書評、その他
Future Watch 書評、その他
黄色い家 川上未映子
今年の本屋大賞ノミネート作品。主人公を中心とする女性たちの破局の顛末を描いた物語。人に優しく思いやりがあり頑張り屋でもある主人公だが、ひとりでは生きていけない、多少のお金はないと困る、というごく当たり前のことを望むなか、不可抗力のような出来事の連続で深い闇に取り込まれ悪の世界に追い込まれていく。最近読んだ重苦しい小説の中でもとびきり重苦しいエピソードの連続だ。女性たちを取り込んでいく暗い社会は一般人には想像もできないような特殊な世界だが、どこでボタンをかけ間違えたのか、本当に恐ろしい展開に息を呑むしかない。最近の小説には、現代日本の生きにくさ、悪に取り込まれる落とし穴の多さを描く小説が本当に多いが、ここに極まれりという作品だった。(「黄色い家」 川上未映子、中央公論新社)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
あしたの名医 藤ノ木優
書評誌で紹介されていた初めて読む作家の作品。副題「伊豆中周産期センター」、帯に「現役医師が描く傑作医学エンタメ」とあるとおり、静岡県三島の南の伊豆長岡にある伊豆半島一帯の高度産科医療を担う大学病院分院が舞台で、そこに配属になった主人公の若手医師の日々の葛藤と成長を描いた小説だ。パワハラ、頑固者、保守的と悪名高い上司の教授のもとで、地域医療最後の砦として激務をこなしていく中で、先端医療とは何か、そもそも医療とは何かを様々な体験を通じて考察していく。先輩医師、頑固者の教授の真の姿が次第に明らかになる中で、読者も主人公同様の気づきを体験していく。特に、教授の悪評の原因となっている教授による「病院内ルール」の真の意味が明らかになる終盤、医師不足に悩む地域医療の難しさ、異例づくめの医療現場で医師が直面する葛藤、先端医療に重きを置いた大学病院内の歪みなど、いくつもの課題を読者は知ることになる。とにかくお医者さんという仕事の尊さを強く教えてくれる一冊だった。(「あしたの名医」 藤ノ木優、新潮文庫)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
変な家2 雨穴
話題になった作品の続編。2部構成で、前半は家の間取りに関する奇妙な11のエピソード。何か互いに関係がありそうな話もあれば、他と全然関係無さそうな話もあって、全体像は全く見当が付かない。後半は解決編ということでこれらのエピソードから導かれるびっくりするような真相が提示される。関係ないと思われた複数のエピソードの関連が徐々に明らかになっていくのが面白い。読んでいて強く感じたのは、前作同様、とにかくおぞましい話が満載なことと、図解や文章が非常に的確でわかりやすいこと。この二つが、読む速度の濃淡をつけられる紙の読書と違うネット小説の大切な要素なんだろうなぁと感じた。(「変な家2」 雨穴、飛鳥新社)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
星を編む 凪良ゆう
今年の本屋大賞ノミネート作品。大賞受賞作「汝、星のごとく」のスピンオフ作品と紹介されているが、前作より以前の話と前作の後の話が収録されていて、どちらかというと両方のエピソードを全部合わせて一つの作品という感じがするほど一体感がある。読後の感想は、自分だけかもしれないが、本作を読むことで前作の印象がかなり変わってしまったということだ。前作でちょっと気持ち悪いなと思っていた人物がガラリと誠実を絵に描いたような人物に思えるようになったし、そもそも前作は、親のネグレクト、SNSによる謂れのない誹謗中傷、各種ハラスメントなどの暗い社会問題のオンパレードで、登場人物もどうしようもないダメな人物ばかりだったと思っていたが、本作を読むとそうした絶望的な状況ばかりではないなと感じるようになった。この感覚の変化がどこから来るのか、もしかしたら話のタイムスパンが長いからだろうか、時間が経つとものすごい悲劇も和らいでいくものなのだろうか、などと考えてしまった。こうした変化を著者自身が最初から意図していただろうと考えると、本当にすごい作家だなと改めて感じてしまった。(「星を編む」 凪良ゆう、講談社)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
本屋、ひらく 本の雑誌社編集部編
書籍の売上低迷、書店数の減少が言われて久しいが、このところそうした流れに抗うように独立系の小さな町の本屋さんの開店が全国的に増えているとのこと。本書は、最近になって開業した本屋さんのオーナー達が語る、開業を後押ししたキッカケ、本屋さんという職業への思い、開業前から現在までの苦労話、コロナ禍への対応などのエピソードが収められている。開業まで別の書店や出版社で働いていた人が多いのは当然だろうが、中には全くの素人だったという人や特に読書好きではなかったという人も結構いて、その行動力にびっくりした。ほぼ全ての人が語っているのが、本屋さんの利益率の低さを起因とする経営の難しさだ。こうした中で経営を安定させるため、あるいはコロナ禍対策として各店が打ち出しているのが、貸し棚、選書サービス、イベント開催、カフェ併設、談話スペースといった多角化だ。それがそれぞれの良い個性になっていて、掲載されている全国各地のお店を行脚してみたいと思ったくらいだ。各エッセイの最後に掲載されているのが「店長の大切な一冊」。これも色々な本があって面白かった。なお一番びっくりしたのは、この本、自宅から電車で一駅の本屋さんで購入したのだが、何とその本屋さんが本書で紹介されていたこと。本書は前から気になっていたが、大きな書店では見つけられず、ネットで買おうかなと思っていたところで偶然その本屋さんの棚の最上段、手の届きにくいところに一冊だけひっそりと置いてあるのを発見して購入。自分の店が紹介されている本なのにひっそり置いてあったのが何とも奥ゆかしいし、他の本と同じように淡々とレジをしてくれた店員さん有り難うという気持ちになった。(「本屋、ひらく」本の雑誌社編集部編)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
磯田道史と日本史を語ろう 磯田道史
歴史研究家磯田道史の対談集。対談の相手は別の歴史研究家、小説家、生物学者、女優など様々、対談が行われた時期も2003〜2023年と幅広く、玉石混淆ながらそれぞれ特徴があって面白かった。特に全く別の分野の人との対談は、それぞれの知見を持ち合って解釈に解釈を積み重ねていく様が良かった気がする。全体を読み通した印象は、歴史学というのは新しい資料を探したり従来の資料の別の解釈を考えたりしていく地道な研究なんだなぁということと、それによってほんの少しずつだが進歩しているんだなぁということだ。(「磯田道史と日本史を語ろう」 磯田道史、文春新書)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
11文字の檻 青崎有吾
書評誌のランキングで本書に収録されている短編「恋澤姉妹」が年間ベストワンと絶賛されていたので、読んでみることにした。内容は、実際の事件を題材にしたミステリー、ショートショートなどバラエティに富んだ短編集。ベストワンに推されていた「恋澤姉妹」は、自分たちに干渉する者を容赦なく抹殺してしまうという姉妹の物語。これまで読んだことのない不思議な物語だが、ベストワンに推されているのが何となく分かる気がした。それと同じくらいびっくりしたのが表題作。監獄に収容された政治犯が脱出するための11文字のパスワードを推理していくというこちらも不思議な設定の話。先日読んだ著者の「地雷グリコ」に通じる論理思考パズルもので、どちらが先に書かれたのかは分からないが、こちらも今まで読んだことのない虜になるような不思議な面白さをもった作品だった。(「11文字の檻」 青崎有吾、創元推理文庫)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
寄席 お笑いぱっちり倶楽部
横浜にぎわい座で行われた写真好きの落語家や芸人の集まり「お笑いぱっちり倶楽部」のメンバーによる寄席。初めて聞く名前の会だが、その会長がナイツの土屋氏ということでナイツの漫才目当てで聴きに行った。会場は3分の2以上が女性で超満員。とにかく高齢者が多く、休憩で自分の席を外した後に戻るべき自分の席が分からずにウロウロしている方がちらほら。出し物は、落語、紙切り、ものまね、漫才とバラエティに富んだ内容。中入り後は写真倶楽部のメンバーが撮影した写真を紹介する座談会。今回のお題は「終息」とかでそれに因んだ写真を持ち寄って自分の写真の説明をしたり他の人の作品の講評をしたりというもの。最優秀作品と次回持ち寄る写真のお題「爆笑」が決まって終了。座談会の後に何組か出し物が残っていたが用事があったので残念ながらここで退席。
①三遊亭げんば 開口一番
②林家喜之輔 紙切り
③古今亭今市
④江戸家まねき猫 ものまね
⑤ザニュースペーパー
⑥ナイツ
中入り
⑦写真倶楽部座談会
①三遊亭げんば 開口一番
②林家喜之輔 紙切り
③古今亭今市
④江戸家まねき猫 ものまね
⑤ザニュースペーパー
⑥ナイツ
中入り
⑦写真倶楽部座談会
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
ガザ 中川浩一
外務省でアラビア語通訳だった元事務職員によるイスラエルパレスチナ紛争の歴史と今後の展望についての解説書。両者の和平交渉が最も実現に近づいたにも関わらずそれが崩壊してしまった1990年代後半にイスラエルで勤務していた体験を持つ著者。その体験に基づいて語る和平プロセス実現、今の紛争解決の困難さには説得力がある。和平の弊害となっているのは、①現在も続くパレスチナ地域に入植したイスラエルのガザ、ヨルダン川西部からの撤退問題、②エルサレムの帰属問題、③イスラエル建国以降故郷を追われたパレスチナ難民の帰国問題の3つ。和平が最も実現に近づいた90年代の主役は、和平に積極的だったイスラエルのラビン、バラック両首相、紛争解決に非常に意欲的だった米国クリントン大統領、カリスマ的指導者だったパレスチナのアラファト議長ら。和平の当事者とアメリカの指導者が前向きだったにも関わらず実現しなかったところに和平の難しさがある。さらにロシアや中国との対立に軸足を移さざるを得ないアメリカの現状、経済を優先し始めた他のアラブ諸国といったその後の変化を考えると、早期の停戦和平を「ほとんど絶望的」とする著者の意見、ガザ地区を何度も訪問しそこで暮らす難民の悲惨さを語る著者の目線に、何ともやり切れない思いがした。(「ガザ」 中川浩一、幻冬舎新書)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
スピノザの診察室 夏川草介
今年の本屋大賞ノミネート作品。日本で最も先進的な医療を行なっている大学病院で将来を嘱望されながらある理由で町の総合病院に転職した主人公の日常を描いた作品で、大きな事件などは全くなく、それぞれの患者と向き合う際の医師たちの葛藤や、医師同士でかわす医療についての議論が続く。読んでいて感じるのは、とにかく医師を取り巻くものの多様性だ。医師達の目指すものや倫理観も色々なら、医師と対峙する患者の求めるものも色々、医師に活躍の場を提供する病院、患者と向き合う看護師、ソーシャルワーカーといった関係者も色々だ。「神様のカルテ」以外の著者の作品を読むのは初めてだが、エンタメ色を完全にそぎ落とし医師の内面のみに焦点を当てた本書は、終末医療を行う医師の葛藤などこれまで考えたことのない様々な課題について考えさせられる一冊だった。(「スピノザの診察室」 夏川草介、水鈴社)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
ダンゴムシに心はあるのか 森山徹
ダンゴムシに関する最新の観察・分析成果を通じて「ダンゴムシには心があるのか」「そもそも心とは何か」を解説してくれる啓蒙書。近くの本屋さんにできた山と渓谷社のコーナーで見つけた一冊。これまで「心とは何か」という問いをについては「意識と同義のようなもの」といった程度のことを漠然と思っていただけだったが、科学の世界ではもっと厳密な定義づけが模索されているらしい。本書では「心」というものを「数多くの刺激の中から特定の刺激以外のものを排除し条件反射とは違う行動を選択するための源泉となる何か」として、ダンゴムシに対して、迷路を彷徨わせたり、その迷路に障害物を置いたり、触手にチューブを装着したり、水で囲ったところを歩かせたり、2匹に綱引きをさせたりと、様々な実験を行い、その結果が紹介されている。そうした中で、ダンゴムシが通常と違う行動をとる場合があることに注目してそれを分析し、その背後にある「心」の存在に迫っていく。地道な実験の繰り返しによって小さな事実を積み重ねていく執念、ダンゴムシの研究にはダンゴムシとのコミュニケーション、その前提となる彼らを理解しようとする愛情が不可欠と言い切る著者は、本当にすごいなぁと思う。読み進めていくうちに読み手の自分も段々ダンゴムシに感情移入していき、何百回も同じ実験に付き合わされたり、変なものを身体につけられたりするダンゴムシのことを考えて少し切なくなり、こうした研究の成果がダンゴムシたちにも何かプラスがあればいいなぁと思ってしまった。(「ダンゴムシに心はあるのか」 森山徹、ヤマケイ文庫)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )