先程、ときおり愛読しているネットの【 NEWボストセブン 】の見たりした中で、
『 高齢者の「月に行った」発言には
「月はどうでした?」と答えよ 』と題された見出しを見てしまった。
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の74歳の身であるが、
どのようなことですか、と思いながら記事を読んでしまった・・。
この記事は『女性セブン』の2018年11月29日・12月6日号に掲載された記事のひとつであり、
関連の【 NEWボストセブン 】に2018年11月21日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・認知症を患う高齢者は、時に「常識の枠外」の発言をする。
介護をする子供世代は、そういった言葉に、どう対処すればいいのか頭を悩ませているだろう。
そこで、心理学博士・臨床心理士原心理相談室長の原千恵子さんに対処法を教えてもらった。
高齢者は、社会的役割を引退し、心身も衰え、とても不安で寂しいのです。
表面は不快な態度でも、心のつながりを求めています。
傾聴は、まさにそのようにつながるための技法。
相手の言動をすべて受け入れ、同じ視点で話します。
たとえば認知症の人が「月へ行ってきた」、「お金を盗られた」と言えば、
いずれも事実ではないかもしれませんが、本人にはそれが真実。
「月はどうでした?」、「お金がなくなって困りましたね」と返せば、
そこから話が始まります。
日本人は、常識や世間の標準をとても重視しますが、
傾聴では、むしろそれらを外して、本人だけを見るのです。
それは親が若かった頃の親子関係とは、違うかかわり方かもしれません。
1日10分でよいので、親御さんの話、心の奥にあるものを傾聴し、
心通わすことに集中してみて。
少しずつでも、よい空気が生まれるはずです。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
年金生活の2004年の秋の当初からでも、何かと家内と談笑したり、
ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
こうした中、過ぎし3週間前、近くの小公園で、
車椅子には御主人、そして車椅子を押された奥様を見かけられた。
まもなく私は、陽当りの良いベンチに腰かけていると、
この御夫婦が偶然に近寄り、御主人はうつろな言動をされたので、
お気の毒に認知症かしら、と感じたりした。
そして私は、明るくに車椅子を押されていた奥様に、明るく、
『さわやかな秋晴れのひとときですねぇ・・』とお声を掛けたりした。
この後、私は奥様と、少しばかり談笑しながら、立ち話をした。
まもなく、認知症らしい御主人が、焦点の合わない呟(つぶや)く言葉に、
私は戸惑いながら応対できなかったのは、事実であった。
今回の記事で、認知症の御方が発言された時、
私は遅ればせながら応対する言葉を学んだりした・・。
今後、認知症の御方が、たとえば『月に行ったょ・・』発言された時、
『よかったですねぇ・・私も行きたいと思っていますので、月はどのような情景でしたか?・・』
と私は応対する言葉を重ねる、と思ったりしている。