夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

「老後破産」が嫌なら、してはいけない10カ条、遅ればせながら私は学び、やがて微苦笑を重ね・・。 

2018-11-17 14:52:42 | ささやかな古稀からの思い

昨夜、たまたま愛読しているネットの『 ディリー新潮 』を見たりしている中で、
【 定年後も20年以上生きる”時代
                   「老後破産」が嫌なら、してはいけない10カ条
と題され記事を読んだりした。

この記事の原文は、
週刊新潮』の2018年11月8日号に掲載され、
特集記事『 『75歳』の選択肢は政府の罠!?  デマが飛ぶ『年金受給』 』の中のひとつであり、
無断であるが記事の大半を転載させて頂く。

《・・「人生は45歳を境に、前半戦が競争社会、後半戦が共存社会だと理解して、
定年前から、その後の人生を考えて生きるべきだと思います」
と言うのは、ベストセラーとなった『定年前後の「やってはいけない」』の著者・郡山史郎氏である。

「サラリーマンの前半戦は、会社の内外で戦いだらけ。
苦しい日々を強いられますが、後半戦に入れば体力も落ちてきます。

互いの不足を補いながら、元気なうちは働き続けるというスタンスで生きればいい。
今や定年後も20年以上は、生きなければいけない時代、
政府が受給のタイミングを後ろ倒しにしようとしている以上、何歳まで働くべきか、という議論はもう古いのです」

これまで経営幹部を中心に、中高年3千人以上の転職・再就職をサポートしてきたという郡山氏だが、
「これからは一生働くべきだと本に書いたら、死ぬまで働くのかとバッシングを受けました。

誤解しないで欲しいのは、働くこと=苦しいことでは決してない。
働いていれば無駄遣いをする機会も減るし、人や社会との交わりの中で充足感に満たされて、
老化防止にもなるのです」

働き続けるために、郡山氏は定年前と後にしては、いけない10カ条を提言する。

              

「語学や資格勉強に時間を使わない。
45歳を過ぎたら新しいことを学ぶ年齢として相応しくないですし、
サプリメントを買ったりジム通いもダメ。

飲むだけで健康になるなら、労働人口を増やしたい政府が、とっくに高齢者に配布していますよ。
健康を意識するなら、近所を散歩すれば十分。

人生100年時代、ずっとお金を使って生活する必要がある以上、浪費をしないのが一番です。
ギャンブルなどは以ての外ですが、年末ジャンボなどの宝くじ、慣れない投資も止めるべき」

              

☆安易な雇用延長はNG

金融庁の調べでは、高齢者の実に、4割が金融商品で損しているという。

「起業はおすすめしません。
私も定年後にやってしまった口ですが、今だったら決してやらなかったでしょう。

時間も胆力もある30代までに、挑戦すべきだったと痛感しています。
ビル・ゲイツは高校生、孫正義は22歳の時に会社を興しましたが、数々の失敗を挽回して今がある。
第二の人生で失敗したら、失った信用を取り戻す時間はありませんから」

とはいえ、定年後の高齢者を待ち受ける雇用環境は、厳しいと郡山氏は指摘する。

「とりあえず、という安易な気持ちで雇用延長の道を選んではいけない。

とにかく酷い制度で、政府はなるべく長く老人を働かせようと法改正を進める一方、
企業は、よほど才覚のある人以外は、定年で老人を追い出したいのが本音。

しっかりとした考えがあるのなら別ですが、給料は現役時代の半分か、
それ以下になって、自分が買い叩かれるようなものです。

条件のいい再就職に成功した人は、切り替えのきく人ですね。
いつまでも定年前の地位や収入に、こだわってはいけません。

“私は東南アジアに強い”とか“4カ国語話せる”と言ったところで、
同じ能力を持つ若者はたくさんいる。

大手企業の管理職だった人ともなれば、プライドが高いので、切り替えに苦労します。
間口を広げて、家庭教師や役所の窓口など長く働いてきた知見が、
役立つ仕事を考えてみてはどうでしょう。

面接では、“私はこれが出来ます”と主張しない。
“私に何が出来ますか”と謙虚な姿勢を見せることが大切です」・・(略)》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

              

私は音楽業界のあるレコード会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身であるが、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

そして、私は出向身分であったので、リストラ烈風の中、
会社の首脳部が、社員を自主退職させる希望退職優遇制度などの免れたのも事実であり、
定年前にやむなく退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。

しかしながら根底の実情は、この当時は大企業も盛んにリストラが実施されている中、
たとえ私が定年後に新たな職場を探しても、これといった突出した技術もない私は、
自身の力量のなさを悟(さと)ったりした・・。

そして何よりも遠い勤務先の出向先で、私なりに奮闘して体力も気力も使い果たしてしまったので、
やむなくサラリーマン生活を卒業した。


このように私のつたないサラリーマン時代であり、もとより一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などに
38年前後を邁進し栄達されたエリートとは、遥かに遠い存在である。

このような拙(つたな)いサラリーマン航路である上、ときおり敗残者のように感じることも多く、
悪戦苦闘の多かった歩みだったので、せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思ったりした・・。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、2人だけで第二人生の歳月を過ごすので、
結果としては定年後の長い人生は、お互いの趣味を尊重して、堅実な生活を過ごせば、
年金生活でも何とかなると、定年後に年金生活を始めたりした・・。

              

私は定年退職後に年金生活を始めたが、
1944年〈昭和19年)9月生まれであるので、この当時は満62歳にならないと
年金は満額(老齢厚生年金と老齢基礎年金の合計)を頂けないので、
この間の2年間は満額の6割弱の片翼飛行のような、年金生活を過ごすことになった。

やがて私は満62歳となり、年金は満額となり、これ以降は水平飛行のように安定して、
何かしら定年までは悪戦苦闘が多かった為か、予測した以上に年金生活を安楽に過ごして、
今日に至っている。

我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、或いは私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ丸14年近く過ごしてきた・・。

              

今回、私より15年前後お若い諸兄が定年退職を迎えて、第二の職場に勤める為の参考提案と思われ、
或いは《・・「老後破産」が嫌なら、してはいけない10カ条・・》は、
多くの中高年の警告10カ条、と私は解釈したりした。

私は定年後は、上記の理由でやむなく年金生活を始めた身なので、
第二の職場の就職に関しては、意見の資格はないが、
《・・「老後破産」が嫌なら、してはいけない10カ条・・》には微苦笑を重ねたりした。

私は根がケチな為か、勤語学や資格の専門学校に授業料を支払ってまで、通学する意思はなく、
たとえば英会話などは、都心とか旅行先で外国人とは、ときおり思いつく単語を並べて、
身振り手振りで談笑している。

こうした私の言動に、近くにいる家内が不安視されて、
貴方と海外旅行に行くのは頼りないわ・・と思われて、
私たち夫婦として、海外旅行は一度もなく、国内旅行だけとなっている。

そして私の知人の多くは、スポーツ・ジムに月8000円前後に支払っているが、
私は自宅3キロ範囲にある遊歩道、公園を殆ど毎日散策して、季節のうつろいを享受している。

              

しかしながら《・・ギャンブルなどは以ての外ですが、年末ジャンボなどの宝くじ、
慣れない投資も止めるべき・・》に関しては、私は年に4回ぐらい『ジャンボなどの宝くじ』、
購入してしまう悪い癖がある。

我が家は雑木の多い小庭の中で、古びた一軒家に住んでいるが、
新たに立て直すと、やはり驚くほどの大金が要する。

我が家の老後資金には、いつの日にか介護施設にお世話になる時の準備金と
私たち夫婦は思案しているので、こうした発想から万一『ジャンボなどの宝くじ』が当選すれば、
我が家は一新した家屋となる。

こうした夢見る少年のような思いで、『ジャンボなどの宝くじ』を買い求めて、
早や15年近くとなっている。

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