私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の身であるが、
年金生活をしていると何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
このブログのサイトに綴り投稿するのが、生きがいのひとつとなっている。
私は民間会社の中小業のある会社を35年近く奮戦して、2004年(平成16年)10月下旬に定年退職し、
多々の理由により年金生活を始めて、早くも10年が過ぎて、
過ぎし9月下旬に古希と称される70歳を迎え、不安と希望を秘めながら、70代を歩き始め二か月を過ぎた・・。

☆今回掲載した写真のすべては、どんよりとした曇り空、ときおり霧雨の舞う中、本日の散策ひとときを撮った☆
私は定年退職して、まもない時に『ブログ』の世界を知り、
2004年(平成16年)11月12日にある大手のブログサービスに加入した後、
2つばかりのブログサービスに彷徨(さまよ)った後、
この【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)の1月中旬に加入したので、
これ以来、10年近くになっている。
しかしながら、この後に他のブログサービスに加入して熱中して、2度ばかり中断したが、
2008年(平成20年)の5月以来は継続し、今日に至っている。
このような軌跡で、ブログの世界を知って丸10年が過ぎて、早や11年生に進級した。
結果としては、パソコンの故障、国内旅行などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。
こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)の残したいからであった。
そして年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
私の投稿文の殆どの内容は、幼年期からサラリーマン退職時まで、そして年金生活の日々の心情は、
脚色もないありのままの思い、真情を投稿文に認(したた)めたく、あますことのないように綴ってきた。
私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情が大切にしているひとりである。
従って、数多くの駄文を綴ってきたが、ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。
昨夜、私はヤフーの検索機能で、自身のブログ『夢逢人かりそめ草紙』と入力した。
過ぎる1年半前、グーグルの検索機能で、自身のブログ名を入力したら、
私の投稿文の一節が、まったく未知の方に波及されて、引用して下さったこともあり、
嬉しげに驚いたりしたことがあったりした。
このような体験があったりしたので、たまたま昨夜のひととき、自身のブログ名を入力した。
こうした結果、30代の男性と思われる方のブログサイトで、2014年5月11日に於いて、
『夢逢人かりそめ草紙』と題した投稿文があり、驚きながら読ませて頂いた。
ご本人には無断であるが、ブログの投稿文は発信したなら、世の中に公開したと同一、
と甘受しながら、転載させて頂く。

《・・
何を隠そう私はエッセー、随筆ブログランキングに身を置いている。
その中の上位のほうを、ご覧になって欲しい。
わたしが今注目を置いているのは夢逢人かりそめ草紙というブログである。
定年退職された夢逢人管理人様のブログである。
キャッチフレーズは
定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし68年の心の宝物から、
あふれる思いを真摯に、時には楽しく日々投稿・・♪
そのあふるる思いは日々の記事だけでも5000を超えている。
これはジャスティンビーバーのフォロワーが5000万と同じくらいの快挙である。
歳をとると人間は物事に億劫になりがちである。
しかし彼は意欲的な執筆活動をし世のブロガーを圧倒させるのである。
綺麗な花々がめくりめく美しい背景。
内容も極めて濃く心情を惜しみなく書いている。
果たして私が65歳を越えてブロガーになろうと思うだろうか?
いや思わないだろう。
うちの父といい現在定年された世代は団塊ソウルをもって生きている。
まさに高度経済成長を支えてきた世代最強の人々である。
私はいつも彼のブログを読むときは
きちんとXPの画面越しにお辞儀をして読むことにしている。
随筆、エッセーのカテゴリの真の王者は1、2、位の連中ではない!
断言しよう、夢逢人かりそめ草紙が真の戦士のブログなのである!!
・・》

こうした私のブログに対して、論評されて、私は戸惑いながら、照れたりした・・。
私は35年近く中小業の民間会社に勤めた中、若き40代の初めに会社に多大に貢献したと理由で、
社長より表彰されてながら、金一封の5万円を頂いたことがあるが、
これは今後とも更に奮戦しなさい、と経営者からの激励の意味合いである。
これに反して、ブログは互いに利害関係もなく、その上にコメントを交わしてきた人てはなく、
まったくの未知の人からの論評であり、評価までして下さったことに、
私は赤面してしまった。
もとより論評は批評した文章であり、評価は物の善悪・美醜などを考え,価値を定めることで、
「死後に小説の評価が高まった」といったような褒め言葉に流用されることもある。
私の投稿文は恥ずかしながら、少なくとも心象の描写(びょうしゃ)は不充分であり、心の深淵までの表現は乏しく、
言霊(ことだま)の自己格闘に甘い、と私は反省するばかりで、具体的な表現の向上が見られない、
と自分ながら時折うなだれることがある。
こうしたこともあり、今回の30代の男性と思われる方の私のブログに対しての評価は、過分である。

しかし私も加入しているブログランキングの『人気ブログランキング』の『エッセイ・随筆』に於いて、
たまたまか今回の30代の男性と思われる方が、私の投稿文に注視して下さったことは、
望外の喜びとなり、感謝したりしている。
そして何よりも嬉しく感じたことは、年代、男女、そして富貧も関係なく、
時空を越えた論評をして頂いたことである。
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年金生活をしていると何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
このブログのサイトに綴り投稿するのが、生きがいのひとつとなっている。
私は民間会社の中小業のある会社を35年近く奮戦して、2004年(平成16年)10月下旬に定年退職し、
多々の理由により年金生活を始めて、早くも10年が過ぎて、
過ぎし9月下旬に古希と称される70歳を迎え、不安と希望を秘めながら、70代を歩き始め二か月を過ぎた・・。

☆今回掲載した写真のすべては、どんよりとした曇り空、ときおり霧雨の舞う中、本日の散策ひとときを撮った☆
私は定年退職して、まもない時に『ブログ』の世界を知り、
2004年(平成16年)11月12日にある大手のブログサービスに加入した後、
2つばかりのブログサービスに彷徨(さまよ)った後、
この【gooブログ】に翌年の2005年(平成17年)の1月中旬に加入したので、
これ以来、10年近くになっている。
しかしながら、この後に他のブログサービスに加入して熱中して、2度ばかり中断したが、
2008年(平成20年)の5月以来は継続し、今日に至っている。
このような軌跡で、ブログの世界を知って丸10年が過ぎて、早や11年生に進級した。
結果としては、パソコンの故障、国内旅行などしない限り、日に少なくとも一通は投稿してきた。

こうした私の根底には、私の幼少時代から年金生活している現在までの生きてきた心の軌跡を発露して、
自己表現のひとつとして、心の証(あかし)の残したいからであった。
そして年金生活を過ごしている今、日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。
私の投稿文の殆どの内容は、幼年期からサラリーマン退職時まで、そして年金生活の日々の心情は、
脚色もないありのままの思い、真情を投稿文に認(したた)めたく、あますことのないように綴ってきた。
私は綴る際は、自身のその時の心に素直に綴るようにし、
あとで振り返った時、あの時はこのような思いで過ごしていたのか、
何より自身に対して、その時の思いの心情が大切にしているひとりである。
従って、数多くの駄文を綴ってきたが、ひとえに自身の為の心の軌跡の発露、と言っても差し支えない。

昨夜、私はヤフーの検索機能で、自身のブログ『夢逢人かりそめ草紙』と入力した。
過ぎる1年半前、グーグルの検索機能で、自身のブログ名を入力したら、
私の投稿文の一節が、まったく未知の方に波及されて、引用して下さったこともあり、
嬉しげに驚いたりしたことがあったりした。
このような体験があったりしたので、たまたま昨夜のひととき、自身のブログ名を入力した。
こうした結果、30代の男性と思われる方のブログサイトで、2014年5月11日に於いて、
『夢逢人かりそめ草紙』と題した投稿文があり、驚きながら読ませて頂いた。
ご本人には無断であるが、ブログの投稿文は発信したなら、世の中に公開したと同一、
と甘受しながら、転載させて頂く。

《・・
何を隠そう私はエッセー、随筆ブログランキングに身を置いている。
その中の上位のほうを、ご覧になって欲しい。
わたしが今注目を置いているのは夢逢人かりそめ草紙というブログである。
定年退職された夢逢人管理人様のブログである。
キャッチフレーズは
定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし68年の心の宝物から、
あふれる思いを真摯に、時には楽しく日々投稿・・♪
そのあふるる思いは日々の記事だけでも5000を超えている。
これはジャスティンビーバーのフォロワーが5000万と同じくらいの快挙である。
歳をとると人間は物事に億劫になりがちである。
しかし彼は意欲的な執筆活動をし世のブロガーを圧倒させるのである。
綺麗な花々がめくりめく美しい背景。
内容も極めて濃く心情を惜しみなく書いている。
果たして私が65歳を越えてブロガーになろうと思うだろうか?
いや思わないだろう。
うちの父といい現在定年された世代は団塊ソウルをもって生きている。
まさに高度経済成長を支えてきた世代最強の人々である。
私はいつも彼のブログを読むときは
きちんとXPの画面越しにお辞儀をして読むことにしている。
随筆、エッセーのカテゴリの真の王者は1、2、位の連中ではない!
断言しよう、夢逢人かりそめ草紙が真の戦士のブログなのである!!
・・》

こうした私のブログに対して、論評されて、私は戸惑いながら、照れたりした・・。
私は35年近く中小業の民間会社に勤めた中、若き40代の初めに会社に多大に貢献したと理由で、
社長より表彰されてながら、金一封の5万円を頂いたことがあるが、
これは今後とも更に奮戦しなさい、と経営者からの激励の意味合いである。
これに反して、ブログは互いに利害関係もなく、その上にコメントを交わしてきた人てはなく、
まったくの未知の人からの論評であり、評価までして下さったことに、
私は赤面してしまった。
もとより論評は批評した文章であり、評価は物の善悪・美醜などを考え,価値を定めることで、
「死後に小説の評価が高まった」といったような褒め言葉に流用されることもある。
私の投稿文は恥ずかしながら、少なくとも心象の描写(びょうしゃ)は不充分であり、心の深淵までの表現は乏しく、
言霊(ことだま)の自己格闘に甘い、と私は反省するばかりで、具体的な表現の向上が見られない、
と自分ながら時折うなだれることがある。
こうしたこともあり、今回の30代の男性と思われる方の私のブログに対しての評価は、過分である。

しかし私も加入しているブログランキングの『人気ブログランキング』の『エッセイ・随筆』に於いて、
たまたまか今回の30代の男性と思われる方が、私の投稿文に注視して下さったことは、
望外の喜びとなり、感謝したりしている。
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時空を越えた論評をして頂いたことである。
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