夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

雨乞いしてきた私、八代亜紀さんの『雨の慕情』の歌を秘かに唄っても・・。

2013-06-07 12:01:34 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の68歳の身であるが、
昨夕、テレビのニュースの終わりの頃の天気情報を視聴していたら、
明日の7日の早朝から午前中に、久々に雨が降ります、
と報じられて、私は微笑んだりした。

私の住む地域に於いては、過ぎし5月29日に『梅雨入り』宣言を気象庁が公表されたが、
翌日の30日に午前中のひとときに小雨が降った後、
初夏のような陽気が続き、梅雨の間の晴れ間、と言われても、少し長すぎますょ、
と私は空を見上げたりして、天上の気候の神々の采配に戸惑ったりしてきた。

私は平素の買物の専任者であるので、毎日のように最寄のスーパー2店に行ったり、
或いは駅前まで徒歩で15分コースのスーパー6店の中の数店で、買い求めたりしてきた。
この後は、その日の思うまま自宅から数キロの範囲を適当に散策したりし、季節のうつろいを享受している。

こうした中で、近くに流れる野川の遊歩道を散策したりしてきたが、
清流を眺めたりすると、日増しに水の流れが元気をなくして、
困るよなぁ、と私は憂いたりした。
          
もとより梅雨の時節は、農作物などの発育には肝要の時節であり、水不足は天敵となり、
増して私たちの日常生活は、水は欠かせなく、水源地が枯渇となるのは甚大な影響を受ける。

一昨日の5日も陽射しを燦々と小庭を照らしたりし、
長らく雨から遠ざかっている日々が続き、
雑木、草花も何となく覇気がないので、私と同様に早くも夏バテなのかしら、と苦笑したりしてきた。
      
そして、水を大切にしましょう、と叫ばれている昨今、
ご近所の方から、非国民と非難されないように、
私はこっそりと草花だけに水道水を散水したりした。
          
その後、古来の人たちは雨を待ちわびる時に、雨乞いの行事をしていたことを思いだし、
高齢者の私でも、秘かに小庭のテラスに下り立ち、
ひとつの歌をかぼそい声で唄いだしたのである・・。

 ♪心の中が忘れた あのひとも
  膝の重さを 覚えてる

【『雨の慕情』 作詞・阿久悠、作曲・浜圭介、編曲・竜崎孝路、唄・八代亜紀 】


今朝、小雨降る朝を迎えたが、その後は降ったり止んだりしている。
          
朝食後、私はテラスに下り立つと、小雨が降りだしてきた・・。
私は小庭に小雨の降る情景を眺めて、心の中で歌を唄いだした。

 ♪雨雨ふれふれ もっとふれ
  私のいいひと つれて来い

【『雨の慕情』 作詞・阿久悠、作曲・浜圭介、編曲・竜崎孝路、唄・八代亜紀 】

私は少し苦手な八代亜紀さんのように巧く唄えないが、
せめて願いをこめて、心の中で唄ったりしたのであった。

この後、居間に戻ると、まもなく小雨が止んだりした。
          
私は、どうしてなのょ、と空を眺めたりしながら、
やはり主(あるじ)の私が音痴なのせいか、 或いは祈願不足のせいか、
と思ったりした。

まもなくして思い当たるとすれば、私はこの歌のように、
♪膝の重さを 覚えてる・・、
私は結婚前の独身時代に於いて、確か8人の女性と交遊をしてきたが、失恋の方が多かった。
そして確固たる情愛、そして性愛の深淵を深めた良いひとに、めぐり逢えなかったことを気付き、
つたない私としては、雨乞うの歌には相応(ふさわ)しくない、と大いに反省をさせられたのである。

そして空は明るくなり、私は苦笑したりしている。

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