書評、その他
Future Watch 書評、その他
ブラック企業VSモンスター消費者 今野晴貴&坂倉昇平
21世紀に入ってますます増殖している「ブラック企業」と「モンスター消費者」という2つの現象が競い合うようにスパイラル的に増殖して社会を破壊していきつつあるという視点から、両者について語った本書。この両者は、競合関係にあるのではなく、一方が他方の原因となり、事態をどんどん悪化させている構図があるという。本書の最大のポイントは、「ブラック企業の商品やサービスに対する不買運動を行えば、ブラック企業は自然に淘汰されていく」という主張が楽観的すぎるということだ。そんなことでは「ブラック企業」はなくならず、必要なのは労働時間や職務内容に関する「制度」を早急に作ることだという主張は、そのとおりだと思う。本書は、そうしたことを考えさせてくれるまたとない良書だ。最後の鼎談のところで、「お・も・て・な・し」について語っているところも、「ずっとブラック企業について考え続けている人が解釈するとこうなるのか」と、感心してしまった。(「ブラック企業VSモンスター消費者」 今野晴貴&坂倉昇平、ポプラ新書)
波形の声 長岡弘樹
著者の本はこれで4冊目だが、本書も含めてやはり著者の本領は短編だという気がする。著者の持ち味は、静謐な文章と意外な結末の2つだと思うが、その2つが短編であることでより輝いて見える。本書に収められた短編もそれぞれ、意外な動機、意外な結末ばかりで、その質の高さには驚かされる。最後から2つ目の短編では、ある登場人物の行動に、語り手である主人公と一緒に「恥いる」気持ちにさせられ、最後の1篇では、ある事件の背後にある動機に心底驚かされる。読み終えてから、本当にもっともっと読みたい気持ちになる1冊だった。(「波形の声」 長岡弘樹、徳間書店)
ラオス現代文学選集 ドワンチャンパー 他 二元裕子 訳
仕事でラオスを訪れることがあるかどうかはまだ判らないが、何度かミャンマーに出張し、昨年カンボジアを初めて訪れた時、やはり「次はラオス」かなと思った。この国は、人口が少ないこともあるのだが、歴史的な出来事や政治問題で何となくイメージを持っているベトナム、ミャンマー等に比べて、極端に情報が少ない。訳者による「あとがき」に「社会主義国独特の啓蒙的な小説、政治的色彩の強い小説でないものを選んだ」とあるが、そのあたりの選択が実に的確な1冊だと思う。書かれている内容は、この国の戦争、内乱、貧困、格差というものを抜きにしては語れないものばかりで、特に戦争と内乱を背景にした作品には、私自身、この国についてほとんど何も知らなかったことと痛切に感じる。その中で、強く生きた人、葛藤しながら苦しんだ人が生き生きと描かれている。特筆すべきは、この本の訳が素晴らしいことだ。全く知らない国の生活や人々の心情が的確に伝わってくるばかりでなく、アジアの国を訪れた時に感じる熱気と匂いがはっきりと文章から立ち上がっているのには驚かされた。知らない国を知るためという感じで読み始めたのだが、その風土を感じさせつつ格調高さを維持するその文体に強く惹かれた1冊だった。(「ラオス現代文学選集」 ドワンチャンパー 他 二元裕子 訳 、大同生命国際文化基金)
街場のマンガ論 内田樹
日本の漫画やサブカルチャーに関する作者の小文を集めた本書。書かれた時期は10年以上前のものから2013年のものまで収録されていて、幅広い。漫画、特に少女漫画に関する文章では、言及されている作品のうち半分くらいしか読んだことがないのだが、それでも言わんとしていることは良く判るように配慮されている。特に面白くて印象に残っているのは、「オタク」の起源(前史)の話と、著者の「著作権」に対する考え方が述べられている話の2つだ。いずれも常識にとらわれない見方で、目からうろこだった。(「街場のマンガ論」 内田樹、小学館文庫)
想像ラジオ いとうせいこう
本書は、東日本大震災で亡くなった人その関係者の無念や悲しみを真正面から扱った小説だ。全く予備知識なく読んだので、最初のうちはそれが判らないのだが、読み進めていくうちに、主人公のDJパーソナリティーが震災で亡くなった人だということが判ってきて、これはじっくり読まなければという気にさせられた。正直に言うと、本書で作者が書きたかったこと、言いたかったことが何なのか、私には最後までよく判らなかった。死者がもし何かを語れるとしたら何を語るのか、残された関係者が何を思い、何を思いとして残し何を忘れたいのか、それらは短い言葉で表現しようとすると途端に「嘘くさく」なってしまうような気もするし、同様に、この本について語ろうとすると同じようなことになってしまうのかもしれない。「忘れて次に進む」ということへの恐れや違和感を共有しつつ、こうした本を書いた作者に尊敬の念を感じる。(「想像ラジオ」 いとうせいこう、河出書房新社)
しあわせの書 泡坂妻夫
「迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術」という不思議な副題に惹かれて読んでみた。読んでみて、ただただびっくりした。本書には大きな謎が2つあり、そのうちの1つは読んでいる途中でなんとなく判ってしまったが、もう1つのトリックには心底びっくりした。帯に「未読の人には絶対にトリックを話さないで」と書かれている。実際のところ、この本のトリックを人に話さないでいるのは大変だ。私は、本書を読み終わったあと、本屋さんに行ってもう1冊購入してしまった。なぜかは、読んだ人にしか判らないないだろう。本書を書いた著者には脱帽というしかない。驚天動地の傑作だと思う。(「しあわせの書」 泡坂妻夫、新潮文庫)
「農民画家」ミレーの真実 井出洋一郎
ミレーという画家の解説書だが、「革新性」「多様性」「神話性」「現代性」という切り口で判り易く解説してくれると同時に、「サロンに出展された『種をまく人』はどこに所蔵されている作品か?」というエピソードが語られていたり、ミレーの風景画や肖像画についての話があったりで、まったく飽きさせずに面白く読むことができた。特に、なぜミレーがアメリカで人気があるのかという話や、戦前の日本で日本でミレーが「偉人」として紹介され続けた背景、日本でのミレー人気が高度成長期の「ミレー展」がきっかけだった話などが面白かった。口絵と図版が豊富なのも文句なしで、素晴らしい1冊だと思う。(「農民画家」ミレーの真実」 井出洋一郎、NHK出版)
国道沿いのファミレス 畑野智美
20代のファミレスに勤務する主人公が、実家の近くの店舗に転勤になり、そこでの人間関係の色々が描かれた小説。題名から想像される「お仕事小説」の要素はほとんどなく、描かれているのは、終始一貫して、主人公の親、友人、仕事の同僚との人間関係だ。話の内容は、青春時代のごたごたと言ってしまえば身も蓋もないが、書評等では「それだけではない何かがある」ということらしい。確かに、私もそうした青春ものに熱中するほど若くはないが、それでも確かに本書にはそれだけではない何かがある。主人公の成長に共感するという部分もあるし、親と子どもの関係という点では、親の目線からみたらどうかという読み方もできる。そうした何かを伝える特殊な何かを著者は持っている。この著者の作品は、題材を確認しつつも、また読みたいと感じる良作だと思った。(「国道沿いのファミレス」 畑野智美、集英社文庫)
少女外道 皆川博子
著者の本は2冊目。最初に読んだ1冊目は19世紀くらいの海外を舞台にしたミステリータッチの長編、本書は戦争前後の日本を舞台にした短編集ということで、形式・内容ともほとんど共通点がないが、いずれも他に比べようのない作者独特の世界を垣間見させてくれる。本書には、戦前戦後の日本における女性のおかれた境遇を核として、そこから生じる「外道」と「真っ当」の境界の曖昧さを抉り出すような物語が収録されている。そこにあるのはそうした外道性の弁護でもないし、女性がおかれた境遇を告発することでもない。ただただそこにそうした物語があったということを提示して終わることの不気味さを十分に味わせられる。作者がどういう作家なのかは、もっと沢山の作品を読まないと判らないのかもしれないが、本書は作者の特徴をかなり純粋な形で提示してくれている作品なのではないかとふと感じた。(「少女外道」 皆川博子、文春文庫)
ようこそ授賞式の夕べに 大崎梢
著者の2つのシリーズの主人公が2手に分かれて1つの謎を追いかけるという構成の本書は、両方のシリーズの読者にとっては興味深々の作品だ。残念ながら、その謎そのものは興味深々というわけではないのだが、それ以上に興味深かったのは、その謎が「本屋大賞」をもじったような「書店大賞」という賞を巡る謎だということ。名前は違うが、書かれている内容は「本屋大賞」の内幕を投影していると思われるので、それが興味深かった。本書を読んで、この賞がどのように運営されているのか、どの時点で本屋さんは受賞作品を知るのかといった、日ごろの疑問がいくつも明らかになった。例えば、いつの時点で本屋さんは受賞作品や最終順位を知るのかという疑問については、受賞作品が発表になった当日に本屋さんの店頭に受賞作品が並び、POPが掲げられているのをみて、本屋さんはかなり前から受賞作品を知っているということは想像していたが、本書を読むと、2次投票後のかなり早い時点で知っているということが判った。ちょうど今、ノミネート作品が発表されて2次投票が行われている最中なので、この作品を読むタイミングとしては良いタイミングだったように思う。毎年、自分なりの受賞作を予想しているが、その時点で本屋さんの関係者は受賞作品を知っているということになる。全くはずして笑われないように、頑張って予想しなければと思った。(「ようこそ授賞式の夕べに」 大崎梢、東京創元社)
製造迷夢 若竹七海
ものに触れるとそこに残っている人の記憶を感じることができるという特殊能力を持った女性を巡るミステリー短編集。最初の1篇を読んで感じたのは、事件が一応の解決をみた後、全く後講釈がないまま終わるその書きぶりの斬新さだ。ミステリーならばちょっとした後日談とか、読者を納得させる若干の解説があると思っていたらそうしたものが何もない。連作集ならば、次につながる何かがあっても良さそうなものだがそれもない。それでいて良く考えると文章に過不足はない。このちょっとした潔さが何ともいえず斬新な印象を与えてくれた。犯人らしき人物のモノローグ、事件の概要を簡潔に教えてくれる正式な公文書らしきもの、警察官の視点で書かれた地の文章が交互に記述される構成も大変面白い。ここで書かれた特殊能力については、海外のTVドラマでも扱われているし、一見するとさほど新しい感覚のミステリーという感じではないのだが、よく考えるとかなり斬新なアイデアがいくつも詰まった作品だと気づかされる。続編を大いに期待したいと思わせてくれる。(「製造迷夢」 若竹七海、徳間文庫)
致死量未満の殺人 三沢陽一
第3回アガサ・クリスティ賞受賞作ということで評判の作品。非常に丹念にミステリーが構築されていて、審査員がこの作品を選んだというのが素直に納得できる。犯罪自体に偶然と必然が色々な意味で交差していて、一応の結末を知ったときに、トータルで見るとやや偶然にしては出来すぎではないかと思うのだが、それを見透かしたように最後にまたそれを逆手にとったようなどんでん返しが用意されている。そのあたり、ミステリーの好きな読者が、何を気にしているのかを良く判っているなぁと思わせるひねり技が、大変面白い。そういえば読んでいる途中でそんなことを考えたなぁと後から思っても後の祭りで、心地よい「してやられた感」を堪能できる。(「致死量未満の殺人」 三沢陽一、早川書店)
さようなら、オレンジ 岩城けい
アフリカから難民としてオーストラリア(多分)に逃れてきたアフリカ出身の女性、日本から夫の仕事の関係で同じくオーストラリア(多分)にやってきた日本人女性の話が交互に語られる本書。教養も境遇も全く違う2人が語学学校で知り合い、お互いに相手を意識し尊敬しながら、自らが変わっていく様を見事に描いている。ちょっとした心理描写等でも「この描写は実際に体験していないと書けないだろうなぁ」と感じる場面がいくつもある。もちろん、アフリカの女性の話の方は、「彼女自身から聞いたこと」か「そばで見ていて感じたこと」ということになるのだろうが、その部分と日本人の語り(語学学校の先生への手紙という形式になっている)の部分の緻密さが変わらないのは、おそらくこの作者の持っている力を示しているだろう。作者が実際に体験し感じたことを綴った処女作がその作家の代表作になるという例は数多いが、この作者の持っている天性は、それだけでは終わらない何かを感じさせてくれる。(「さようなら、オレンジ」 岩城けい、筑摩書房)
貴族探偵対女探偵 麻耶雄嵩
最近読んで面白かった作品の続編がでていたので、読んでみた。自分では推理をしないという究極の「貴族探偵」の面白さは相変わらずだが、それに正攻法の探偵術、推理力で挑戦する新人駆け出しの女探偵とのやり取りが加わり、面白さは前作以上だ。正攻法、消去法による推理が、いつも同じ失敗を繰り返し、それがいとも簡単に覆されてしまう。この作品を読んで思うのだが、作者は面白いミステリー、謎とき話を作ることを主眼としているのではなく、面白い探偵を創造することに主眼を置いているような気がする。本書はその試みが非常にうまくいっていることを示している。さらなる続編では、別の探偵の類型を粉砕する作品を期待したい。(「貴族探偵対女探偵」 麻耶雄嵩、集英社)
ビブリア古書堂の事件手帖5 三上延
シリーズの5作目。前作を読んでからかなり時間が経っているような気がするが、読み始めてすぐに瞬間的に物語の中に入っていけるのは、それだけ登場人物の造形がしっかりしていて記憶に残っているからだと思う。また、その書き方もさりげないが、そうした過去の物語を上手く思い出させてくれるような書き方になっているのだろう。物語は、作者自身があとがきで書いているように、いよいよ「折り返し地点」を向かえたような内容だ。そう作者がいい切っているというのも、しっかりした構想がある証のようで好感がもてる。大ヒット作品にはそれなりの理由があるということを強く感じる。(「ビブリア古書堂の事件手帖5」 三上延、メディアワークス文庫)
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