夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

喪中のお便(たよ)りを頂くの中、公平な視線を保った上司だった人の死去を知り・・。

2011-11-29 14:47:18 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳の身であるが、
過ぎし『勤労感謝の日』の23日の頃から、喪中のお便(たよ)りの葉書を知人、友人から頂いたりしている。
そしての親御さんの94歳とか96歳のご高齢で死去されたと知ったりした。

こうした中に、私の現役サラリーマンの時代に、ひととき上司だった当人の死去を知り、
特に私は深く精読したりした・・。

《・・
喪中のため新年のご挨拶は
 失礼させていただきます

夫 XXが XX月XX日に73歳で永眠いたしました
生前に賜りましたご厚情を深謝いたしますとともに
ご報告をさせていただきます
故人の遺志もありまして葬儀は身内で執り行いましたので
ご香典、ご供物等は固く辞退申し上げます
皆様には良い年が訪れますようお祈りいたします
・・》

このような文面を私は深く精読したのである・・。

私は中小業のある民間会社に勤め、30代の後半の一時時期、
組織変更と人事異動で、新たに上司となった方の下で、職務に従事していた。
管理畑であるが、この上司は営業畑で活躍されて栄進された方で、
親分肌で部下の多くから好かれていた。
そして休日の合間に、海釣り、スキーなどに後輩たちを引率したりし、
人望も有していた。

ある時、私は同僚のひとりとして、何か職務上の問題で論争になってしまった時、
この上司が聞いていた。
私としては、同僚が海釣りも好きで、この上司に懐(なつ)いていて、
何かと海釣りに幾たびか同行していたことも知っていたので、
不利な論争の結果になると、少し危惧したのは事実であった。

結果として、この上司は私の論に軍配を上げて、
公平な視線がある稀(まれ)な人、と私は強く感じたのである。

まもなくして、組織変更などで私の上司は変わったりしたが、
この上司は幾たびの会議で公平な判断をされていると同僚、後輩たちからも聞いたりし、
私は社内、懇親会などでお逢いするたびに、敬愛を深めたりした。

私は定年退職後も相変わらず年賀状だけは送信し、
この上司からも暖かな年賀状を頂いていた。

退職後の5年も過ぎると、現役時代と大きく変貌し、
たとえ葬儀であっても、お通夜、告別式の参列は、義理のように風化してしまうのである。
こうした心情も察して、この上司は葬儀は身内だけで、と判断された、
と私は解釈したのである。

私も退職後の年金生活を始めた頃に、葬儀は家族葬で、と家内に幾たびか言っているので、
この上司の思いが深く共感できるのである。

この後、私はこの方のお住まいだった方に、手を合わせて、
公平な視線を保った稀(まれ)な人だった、と心の中で呟(つぶや)きながら、ご冥福を祈ったりした。


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