月刊総合雑誌のひとつ『文藝春秋』(4月号)を私が買い求めたのは、
過ぎし3月10日、いつもように家内から依頼された品を求めて最寄のスーパーの帰路、
あるコンビニであった。
そして私はこの日の午後の合間、そして夜のひととき、少し高揚しながら
当日発売の『文藝春秋』(4月号)を読み始めた・・。
たとえば、総力特集として、「新型肺炎」中国と日本の大罪
◎相次ぐ政府の失策──日本は賞味期限切れの国家である
安倍総理よ、「国民を守る」原点に帰れ 櫻井よしこ
<致死率2%でも>「医療崩壊」最悪のシナリオ 岡田晴恵
習近平「恐怖支配」が招いた感染爆発 城山英巳
なぜ中国がいつも「感染源」なのか 喜田 宏
<中国現地ルポ>「経済大崩壊」が日本を襲う 高口康太
或いは、【特別企画】ニッポン教育再生会議
このままでは「三等国」になる 藤原正彦/梶田隆章
▼「大学交付金削減」でノーベル賞は生まれなくなる
▼四十歳になっても「若手研究者のポストがない」
▼小中高でAIに負けない「美的感受性」を育てよ
「%がわからない大学生」の読解力 芳沢光雄
「なぜ?」を問わない歴史教育の愚 出口治明/呉座勇一
「教育格差」が格差社会を加速させる 中室牧子/松岡亮二
ルポ「学校荒廃」──先生がいなくなる日 秋山千佳
そしてこうした分野の寄稿文も、精読したりした。
15歳の僕が仏三つ星シェフになるまで 小林 圭
「ノムラの考え」<球界最強野球脳>はこうして創られた 本城雅人
私は月刊総合雑誌の『文藝春秋』を購読を始めたのは、確か1970年〈昭和45年〉の4月号からであった。
これ以前、東京オリンピックが開催された大学2年の時に、映画の脚本家になりたくて、中退した後、
アルバイトをしながら映画青年の真似事をした後、契約社員をしながら文学青年の真似事をしたりしたが、
あえなく敗退した・・。
この後、やむなくサラリーマンに転身するため、
あえて苦手な理数系のコンピュータの専門学校に一年通い、困苦することも多かったが、卒業して、
やがて1970年(昭和45年)の春の少し前に、
この当時としては大手の音響・映像のメーカーに、何とか中途入社ができる内定を知ったりした・・。
この当時の私は、映画・文学の世界は少し判っていたが、
漠然としながらも一般社会の常識のことなどが、欠落していた点も判り、
遅ればせながら社会人として恥ずかしく感じ、これ以来、私は購読している。
そして『文藝春秋』は、もとより文化をはじめ、社会、経済、政治、外交、軍事の難題、
或いは芸能まで、それぞれの専門分野で活躍されている御方の多彩な寄稿文などが掲載され、
社会人として多々教示されながら、大人の知的デパート店と思い、購読して早や丸50年となっている。
現役サラリーマン生活をしている間は、数多くのサラリーマンと同様に多忙な生活となり、
特に水上 勉、庄野潤三、城山三郎、松本清張、山口 瞳、向田邦子、宮脇俊三、倉本 聡、浅田次郎の各氏の
小説・随筆、シナリオを読むことが多かった。
そして2004年(平成16年)秋に35年近く勤務し定年退職した後、
単行本、新書本、文庫本の書籍に於いては、
定年後からは特に塩野七生、阿川弘之、佐野眞一、藤原正彦、嵐山光三郎、曽野綾子、三浦朱門、
高峰秀子、松山善三、櫻井よしこ、徳岡孝夫、中西輝政の各氏の作品を中核に購読している・・。
こうした中で、雑誌の月刊総合雑誌としては、『文藝春秋』は50年購読し、
毎月秘かに逢える心の友のひとりとなっている。
そして月刊総合雑誌の『中央公論』、『新潮45』(一昨年、廃刊)は、特集に魅せられた時は、購読したりしている。
こうした年金生活の中でも、私は本は、原則として本屋で買い求めたりしている。
しかしながら昨今は、ときおりコンビニで雑誌の月刊誌、週刊誌を購入する時もあるが、
街の本屋の衰退に嘆いているので、せめてと思いながらも、
アマゾン、楽天などネット購入は天敵と思いながら、利用したことない稀(まれ)な人となっている。
余談であるが、私は定年後の年金生活15年半が過ぎている中で、何かと読書は好きであるが、
小説を読むことは激減して、随筆、ノンフェクション、近現代史を読むことが圧倒的に多い、
と微苦笑したりしているのが、実情となっている。