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かばん屋の相続 池井戸潤

TVドラマ「半沢直樹」の大ヒットで、本屋さんで急遽関連本の平積みのコーナーが設置され、そこに置かれていた1冊だ。内容は、「半沢直樹」と同じく銀行の裏事情ということだが、短編集ということで、内容は軽めで、しかも最後にどうなったかをはっきり書かずに余韻を残して終わるというスタイルの作品があったり、現実の事件に着想を得たと判る作品があったりで、色々なバリエーションが楽しめた。特に最後の表題作は、有名な事件を扱っているが、現実以上に面白い話になっているようにおもった。本書でも、「暗い話を扱っていても何となく明るい」という著者の作風のようなものが感じられ、あまり気負わずに楽しめる1冊だ。元銀行員としてみると、その内容は「ぎりぎりありえるかも」という感じだ。(「かばん屋の相続」 池井戸潤、文春文庫)

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どら焼きの丸かじり 東海林さだお

本の帯に「丸かじり」シリーズの記念すべき30作目とあり、巻末の解説もこれまでの29冊の解説を総括するような内容になっていて、このシリーズのファンにとっては、これまでの作品を懐かしく思う1冊になっている。私自身は、全部間違いなく読んでいるかどうかは自信がないし、それを確認したことはないが、少なくとも27冊か28冊くらいは読んでいるはずだ。内容的には昔のように1つのの食品を徹底的に語り尽くすという感じからもっと自由に、1つの食品をきっかけにして色に対する独自の見かたを披露するというスタイルに若干移行してきているように思われる。また、以前から少し気になっていた世論を気にしたカッコ書きの注釈も本書では全くなくなっていて、その辺が大変すがすがしい感じになっている。読んでいてどうということのない内容なのだが、つい「丸かじり」というタイトルをみると手に取ってしまう、そんな古い付き合いの間柄だ。(「どら焼きの丸かじり」 東海林さだお、文春文庫)

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島はぼくらと 辻村深月

作品ごとに色々な顔を見せてくれる作家というイメージだが、そうかといってただ文章がうまいというだけではないなにかを感じさせる。本書もそうした作者独特の良さがにじみでてくるような作品だ。5つの章に分かれていて、それぞれの章に、1つの「別れ」が描かれている。ある劇のシナリオを巡る全体を結びつける話も素晴らしいし、母子手帳にまつわる小さなエピソードも素晴らしい。間違いなくこれまでに読んだ著者の作品のなかでの最高傑作だと思う。直木賞受賞後の第1作とのことだが、どこまですごい作家になるのかと期待が膨らむ。(「島はぼくらと」 辻村深月、講談社)

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生きていてもいいかしら日記 北大路公子

著者の本は初めてだが、本屋さんで平積みになっており、書評誌で絶賛されていたのを覚えていたので、読んでみた。読み終わってから知ったのだが、人気女優がファンだと公言したことや著者自身のブログがきっかけでかなりブレイクしているとのこと。読んでみると、びっくりするほど面白い。ほとんどが著者の妄想を文字にしたような文章なのだが、その妄想が、ありそうでなさそうな微妙な感じで、しかも突然襲ってくる面白さだ。。こんなことを妄想しながら町を歩いている人がいると考えただけで不思議な感覚に囚われる。本来は小説家なのだそうだが、本書のような微妙な味わいはエッセイならではのものだと思う。どこがどう面白いか、読んでいない人には説明できない面白さというものが確かにある。本書以外にも数冊既刊本があるようなので、早速本屋さんに行って、探したい衝動に駆られた。(「生きていてもいいかしら日記」 北大路公子、PHP文芸文庫)

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ライオンの棲む街 東川篤哉

著者の新しいシリーズ。平塚を舞台にしたユーモアミステリーで、舞台や主人公の設定は違うが、少しひねりのきいたトリックや話の展開のパターン、登場人物のほとんど全てが何となくずれているような可笑しさなどは、これまでのシリーズとほとんど変わらないので、安心して読めるのが良い。このシリーズでは、一番深刻な事件が主人公の探偵が動き出してから起きるというパターンが多いのに気がついた。それがトリックの肝と深く関わっていることを考えると、このシリーズの設定も、単に奇抜な設定というだけではなく、意外に計算されつくしたものであるようで、一層面白く感じられる。(「ライオンの棲む街」 東川篤哉、祥伝社)

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騎手の一分 藤田伸二

色々な書評で話題になっている1冊。歴代の10傑に入るような名ジョッキーの著者が、引退間近のタイミングで、競馬界にまつわる隠れた問題点を本音で暴露した本ということで、注目を集めている本だ。読んでいると、現役の別の騎手を名指しでぼろくそに言ったり、所属する組織であるJRAを諸悪の根源のように言ったりしているのが非常に痛快で、話題になるのも頷けるという感じだ。50歳を超えてこれまでに1回しか馬券を買った事がない私にも、この本の面白さは格別のものだった。本書によれば騎手という職業は、意外に色々な方面に気を使わなければいけない職業のようで、ここまで言えるのは、著者がものすごい成績を残している名ジョッキーであること、しかも引退間近でもう気を使わなくなくてもよくなってしまったということ、さらに著者がもともと結構やんちゃな人間だったということ、この3つの要素が揃ったからこその1冊だということが判る。それにしても、これだけの成績を残していながら、私は全く著者のことを知らなかった。武豊というスーパースターと現役時代が全く重なっているということで、いつも2番手だったということらしいが、そうした偶然も本書が世に出ることができた偶然の1つだと思うと、本当にラッキーな1冊だと思う。後は、同じような本を是非「武豊」騎手に書いて欲しいと思う。(「騎手の一分」 藤田伸二、講談社現代新書)

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月と蟹 道尾秀介

作者の本は何冊も読んでいるが、この「直木賞」受賞作は未読だった。賞を受賞した頃がちょうど色々と著者の本を読み始めていた時期で、それまでの作品を順番に読んでいて、肝心の受賞作品を読むタイミングを逸してしまっていた。今回、本書を読んでみて、思ったことは、確かにこの作品は著者らしさが強く感じられる作品だが、これまでに読んだ著者の本の中でベスト、あるいは代表作とにふさわしい作品かというとそうでもないような気がするということだ。話としては、人の成長過程のある時期の心理描写等においてさすがだなと思わせる作品だとは思うが、ストーリーとしては、これまで読んできた著者の作品にはもっと面白い作品がいくつもあったような気がする。小説を読む場合、その時の著者の勢いとかその前に発表された作品群からの流れというものも大切な要素となる。こうした過去の受賞作品を時間が経ってから読む場合にはそれを十分気をつけなければいけないということに改めて気づかされた。(「月と蟹」 道尾秀介、文春文庫)

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卵をめぐる祖父の戦争 ディヴィッド・ベニオフ

一人の少年が語る冒険談。第二次世界大戦下にドイツの包囲されたレニングラードの惨状、戦時下の価値観の異様さがひしひしと伝わってくる作品だ。通常であれば「ばからしい」という一言で済んでしまいそうな任務を帯びた主人公が生き残るまでに、目にしたり体験したりする事柄の1つ1つに読者も一喜一憂し、最後に残るむなしさと悲しい結末にやるせない気持ちにさせられる。戦争を実体験した人の体験談を後世に伝えるということが、いまだに日本の大きな課題になっているが、本書も同じような気運から生まれた作品なのだろうか、と考えさせられた。(「卵をめぐる祖父の戦争」 ディヴィッド・ベニオフ、ハヤカワ文庫)

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世界地図の下書き 朝井リョウ

直木賞受賞後第1作として注目されている1冊ということで読んでみたのだが、同時に、この作者にはこうした作品もあるのかと驚かされる1冊でもあった。話の内容は、非常に単純で、かつ涙腺の弱い人にはそれだけでジーンときてしまうような設定だが、作為的な泣ける小説とは、明らかに品格が違うという気がした。最後のクライマックスで読者の心に映るきれいな情景も格別だし、発せられるメッセージも明快で、私などもこの作品のメッセージをもとに、もう一度色々人生について考えてみるもの良いかななどと思ってしまった。著者の本は、「チア男子」などをまだ読んでいないが、これなどもまた全く別の著者の顔を見せてくれそうな感じだし、そうした意味で、著者の才能の広さをつくづく感じる。(「世界地図の下書き」 朝井リョウ、集英社)

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猫間地獄のわらべ歌 幡大介

これも色々なところで話題になっている作品。バカミスという評価もあれば、実験的な問題作という評価もあって、どういう作品か自分で確かめるしかないと思い、読んでみたが、これは、江戸時代という特殊な時代ならではのミステリーでありながら、登場人物はかなり現代人的ということで、その部分が「禁じ手」という評価だったり、実験的という評価だったりということだ、とわかった。ミステリーとしては面白いし、時代設定と登場人物の設定が合わないということについても、それで面白い作品になるならばそれはそれで問題ないのではないかという程度のものだと思う。ある程度のリアリティは必要かもしれないが、ミステリーの読者が最終的に求めているのは、リアリティそのものではなく、話の面白さなのだし、この路線は結構面白そうな気がするので、続編も期待したいというのが感想だ。(「猫間地獄のわらべ歌」 幡大介、講談社文庫)

海外出張などのため10日間ほど更新を休みます。

 

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火群のごとく あさのあつこ

数年前にある書評を読んで気にかかり、本屋さんを2,3件回って探したのだが見つからず、そのままになっていた作品。その時に読んだ書評の内容は忘れてしまったが、とにかく絶賛していたのを覚えている。本書は江戸時代の武家の子どもたちの青春群像だ。武家の男子は14歳から15歳で元服をして一人前ということになるようで、主人公達のその直前の時期が描かれている。彼らの世界は、家柄による厳しい隔たりが友情をゆがめてしまう前の世界で、将来進む道の隔たりを感じつつも、小役人の子どもも筆頭家老の子どもも仲良く同じ道場に通い無駄口をたたきあう少年達の物語だ。最初に提示される謎の大きさが、読み手をぐいぐい物語のなかに引き込み、最後まで離さない。巻末の解説に、作者の代表的傑作とあるがまさにその通りだと思う。(「火群のごとく」 あさのあつこ、文春文庫)

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