書評、その他
Future Watch 書評、その他
ガラスの街 ポール・オースター
1本の間違い電話を受けた主人公が最後にどうなってしまうのか、その道筋の途中にはいくつもの分岐点があり、主人公の行動は明らかに奇妙なのだが、読んでいると、自分もおそらくそうするかもしれないという気がしてくる。克明に描写されるNYマンハッタンの情景は、懐かしいようでもあり、完全に迷子になってしまったような感じでもあり、実に奇妙な感覚だ。現代のアメリカ文学らしい閉塞感の漂う1冊だ。(「ガラスの街」 ポール・オースター、新潮文庫)
凍花 斉木香津
ある悲劇的な事件について、犯人探しもトリックもなく、ただただ「何故」だけを追いかけていく物語だが、ミステリーと呼ぶにはあまりにも悲しい話だ。人には表と裏があるという言葉さえ、そう単純ではないよと跳ね返されてしまいそうな内容で、その着地点も一見かすかな希望を見せているようだが、本当に希望はあるのだろうかと思ってしまう。読後感にしても、後味が良いとか悪いとかの次元では語れない重さだ。(「凍花」 斉木香津、双葉文庫)
花の鎖 湊かなえ
つい先日、TVドラマで放映されていた作品の原作。全く関連の判らない3人の女性の話が交互に少しずつ語られ、最後の最後にその3人の関係、それぞれの物語の全てのつながりが解き明かされるという構成の作品だ。それぞれをまとめて3つの物語としてしまったらどうなるのだろうかと想像するのだが、もしそうした構成だったら、そもそもミステリーにはならないし、この作品のようなスリリングな展開にはならないことは確かだ。物語の面白さ、主人公達の人物造形、物語の構成、この3拍子のバランスがこの著者の魅力であることを再認識する1冊だ。(「花の鎖」 湊かなえ、文春文庫)
苦手図鑑 北大路公子
著者の本はこれで4冊目。ますます、その文体と著者の妄想振りが好きになってきた。ところどころにちりばめられたメルヘンのような作り話にも磨きがかかってきたように思われる。ネットで調べると著者の本は、これまで読んだ本以外には、地方の出版社から刊行された2冊を残すのみ。出版社にはがきで直接注文を出したので、それを読んで全作品制覇してから、次の作品を待つことになるが、その日が近いと思うと何とも悲しい。(「苦手図鑑」 北大路公子、角川書店)
祈りの幕が降りる時 東野圭吾
著者の本が出るスピードは、予想を上回る速さだ。そのせいだと思うが、著者の新刊を本屋さんで見つけるときはいつも不意打ちのように突然だ。著者の本は新刊を見つけたらすぐに入手するので、それはそれで良いのかもしれないし、ある意味それが本屋さんに行く楽しみの一つにもなっている。本書は加賀恭一郎シリーズの最新刊。加賀の過去と未来に深く関係するストーリーの面白さ、丹念な捜査によって少しずつ真相に近づいていくスリル、日本橋を中心とする下町の風情などが織り交ざって見事な作品になっている。ある目的を達成して警視庁に戻ることになった主人公の次の展開が本当に楽しみだ。予想を上回るスピードの新刊でありながらここまで練られた作品だということに驚きを禁じえない。(「祈りの幕が降りる時」 東野圭吾、講談社)
七色の毒 中山七里
いずれも題名に「色」が入っている7つの短編が収録された短編集。事件を解決に導くのは全て同じ主人公の刑事だが、内容もそれなりにバラエティに富んでいて面白い。いずれも、事件の表層の後ろにもう1つの真相、悪意のようなものが隠れているという構図で、何だか世の中悪人ばかりだなぁという感じだ。やや無理筋の話もあるが、総じて今の社会事情をうまく反映させた作品で、少しひねったストーリーで身近にある醜い部分をクローズアップさせてくれる。身近なだけに、読んでいてその怖さが倍増される。(「七色の毒」 中山七里、角川書店)
ぐうたら旅日記 北大路公子
著者のエッセイは無類の面白さだが、本書には、おまけのようにショトストーリーが数編収録されていて、それらも大変面白い。以前このブログでも書いたが、著者が小説を書いているとの話があるらしく、それが大変待ち遠しい。なお、本書は北海道の出版社からでているのだが、折込のはがきが入っていて、この本を買った読者に対して、特別に送料無料で著者の他の本を注文できるという特典がついていた。既にいくつか本屋さんを回ったが、この出版社から出ている他の本(2冊)をまだ入手できていなかったので、この配慮は大変有り難く、早速申し込んだ。(「ぐうたら旅日記」 北大路公子、寿朗社)
奇談蒐集家 太田忠司
不思議な体験話を集めているという風変わりな金満家のもとに集まってくる「奇談」を、その補佐役のような探偵役が、合理的な解釈を披露していくという、安楽椅子探偵ものの変形のような短編集。読んでいて答えが判ってしまう感じの話ばかりだが、最後の1編だけは、全体にそういう仕掛けがあったのかと感心してしまった。本格ミステリーとホラーは意外に似ているということが再認識できる作品でもある。全体として、そのアイデアを楽しむ作品と言えるだろう。(「奇談蒐集家」 太田忠司、創元推理文庫)
金融探偵 池井戸潤
TVドラマをきっかけに著者の作品がブームになっており、本書も本屋さんの平積みで見つけた1冊だ。若い元銀行員が家賃を捻出するために「金融に関する相談業」を始め、金融探偵と名乗って依頼された様々な謎を解いていくという話だ。主人公は、特段金融について詳しい訳でもなく、事件や依頼された謎の内容もあまり金融とは関係のない話ばかりだが、それでも読み物としては面白いし、あまり暗い話ではないので気持ちよく読める。軽い1冊だが楽しめた。(「金融探偵」 池井戸潤、徳間文庫)
鸚鵡楼の惨劇 真梨幸子
もはや「イヤミスの女王」とも言うべき著者の本だが、出張先で読む本がなくなり、題名からしてイヤミス臭がプンプンだし、相当なイヤミスだろうなと予想しつつ入手した1冊。予想通り、最初から最後まで、徹底したイヤミス振りだが、登場人物の「どいつもこいつも」イヤな人間ばかりで本当にイヤになる。その上、本書の場合は、最後に提示される謎解きがかなり凝っていて、イヤな部分を適当に読み流すこともできないのが辛い。イヤだとかツライとか言っていながら、話に引き込まれてしまういつものパターンだ。読後感も爽やかでないし、何でこんなストーリーでなければいけないのかと思いつつ、とにかく口直しに他の本を読まなければと、読後の読書意欲が異様に高まる1冊だった。(「鸚鵡楼の惨劇」 真梨幸子、小学館)
歪みの国・韓国 金慶珠
内容的には、たくさん刊行されている「韓日関係」の解説書と大きく変わるところはないが、判りやすい口調で書かれていたり、比喩などにも工夫が凝らされていて、良い本だなぁという印象をもった。内容的にも、最新情報までが反映されていて有り難い。とにかく韓日関係を含めて国際情勢というものは時間とともに変化をしているわけで、それを取り上げるこのような本も、新しい情勢が織り込まれていれば、何冊出てもよいものだと思うし、それにずっと付き合っていくことが必要なのだろうと思う。(「歪みの国・韓国」 金慶珠、祥伝社新書)
金正恩 高英起
類似本が何冊も出ていて既に何冊かそれらを読んでいるが、それでもこうした本を読んでいるといくつか新しい発見がある。本書で特に驚いたのは、北朝鮮と中国の関係のくだりだ。北朝鮮の海軍が中国の漁船を拿捕して、その乗組員の身代金を中国側に要求したという事件があったらしい。これを読むと、中国と北朝鮮の関係について、中国が北朝鮮を「弟分」としてその行状を苦々しく思いながらも何とか守ろうとしているというような図式ははたして本当なのだろうかという疑問が大きくなる。本書の言うように、中国にとっての北朝鮮は、米国に守られた韓国との緩衝地帯という戦略的なドライな意味しかないというのが本当のところかもしれない。それ以外に、金正恩の兄(金正日の次男)が後継者にならなかった理由なども本書で初めて知った。細かい話だが、本書は、知らなかった事実をいくつも教えてくれる良本だ。(「金正恩」 高英起、宝島社新書)
万能鑑定士Qの推理劇Ⅳ 松岡圭祐
ずっと読み続けてきたシリーズも通算で16冊目。本作では、第一作目で登場した悪役が登場するかと思えば、これまでの作品で登場した人物や別シリーズの登場人物もぞろぞろと登場、さらにこれまで主人公が解決してきた事件が色々絡み合って話が進み、どうなることかと思えば、「もしかしてこれが最終話?」というような感じで終わる。本当に最終話なのか、単なる一段落でまた新たな展開が用意されているのかは不明だが、読み手としては、ここで終わっても満足という感じでもある。もしまた別のシリーズが始まるならば、たぶんそれも読んでしまうんだろうなぁ、と思いながら本を閉じた。(「万能鑑定士Qの推理劇Ⅳ」 松岡圭祐、角川文庫)
山口百恵→AKB48 アイドル論 北川昌弘
本書は、1960年代から現在までの「アイドル」の歴史を判りやすく辿ってくれている解説書だ。ざっと読んでみたのだが、ちょうど社会現象のようになっているNHKの連続TV小説「あまちゃん」との関連のようなが判って面白い。逆に「あまちゃん」がアイドルの歴史をしっかり踏まえて作られているということも判る。例えば、本書に出てくる最初のアイドルとしての固有名詞は、美空ひばりと吉永さゆりだが、これは「あまちゃん」の主人公の祖母と完全にだぶっている。また、本書で、小泉今日子のデビューと、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」の映画が同じ年だったことがわかった。本書を読んで、「あまちゃん」の脚本家「宮藤官九郎」のすごさが改めて再認識させられた感じだ。(「山口百恵→AKB48 アイドル論」 北川昌弘、宝島社新書)
頭の中身が漏れ出る日々 北大路公子
いつも行く本屋さんで著者の本の平積みコーナーができていた。ますます話題になってきているらしい。コーナーといっても3種類の本が並べてあるだけなので、あと1冊読むとそれでおしまいになってしまうのが寂しい。本書の解説のところに、著者が小説を書いているという情報が載っていた。著者が小説を書くと一体どういうことになるのか、大いに楽しみのような、少し怖いような、複雑な気持ちになる。多分面白いのだろうという確信はあるものの、それでもエッセイだけでも十分満足しているので、あえて冒険しないでほしいという気持ちが心のどこかにある。複雑な心境である。(「頭の中身が漏れ出る日々」 北大路公子、PHP文芸文庫)
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