会場の受付で知ったのだが、ユニフォームを着ていくと何か特典があったらしい。特典が何だったのかは不明。新作落語4席は全部粒ぞろいの傑作だと思ったが、なかでもベイスターズの球場で発生した殺人事件という設定の三遊亭ときんの「太陽にホエーロ」が秀逸だった。(9月23日、横浜にぎわい座)

◯古今亭駒治 生徒の作文〜野球編
◯三遊亭ときん 太陽にホエーロ
◯トーク 未来の大看板〜ルーキー大豊作 
◯三遊亭ときん マキちゃん
◯古今亭駒治 同窓会
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不死身の特攻兵 鴻上尚史

太平洋戦争末期に特攻兵として8回出陣、2隻の敵船を破壊する戦果をあげつつ8回とも生還し軍神と崇められたひとりの兵士の記録と本人へのインタビューからなる一冊。何故死ぬことを前提とした特攻隊の出陣にも関わらず悉く生還できたのか、特攻作戦への参加が志願だったのか命令だったのか、生き残った特攻兵の扱いはどうだったのか、ひとりの兵士の記録でありながら、そこから浮かび上がってくる戦争というものの実相は驚きと知らなかったことに対する反省の連続だ。特に、特攻作戦に使われた飛行機に施された兵士が生還出来ないように施された仕掛け、特攻隊の生き残りを機密保持のために隔離する施設の存在、悉く生還したこの兵士に対して密かに銃殺命令が準備されていたことなどは読んでいて戦慄そのもの。戦争という状況の異常さ、さらにその先の「戦争は異常だった」では済まされない個人の責任についてここまで追求した本を初めて読んだ気がする。(「不死身の特攻兵」 鴻上尚史、講談社現代新書)
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身も心も 風野真知雄

「妻はくノ一」シリーズ第3作目。いよいよ佳境と言いたいところだが、話の本筋である平戸藩と幕府の情報合戦の話はまだまだ先が見通せない状況だし、すれ違い物語の方も停滞中。それでも一つの山場というか話の分岐点のようなところで本巻は次巻に続く。第1作目の感想で「このシリーズは唐突に話が終わる」と書いたがそれは間違いで、要は読者に次巻を早く読みたいと思わせるようなところ、話の展開に含みを持たせたところで終わっているということだったようだ。これをオンタイムで読んでいた読者はさぞかし次巻が待ち遠しかっただろうなぁ、次巻がちゃんと手に入るかどうかというリスクはあるものの自分のように次を待たずに一気に読めるのはラッキーだなぁと思った。(「身も心も」 風野真知雄、角川文庫)
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死霊殺人事件 今邑彩

貴島捜査官シリーズ第3弾。短いプロローグの後の最初の事件で3人の他殺死体が発見され、検死解剖の結果、最初に死亡したと思われる人物が他のもう1人を殺したような痕跡や被害者のラストメッセージが見つかるという衝撃的な謎。被害者も含めた登場人物それぞれの行動やアリバイはどうなっているのか、犯行の動機は何か、も含めてこれだけ初っ端から謎の多いミステリーは初めてのような気がする。多少ご都合主義的な部分もあるが全ての謎はちゃんと解明され、しかも事件解決後に更なるどんでん返しが用意されているストーリーには脱帽だ。(「死霊殺人事件」 今邑彩、中公文庫)
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習近平は日本語で脅す 高山正之

「変幻自在」シリーズの文庫化最新刊。例によって手厳しい朝日新聞批判、嫌中、嫌米文が続く一冊。相変わらずどこまでが事実でどこからが著者の解釈や憶測なのか分からないなぁという部分も多いが、それでも読んでいて世の中の見方に対する自分の考えのバランスをとるのに丁度いいという大きな利点がある、というのがいつもの感想だ。少し前に100年前のアメリカの先住民を巡るノンフィクションを読んだばかりだが、そこで書かれていたのは本書の内容を裏付けるようなものだった。今まであまり考えてこなかったテーマなどをまだまだ色々な視点で見つめ直す必要がありそうだと本書を読んでそう感じた。(「習近平は日本語で脅す」 高山正之、新潮文庫)
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宇宙はどうして始まったのか 松原隆彦

相対論、量子論、素粒子論などの知見を通して宇宙の始まりについて考える一冊。宇宙論に関する解説書、啓蒙書であると同時に最先端の研究者が日頃から考えていることを吐露するエッセイでもある。色々な宇宙の始まりに関する本やオンライン講義を読んだり聞いたりしていてずっとモヤモヤしていたことがあったのだが、本書のインフレーション、再加熱、ビッグバンという基本的な流れの解説のところで、ズバリと「そのモヤモヤはビッグバンという言葉に関する素人が陥りやすい思い込みだ」という説明がありびっくりした。自分が感じていたのと同じモヤモヤを感じていた人が多いということが分かったのと、そのモヤモヤを完全に払拭してもらえたのが嬉しかった。本書では、一般的な宇宙の始まりに関する説明の後、「そもそも宇宙とは何か」という問いに関する最新研究と著者自身の考えが語られる。相対論、量子論、素粒子論の進展によって「観測者」という概念が持ち込まれ、さらに人間や宇宙そのものの存在がとてつもない可能性のわずかな一つに過ぎないことなどが分かってきたところで、そもそも宇宙とは何だという話になる。本書では、宇宙の本質は情報だという考えや多宇宙論が紹介されているが、素人には宇宙論の研究がもう行き着くところまで行き着いてしまったようにさえ思える。最後に書かれている「十分に賢いプランクトン」の思考実験は、最先端の宇宙論が置かれている立場がよく分かって特に面白かった。(「宇宙はどうして始まったのか」 松原隆彦、光文社新書)
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あなたのゼイ肉落とします 垣谷美雨

以前読んだ著者の本の姉妹作品とのこと。ダイエットに悩む色々な立場や境遇の人たちがある人物のダイエット指南を受けながら自身の悩みを解決していくという短編集。著者の本なので当然ながら単純なダイエット指南書ではなく、なぜダイエットがうまくいかないのか、相談者に本当に必要なのはダイエットなのか、といった問いをそれぞれに投げかけつつ本当の意味での解決に導いていくという内容だ。そうしたストーリーの中で、現代社会の問題点やその対処の仕方を見せてくれるのも著者ならではのもの。とにかく著者の世の中の問題点の選択やその焦点の当て方の上手さには毎回感心させられる。まだ未読の作品を一冊一冊読むのを楽しみにしたい。(「あなたのゼイ肉落とします」 垣谷美雨、双葉文庫)
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「裏窓」殺人事件 今邑彩

先日読んだ貴島シリーズの第2作目。ホラー小説ではないかと思わせるような不可能状況の事件が最後に全て破綻なくすっきり解決する面白さは前作と同じで、著者の凄さを改めて実感できる一冊だ。場面転換は結構多いが、きちんと時系列的になっているので、変な叙述トリックのようなものを心配しなくて良いのでとても読みやすい。ミステリー全般に言えることだが、シリーズもののミステリーの場合、他の作品との差別化を図るため主人公のキャラクターを際立たせたり主人公の物語をストーリーに絡めたりすることが多い気がするが、この貴島捜査官を主人公とするシリーズについては、あまりそうした工夫に頼らず謎解きだけで勝負しているところも凄いなぁと感じた。このシリーズ、何作目まであるか調べていないが次も楽しみだ。(「『裏窓』殺人事件」 今邑彩、中公文庫)
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星影の女 風野真知雄

先日読み始めた謎解き要素のある時代小説「妻はくノ一」シリーズの第2弾。10年近く積ん読だった第1作目を読んだあと、第2巻目以降が手に入るかどうか心配だったが、絶版になっていなくてちゃんとネットで入手できたのは、本シリーズが今でも人気があるからだと思われる。10年経っても古臭くならないのは時代小説の強みかもしれない。本作も前作同様、短編、登場人物少な目、謎も簡潔でスッキリ、という読みやすさの三拍子が揃っているし、どぎつい場面があまりなくて静かに読める。午後8時台の1時間TVドラマを観るような感じ、あるいは今の若者が電車内でスマホで配信ドラマを観るのと同じような感覚で、中高年層が電車の中とか寝る前の小一時間に楽しむのにちょうど良いといったところだろう。このシリーズのもう一つの要素「すれ違い物語」の方はちょっと進展したが、まだまだ先は長そう。(「星影の女」 風野真知雄、角川文庫)
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