ウォーキングしながらゴミを拾っている人がいる。
最初に見かけたのは、8年ほど前。
彼は長い傘を横にして持ち、そこにゴミを入れる袋を吊って、ゴミを拾うトングを片手に、驚くほど遠くまで歩く。
住宅地からハイウェイを歩き、街まで行って、戻ってくると、10キロ以上はあるだろう。
道々には、集めたゴミで一杯になった袋が置いてあり、あとで車で回収する。
きっと、殆どの人が彼を知っていて、通り過ぎる人が声をかけ、
車から手を振り、立ち止まって話をする。
今朝、通りに出たら、歩いてきた彼と鉢合わせした。
私はこの8年間、ずっと聞きたかったことを聞いた。
「お名前を聞いてもいいですか?」
彼は白い歯をにかっと見せて笑った。
「ハーマンっていうんだ」
「私はシロ。いつもきれいにしてくれてありがとう、ハーマン」
「もう何年もやってて、歯を磨くのと同じなんだよ」
「ずっと前から知っていたよ、今日やっと名前が聞けてよかった」
「シロ、声をかけてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
日本に住んでいた時、休日に夫が、町内のゴミを拾っていた。
街路樹の根元に捨てられたファーストフードのゴミや、空き缶などで
スーパーの袋はすぐに一杯になった。
何度か私も同行したのだけれど、道行く人がジロジロと見る。
それは夫がガイジンだからなのか、ゴミを拾っているのがただ珍しいからなのかわからないが、
私はいたたまれないような気持ちになって、早く家に戻りたかった。
ゴミを拾いながらどんどん駐車場にまで入ってしまい、
ガイジンが駐車場で何か良からぬことをしているのでは、と思われるのではないかとさえ思った。
資源ごみの日に、拾ったゴミをゴミ置き場に持って行ったら、見張りのオジサンが険しい顔で言った。
「ちょっとちょっと、それなに?勝手に置いていかないでよ!ガイジンはこれだから困るんだよ、どこに住んでんの!」
アッタマに来た私は
「この町内で拾ってきたゴミだけど?そこの大石さんの隣のアパートに住んでます!!」
と言い、文句あっか?とばかりに睨みつけると、オジサンは黙ってしまった。
何を言われたかわかっていない夫が、ニコニコしながらオジサンにお辞儀をして、
オジサンはますます困った顔をしていた。
これは明らかな人種差別だ!と怒りまくった私だったが、
ガイジンがゴミ拾いをして怪しまれるのでは、と先に思ったのは私であり、
だから、怪しく思うオジサンと出会っただけだということを、後になって知る。
「どうしてゴミを拾うの」
と聞いたら
「僕はこの町が大好きだから」
と言った夫の、人からどう思われるかが気にならない人間性を思う時、
まるで切り立った崖のてっぺんを下から眺めるような気持ちがしたものだ。
自由度において、私はまだまだ遠く夫には及ばないが
あのとき、人からどう思われるかが気にならない崖の1番下にいた私は、
今は崖の真ん中近くにいるのではないか。
ハーマンと話して思い出したことである。