『落ちない君』のネーミングで売ろうかなぁ^^;
明日から本格的な寒気が流れ込みそうであります。(一週間ほど雪マークが続いております。)7月末から定植し、稼ぎ続けてくれた抑制キュウリも昨日総て刈り倒しました。(長男『ポン太郎君』のお仕事でありますけれど^^;)『おやじぃ』は、夏場の疲れがドッと出たのか『お昼寝』が止まらない。終盤の収穫物を直売所に出品し、お昼を食べると寝てしまう毎日であります。3月に種子を蒔き、4月に定植したトマトも実を着けてはおりますが、色付きが悪く甘くもない。日照と温度が重要な要素であることがそれだけでも類推できるのであります。ちょっと触れただけでポロポロと落ちてしまうのでありますけれど、それでも踏ん張っている「とまと」を『落ちない君』と命名して、お受験のお子様向けに売ろうかしら?「これを食べたら絶対落ちないのかしら?」と尋ねられたら「高望みさえしなければ、落ちないでしょう。」とお応えは出来る。「詐欺ではないか!」とツッコまれたら、「お金を取るだけの神頼みよりは、実(身)が付くだけ律儀である。」とボケよう^^;
政治の前に「科学」は無力なのか?
分科会の「尾身会長」もついに立ち上がったようであります。しかし、相手が聞く耳を持たなければ、何の意味も無い。『御用学者』などと謂れの無い中傷を浴びても、泰然としていらっしゃる…団体を率いる人物としては、ミスリードをしてはいけないという姿勢には頭が下がるのでありますよ。結果責任として「もう少し早く、そして強く提言をしてくれていたら…。」なんて、最終的にまた非難されることなどもう織り込み済みなのだとも思える。『8割おじさん』と揶揄された「西浦教授」の統計学的推計値は、「そんなこと起きなかったじゃないか。」と指弾される始末である。(本来、一定条件下…何も措置しなかった場合の推計値である!)一方、素人目には神戸大学の「岩田教授」の発言の方が、臨床現場の実態を把握されているように感じられるのは何故なんだろう…団体に属するということは、そういうことかなどと勝手に解釈してしまうのでありますよ。
経済(経世済民…世をおさめ、民をすくう。)とは、中国の古典に由来する言葉であり、「経済」を旗印に掲げられると異を唱えられなくなる。しかし、今の有様は「財界からの批判、金、票を気にして、責任の所在をなすりつけ合っている政治屋たち」という構図にしか見えないのは私だけだろうか?まるで、敗戦を承知の上で、この戦いはアジアを救うため、我が国の窮乏を打破するためと無益な戦いに突入していった旧帝国と何ら変わっていないとも思える。
飲食店の営業自粛は、当然、飲食店だけの損失ではなく、酒店、食材提供の産業にも及んでいるのであって、一部に止まるものでもない。聞く耳を持たないリーダーは、ただの『裸の王様』である。「過ちては即ち改めるに憚ることなかれ」とは、これまた戦時教育に利用されたといわれる「孔子」の教えだったような気もするが…。