友人のAと私は、女子校の6年間、同じブラスバンドに属していた。
私もAも、田舎の真面目な学生だったから、異性と出会うチャンスも度胸もなく、
言葉をかわす異性は、教師と家族だけという日々だった。
高校を卒業して、私は美大に、Aは都内の大学に進学した。
大学生になってからも、私たちは連絡を取り合って、会っていた。
6年間、ほぼ無菌状態にいた者にとって、外の世界は刺激が強すぎた。
異性がそこらじゅうにいる。
しかし、どういうふうに接したらいいのかがわからない。
私もAも、同じように戸惑い、恐れ、そして、同じように弾けた。
これはなにも私達に限ったことではない。
修道女になると言って、神学校に進学したサッチャンは、半年もたたずに同棲し、妊娠し、学校をやめて結婚した。
Aにもすぐに彼ができ、それはもう楽しく学生時代を過ごした。
大学卒業後、私とAは地元に戻って就職をし、
数年後、Aはお兄さんの同僚とおつきあいをするようになった。
相手のMさんと交際を始めてしばらくたったとき、Aから電話があり
どんよりとした声で
「どうしても話したいことがある、今夜うちに来て」と言う。
電話では話せないことだというので、仕事の帰りにAの実家に行った。
Aの部屋に入ると、Aはドアをしっかりと閉め、私を見据えて言った。
「Mさんが、私が処女じゃないことで怒ってる・・・」
「なっ!なんですと!!」
私は、呆れたのを通り越して、怒りが湧いてきた。
明治時代からやってきたタイムトラベラーか。
穏やかそうなニコニコした顔の下は、そんなしょーもない脳みそか。
「どうしよう・・・」
「どうしようって、そんな化石みたいなヤツ、やめちゃいな」
「でもぉ・・」
Aがイジイジすればするほど、私の怒りは増してゆく。
「結婚相手に貞操を求めるんなら、そういう自分も当然童貞なんだろうな!」
「いや、それは違うかもだけど・・・」
「なにィっ!!!ますます許せん!そんな都合のいい話があるかッ!!」
あー、驚いた。婚前交渉がどうした。
いまどき、そんなことに夢を持っている男がいるなんて。
時代は昭和だったけど、もう絶滅しているとばかり思ってた。
結局、AはMさんとめでたく結婚し、娘と息子に恵まれて幸せに暮らしている。
結婚してすぐの頃、
「Mさん、最近トイレットペーパーの減りが早くない?とか言うんだよね」
とAが言ったが、私は動じなかった。
「そりゃ、自分はちゃっかり体験を済ませてて、相手にはそれを許さないような男だもん」
私の、Mさんに対する印象はそうとうに悪い。
悪いが、きっとそれを充分にカバーして余りある良いところがあるから、
Aは幸せにやっているのだろうことも、わかっている。
男にとって、パートナーのオンナ友達というのは、恐ろしい。
いったい何を知られているかわかったものではないのである。