偲ぶ会の次第を使わせていただきました。
2023年12月7日、日本有機農業の先駆者である「星寛治さん」が逝去されました。子どもの頃から有機農業の実践者の話題は耳にしておりましたが、当時は有畜農家がそのたい肥を農地に還すことは当然のこと位の認識しかありませんでしたし、むしろ、氏のお名前を知ったのも学生たちによる「農ゼミ」に参加するようになってからである。社会に出てから、都会に暮らす「農ゼミ」参加者と地元「共生塾」との交流会をお願いしに自宅まで押し掛けたことがありましたけれど、気さくに快諾していただきました。氏を偲ぶ会が実行委員会の手で執り行われ、『おやじぃ』も出席させていただきましたが、氏の経歴を振り返りながら、「詩人であり、ロマンチストであり、信念の人であった。」という思いを再確認したところであります。「何故、除草剤を始めとする防除薬剤を頑ななまでに否定されるのか?」(百姓は楽をしてはいけないのか?)と反問しつつ、『おやじぃ』が掲げる「総合防除(省農薬)」という概念には一部合致する…手段や主張は違えども、目指すべき方向性に違いはなかったのではないか?などと『大人』になって思い始めております。氏が口にされた『有機農業運動』とは、農村社会と農政に対する問い掛けであり、後継者たちが進める『有機農業活動』は、有機農業の経済性に重きを置いた活動に変容しているようにも思えるのでありますが、氏の投じた一石は、脈々と受け継がれているはずである。ご冥福をお祈りいたします。
「宮大工」はある意味「芸術家」かも?
さて、我が在所、高畠町の『巨星墜つ』といえども、氏の志は、天界から後継者への道標となって輝き続けるに違いない。中国に「豹は死して皮を留め、人は死して名を留む。」という故事があるようである。午後から神妙な面持ちで、置賜三十三観音第25番 赤芝観音(龍性院)を訪れたのだけれど『何』もない…1993年河川工事の際に発見されたという「草木塔」もあるのだけれど『映え』ないのよぉ~。『珍釈 般若心経』を唱えながらお堂を一周すると、先の地震の影響か?お地蔵さんが一体倒れておりまして、一旦拝んでから手を掛け元に戻しましたが…これで『御利益』間違いなし!こちらの聖観世音菩薩は「福徳延命」「一生財産に困らない」とあるから、さっそくの『御利益』が…何せ、今朝こうして息をしているのだから、一日の延命にはなったようでありますよ。冗談はさておき、多くの観音さまは『秘仏』扱いであり、何年(60年が多いかなぁ?)かに一度の御開帳…「やれ、京都の有名仏師による名がある。」などと言うと、市の文化財などの指定を受けたりしますけれど、木鼻(柱の外に出た部分)の彫刻を見るにつけ、無名の彫物師(入れ墨じゃない方)や宮大工の技に惚れ込んでいます。(彫りモノだけに^^;)名を残さなくても、作品は後世に残っているのよねぇ…。
小野川温泉「尼湯」…入湯料200円^^;
はてさて、「赤芝観音」は、こちら「小野川観音」の途中にあり、実に非効率な『巡礼』をしていることに今さらながら気付くのでありますが、『裏目的』の腰痛治療には差し支えないのであります。本日は外観美しい「尼湯」へ入湯…中に入って驚いた。狭い、古い…『Oh!ノスタルジック!』と叫べば救われる。男女仕切りの上の空間から「あっづいどき、うめでいいんだぞぁ~。(温泉が熱いなら、水で温度を下げていいんだよ。)」なんて、どこぞのバァちゃんが、子連れの若妻に掛けた声が響き渡る。(妄想の世界をさまよっております^^;)
名を留めることも、技を残す術(すべ)もない『おやじぃ』ではありますが、「乃至無老死 亦無老死尽」…老いも死も無い訳ではないが、かと言って老いや死がある訳でもない。ならば、もう少しだけ俗世を楽しんで彷徨ってみることにいたしますよ。