Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

新倉富士浅間神社(2018年6月17日参拝)

2018年08月16日 | 神社
通常ならメイン格の神社仏閣が多い今回の巡礼の旅でも、
最高ランクに格付けしている新倉富士浅間神社へ。

ここは何と言っても、あの絶景が見れる訳ですが、
富士山が綺麗に見えてこそ。

今日は天気がよくなる予報なので、
ここだけは晴れ男の本領を発揮したい。(笑)

無料の大型駐車場に停めて参拝開始。



所在地:山梨県富士吉田市新倉3353
御祭神:木花咲耶姫命、大山祇命、瓊瓊杵尊
創建:慶雲3年(705)
社格:村社


【由緒】
当社の創建は甲斐国八代郡荒倉郷の氏神としてお祀りしたものである。

大同2年(807)には富士山の大噴火があり、平城天皇の命により、
当社に勅使が参向せられ、国土安泰富士山鎮火祭を執り行った。

この際、平城天皇より三国第一山の称号と
天皇の御親筆である勅額・破魔宝面・金幣が奉納された。

戦国時代には武田信玄の父・信虎が北条氏との戦にあたり、
境内地である新倉山に陣をとり、当社で戦勝を祈願し勝利したことにより、
刀を奉納された。

現在では災除け・家庭円満・安産・子育ての神として、
地域の人々をはじめ県外に渡って広く信仰を集めており、
また、春になると300本の桜が花を咲かせ、
富士の眺望とともに人々の目を楽しませている。


【鳥居】


良い雰囲気です。

駐車場からだと横の境内にすぐ入れちゃうけど、
一旦下に行って鳥居から参拝することをお勧めします。




扁額は平城天皇より頂いた三国第一山と書かれている。

鳥居をくぐり振り返ると、鳥居の間から富士山が見れるのですが、
残念ながら雲がかかって見えませんでした。(泣)


【紅葉】



【狛犬】



【子育て神木】



【境内】


狭いながらも清浄な境内です。

外人の観光客が多いですね。


【本殿】


まずはお参り。

拝殿と本殿の一体型の社殿でした。


【神楽殿】



【塩釜神社】


さて、これから階段をたっぷり登ります。(^^;


【愛宕神社】


階段を少し登ると愛宕神社が鎮座していました。

神社がある山が燃えると大変ですからね。


【石段】




かなりしんどい398段もの石段です。

ハァハァ…確実なのでゆっくり登りましょう。

階段以外に緩やかな坂道もありますが、
どちらにしてもしんどいのは間違いない。(^^;


ちなみに足腰の悪いやお年寄りの方のみ、
上まで車で行く事を許されていました。


【風景】


休憩がてら風景を眺めて和む。


【クマ注意】


マジか?

さっきの風景を見ても街から近いのにクマがいるのか。


せっかく風景を見て和んでいたのに。(^^;

気を取り直して頑張っていきまっしょい。


【忠霊塔】


398段を登りきるとシンボルの五重塔である忠霊塔です。




昭和37年(1962)に建立されただけあって、
まだ若い塔なので渋いとは無縁です。

しかし、この忠霊搭は富士山とのコラボによって、
亡くなられた方には供養を、
生きている人々には感動を与える存在となっています。


少し上に展望台があるので行ってみると、
白人を含め外国人多数。

日本人より多かった気がします。


【風景】


うわぁぁぁぁぁ~!

あの雲めっちゃ邪魔~。

何でよりによってあんな所に雲があるのよ。(泣)




おー、雲が流れて富士山が見えてきたー!


【富士山】




うおぉぉぉぉぉ~!

この旅で初めて富士山がハッキリと見えたー。

嬉しい。(^^

まだ雪が残っていて良かった。

雪が無い富士山はアンタ誰?って感じになるので。(笑)


【忠霊搭】




いや~マジで最高。

まさに感動。




遠くから来られた外人さん達、
良かったね~。(^^




写真撮りまくりです。

ここでシャッターを押さない人なんて皆無でしょう。


【富士山】


やっぱり富士山はいいですね~。

最高です。






まさに世界のフジヤマ。




もうすぐ山開きになりますが、
山頂付近は相当寒そうですね。


【明治天皇像】


九星会という団体が建立したそうですが、
調べてもよく分からない団体でした。


【富士山】


下りの石段からも富士山が見れました。(^^

この後すぐに雲に隠れてしまいましたが、
まだまだ石段を登ってくる観光客がいる。

すっきりと富士山が見えることを祈る。


【御朱印】


女性らしい墨書きで随分と書きなれている書体です。


【御朱印帳】


ついつい買ってしまった。(^^

色は三種類あり、サイズは大きめで二千円でした。

無戸室浅間神社<船津胎内神社>(2018年6月17日参拝)

2018年08月15日 | 神社


ホテルをチェックアウトし山中湖を少し散策。

昨日は全く見えなかったけど、
山中湖は大きいの~。(^^


【富士山】


次の参拝地に向かっている途中で富士山が少し見えた。

チラ見せですぐに雲に隠れてしまった。

もっとハッキリと見せてくれ~。(懇願)


さて、本日最初の参拝は船津胎内神社です。

昨日のリベンジです。

しかし、相変わらずナビは住所や電話番号、名前を入れても、
全くヒットしない。

船津胎内神社がある河口湖フィールドセンターを、
ナビに入力してもヒットしない。

仕方ないので地図を見て近くにある、
富士すばるランドをナビに入力するとヒット。

近くまで行けば辿り着けるだろうということで、
車を走らせると何とか船津胎内神社に到着。

到着した時はホッとしたよ。

ここは絶対に外せない神社なので、
もし参拝出来なければ激しく後悔していただろう。



所在地:山梨県南都留郡富士河口湖町船津6603
御祭神:木花咲耶姫命
創建:不明



【由緒】
17世紀の初め頃、富士講の開祖角行が富士登拝を行った際、
船津胎内樹型に含まれる溶岩樹型のひとつを発見し、
その内部に浅間大神を祀ったのが創始とされています。

延宝元年(1673)には角行の後継の信者が富士登拝の折、
現在の船津胎内樹型の中でも最も大規模な溶岩樹型を発見。

浅間明神誕生の清地として改めて浅間大神を勧請しました。

江戸末期の錦絵富士山胎内巡之図でも、
最奥部の室で溶岩から滴り落ちる雫を、
妊婦の為に持ち帰ろうとする姿が描かれ、
胎内巡りの洞穴として知られるようになり、
富士講中の登拝の際、潔斎して洞内くぐりをし、
息災を祈願を行う地となりました。

信仰の対象となっている溶岩樹型の船津胎内樹型は、
船津胎内樹型を木花咲耶姫命が出産した場所の無戸室と称して祀り、
安産、子授けの御利益があるとされています。



【鳥居】




神社がある河口湖フィールドセンターは、
キャンプや約200個もの溶岩樹型洞穴群を見ながら森を散策等、
自然を堪能出来る施設のようです。

車は十数台停めれる無料駐車場がありました。


【石仏】



【船津胎内樹型】





【河口湖フィールドセンター】


鳥居右横にある受付で拝観料200円を支払います。

この時に何処から来たのかアンケートがあり、
胎内の説明もありました。


【拝殿】


拝殿で参拝だけなら無料です。


【溶岩樹型洞穴】


入口。

もうここからワクワクしてたまりません。(^^

本当に楽しみ。

全長68メートルあるらしい。


【壁面】




溶岩の再溶融による模様はまるであばら骨のように見えます。

他にも体内を連想させる奇妙な溶岩の造形が見れることから、
胎内神社とも呼ばれているそうです。


【母の胎内】


まずは入口から入って右側に進むと母の胎内ゾーンへ。






ライトが照らされ暗くはありません。




この辺りから狭くなり半腰の状態でも進めません。






もうここは這って行きたい所だけど、
膝当てが無いと膝が痛いしGパンが汚れる。

仕方なくウ〇コ座りの状態で進む。

これがまた結構膝にきて苦しい。(^^;




フラッシュ撮影したらこんな感じ。




ここも狭い穴をくぐる必要がありでつらい。(泣)




上に穴がありましたが進む気にならず華麗にスルー。

入口から20メートル程進んで最奥に到着。


【木花咲耶姫命像】




富士講の方々が奉納した御祭神です。


【母の胎内】


お参り後、またあの細い洞穴を戻ることになります。


【父の胎内】


この穴が超狭くて頭を打った。(泣)


【子育観音像】




父の胎内には子育観音が祀られていました。


【父の胎内】




こんな所を進むのだからたまらない。(^^;






ちょっと広い場所で休憩。

膝の負担が大。




天井には骨のような模様が見えた。


【出口】


入口から出口まで12、3分といったところだが、
ふぅ~やっと出れたと安堵。(^^


【御朱印】


書置きのみの対応です。

墨は印刷でした。


【感想】
洞穴に入るという、
滅多にない経験が出来て大変面白かったです。

這っていくのが一番楽なんで、
膝当てと手袋があれば完璧な装備ですが、
無ければ汚れることは覚悟してください。

汚れるのが嫌であればウ〇コ座りの状態で進むハメになり、
膝と腰に相当負担がかかります。

膝が悪い人や50歳代以上はしんどいと思う。

だからここは若い内に行け!(笑)


山中浅間神社(2018年6月16日参拝)

2018年08月14日 | 神社


山中諏訪神社参拝後、
下は交通量の多い138号線を跨ぐ朱橋が見えた。。

反対側に渡ってみるとそこに神社があった。

てっきり山中諏訪神社の境内社かと思ったが、
諏訪神社に匹敵する規模の神社。

神社の方に聞いてみると山中浅間神社だと言う。

別法人の神社では無く、山中諏訪神社の管理社とのこと。


所在地:山梨県南都留郡山中湖村山中御所11
御祭神:木花開耶姫命、天津彦々火瓊々杵尊、大山子祇命
創建:承平元年(931)


【由緒】
平安時代の承平元年(931)郷民社殿を造営し、
三柱の神を勧請して奉ったことが山中浅間神社の始まりです。

江戸時代に入り寛政4年(1792)には日本殿、雨屋、拝殿を再建し、
石灯籠の建立をなしました。

ところが大正8年(1920)の火災により全社殿を焼失。

同12年に再建され、その翌年には手水舎神興殿が新築されています。 

昭和47年(1972)には社殿が銅板葺の荘厳な建物に改められ、
建物新築後には手水舎神興殿も再建され、現在に至っています。



【参道】


さっきの朱橋を渡るとすぐに拝殿があるのですが、
下を見ると参道があったので、
石段を降りてからの参道を歩いて拝殿へ。

うむ、実にめんどくさい。(^^;


【相撲場】



【拝殿】






こちらも立派な拝殿です。


【狛犬】



【神輿庫】





【境内社】


何故か下に日本人形が置いてありました。

こんな所にあると怖い。(^^;


【御朱印】


山中諏訪神社でいただきました。


【山中湖】


なんも見えねー。(泣)


【ホテル山水荘】


本日のお宿は山中湖畔にあるホテル山水荘。




外観は洋風な建物ですが和室がメインのホテルです。

ちょっと古臭い感じかな。(^^;


【夕食】


お部屋食でした。










美味しかったですけど、
一泊目の旅館と同じく海無し県のホテルの夕食に、
甘エビは要らないと思います。

よっぽど山菜を出してくれる方が嬉しいです。


風呂に入って就寝するも、
隣りのおっさんが色々な音を発するので鬱陶しい。

壁が薄いのでまる聴こえでした。

山中諏訪神社(2018年6月16日参拝)

2018年08月13日 | 神社
本日最後の参拝となるのが、
今日のお宿が山中湖近く鎮座する山中諏訪神社です。

本当は無戸室浅間神社、
通称船津胎内神社に参拝する予定であった。

しかしネットで調べた住所をナビに入力しても、
全く違う都会の町中を案内する。

どう見てもこんな場所に船津胎内神社の洞穴があるとは思えない。

無戸室浅間神社や船津胎内神社をナビに入力してもヒットしない。

うーむ、これは困った。

今日は諦めて明日、仕切り直し。

気持ちを切り替えて山中諏訪神社に到着。


無料駐車場は下にありましたが、
少し登った境内にも停めれました。



所在地:山梨県南都留郡山中湖村山中御所13
御祭神:建御名方命、豊玉姫命
創建:不明


【由緒】
人皇十代崇神天皇の御代7年(104)国中に疫病が蔓延。

勅命をもって土人創祀、これが山中諏訪神社の起源と伝えられています。

第62代村上天皇御代の康保3年(966)には、
村人が開墾の守護神として諏訪大明神を奉りました。

時代がさらに進んだ天文21年(1552)には甲斐国守護武田晴信公が、
相模国北条氏との合戦に際し、当神社に御加護を請い奉らんと、
本殿を造営寄進しました。

貞享元年(1684)には本殿を修築、
以来、安産子授けの守護神として崇敬されている。


【拝殿】




まずはお参り。

安産、子授けの神社の拝殿というより、
武家の雰囲気が強く出た拝殿ですね。


【旧御神木】



【境内社】



【御朱印】

東口本宮冨士浅間神社(2018年6月16日参拝)

2018年08月12日 | 神社
忍野八海から東富士五湖道路を20分程走り、
東口本宮冨士浅間神社に到着。

大型無料駐車場に停めていざ参拝開始。


所在地:静岡県駿東郡小山町須走126
御祭神:木花咲耶姫命、大己貴命、彦火火出見命
創建:大同2年(807)
社格:県社


【由緒】
平安時代初頭、桓武天皇の延暦21年(802)、富士山東脚が噴火。
当時の国司・郡司は恐れおののく住人の為に鎮火の祈願を行うべく、
富士山東面・須走の地に斎場を設け、鎮火祭を斎行。

噴火が収まりこの御神威を畏み、報賽するべく、
大同2年(807)に鎮火祭跡地・現在の御社殿の地に神をお祀りしたことが、
当社の創建と伝えられる。

創建後まもない平安時代には、弘法大師が当社にて修行を行い、
富士登山をしたという伝承も存在したことから、
かつて中世期頃までは弘法寺浅間宮と称されていた。

室町時代後半・江戸時代には一般庶民による富士山登拝信仰、
富士講や修験道者の信仰を集め、須走口登山道・須走の宿場町と共に栄えた。

明治時代に入ると明治政府による国家神道の方針の下、
当社は県社の社格が授けられた。

去る平成19年には御鎮座1200年の佳節を迎え、
例大祭に合わせて御鎮座1200年記念式年大祭が斎行された。

平成25年には信仰の山・富士山の構成資産の1つとして、
富士山と共に世界文化遺産に登録された。


【富士講講碑群】





【鳥居】


この鳥居を過ぎるとすぐに拝殿で参拝出来るのですが、
遠くに大鳥居が見えた。

大鳥居から表参道を歩いて参拝するのが私のポリシーなので、
わざわざ大鳥居まで行ってから参拝することに。

正直めんどくさい。(^^;


【大鳥居】


明治33年(1900)再建されたもの。

扁額が不二山になってますね。


【信しげの滝】


滝の整備が行われた際に「信しげ」と書かれた石が発掘され、
それが滝の名前の由来だけど、意味は分からないとか。


【随神門】




軽くガスっていて神秘的な雰囲気を醸し出している。

これがたまらない。

こういう神社はピーカンの天気より、
今日のような天気の方がいい。


【狛犬】




関東はこんな荒々しい岩の富士塚の上に狛犬がいますね。

関西ではまず見ないタイプです。


【参道】



【神馬舎】



【神輿庫】



【末社】


向かって右が恵比須大国社、左が社護神社。


【拝殿】






良い拝殿です。

雰囲気もまた良い。


【拝殿・幣殿・本殿】



【長壽亀石】



【御朱印】


御朱印は大鳥居前にある社務所でいただきました。

とてもいい神社です。

また参拝したいですね。

万宝院不動堂(2018年6月16日参拝)

2018年08月11日 | 神社
忍野八海浅間神社から駐車場に戻る途中、
八番霊場の菖蒲池に寄り道。


【菖蒲池】


こちらは隣が田んぼで風情はありません。




こちらにはニジマスでは無く鯉が泳いでいました。

水を汚す鯉のせいか菖蒲池の水は綺麗では無かったですね。




駐車場へ歩いていると茅葺屋根の建物が見えたので、
近くに行ってみると潰れていた。(^^;

こんな有名観光地で立地もいいのに潰れるのが不思議。


【万宝院】


潰れた店を抜けるとまたまた潰れた建物が。

これは万宝院という廃寺の宿坊だったようです。

万宝院から少し歩くと小さなお堂を発見。

とりあえず参拝。



所在地:山梨県南都留郡忍野村忍草
宗派:天台宗
御本尊:不動明王
創建:不明


【縁起】
忍草には富士山に参籠して修行する修験者が集まる宿院が数個所あり、
その代表的な寺が万宝院であります。

明治5年太政官令が発令され其の後、
寺を廃止し現在は屋敷内に御本尊の不動明王を祀る不動堂があります。


【万宝院不動堂】




これが廃寺の万宝院不動堂です。


【不動明王】


現在でもきちんと管理されている、
小さな不動明王が祀られていました。


【鎮守社】



【有料駐車場】


絶対に富士山が綺麗に見える時に訪れたいと誓い、
次の参拝地に向かうのであった。

忍野八海浅間神社(2018年6月16日参拝)

2018年08月10日 | 神社
東円寺から徒歩数分の場所に鎮座するのが、
忍野八海浅間神社です。

こちらの神門には運慶作の二天像が安置されているという。

重文に指定されていないので、
運慶作とは思わないけど、やっぱり見て判断しないとね。


所在地:山梨県南都留郡忍野村忍草456
御祭神:浅間大神
配合神:天津日高日子番能邇々藝能尊、大山津命
創建:大同2年(807)


【由緒】
忍野八海に鎮座する忍野八海浅間神社は大同2年(807)の創建。

地元では忍野浅間神社、忍草浅間神社、
一般には忍野八海浅間神社と称され崇敬されています。

文治2年(1186)、現在地に社殿を再建、建久4年(1193)源頼朝公が、
富士裾野の巻狩りの際に鳥居崎鬼坂までを社領と定められ、
同年8月6日に鎌倉幕府から武運長久祈祷があり繁栄。

延享3年(1746)4月に拝殿を再造営、
神門、及び拝殿は茅葺屋根の為幾度か葺き替えを行われましたが、
昭和51年(1976)9月に忍野出身の大森正男氏より、
多額の浄財により銅板葺きとなり、現在に至っています。



【鳥居】


神社には専用の無料駐車場がありましたが、
参拝したとしてもマナーとして置いて、
忍野八海の観光に行くのは止めましょう。


【持国天・増長天】


鳥居の後ろの神門には仁王像では無く、
持国天と増長天が祀られていました。

これは珍しい。

稀にに持国天と増長天が祀られている山門はあったが、
これが神社にあるのは超レアです。

しかも持国天と増長天はあの運慶作だという。

マジか?

私の鑑定眼では運慶作では無いと思います。(^^;


【拝殿】




重文の三神像が祀られているそうです。

御神体だから当然見る事は不可です。


【狛犬】



【庚申信仰の碑】





【八坂神社】





【薬師堂】






神仏習合の名残りですね。

久須志とは薬師からきているのでしょう。


【天狗社】





【西五社】





【大神宮社】





【御神木】



【八幡社】





【熊野三社】





【諏訪神社】





【宝物殿】






浅間神社富士山神輿と末社諏訪神社の神輿が安置されていました。


【遥拝所】


兼務社はこちらで参拝してくださいとのこと。


【神輿殿】







【坐摩社】





【御朱印】




この三体の御朱印は有無を言わさず、
セットでいただくことが出来ます。

第一霊場出口池と稲荷社は参拝していないので、
二体の御朱印で良かったんだけどな。


浅間神社では合計10体の御朱印をいただけますが、
全部いただくような節操の無い、御朱印乞食のようなことはしません。


穂見神社と蛇頭疫神社も近くに鎮座していますので、
御朱印をいただく場合は遥拝で済ませず参拝しましょう。

まぁ、神社側も遥拝で済ませようとしている時点で、
御朱印代をアテにしていることが分かりますよ。

経営が大変な神社も多いから仕方ない。

大日院 東円寺(2018年6月16日参拝)

2018年08月09日 | 仏閣
忍野八海から徒歩で忍野八海浅間神社へ向かうも、
ルートを間違えたようで東円寺というお寺に到着。

ここは浅間神社参拝してから行く予定であったが、
東円寺を先に参拝することにしよう。



所在地:山梨県南都留郡忍野村忍草38
宗派:天台宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:弘仁元年(810)
開山:弘法大師



【縁起】
東円寺は寺伝によると弘仁元年(810)弘法大師空海により創建され、
当初は湖畑山南泉寺と号しました。

鎌倉時代に忍草山東円寺と寺号が代り、天台宗寺院となりました。

忍野八海(特に湧池)は修行僧の禊の池として大切に守られてきました。
天保年間(1830-1834)飢饉に苦しむ村人を救う為、
その当時盛んだった、富士講に擬えて忍野八海は誕生しました。

湧池を中心に北斗七星の形に配した七つの池と、
北斗七星には欠かせない北極星を一番霊場の出口池として、
富士講に擬えながらも独自の形態を持っています。

忍野八海は当時、富士根元八海と呼ばれ大いに栄えました。

東円寺には忍野八海再興時の古文書が多く残されています。
忍野八海が富士山世界文化遺産構成資産認定に際しては、こ
れらの古文書が大きく寄与しています。


【冠木門】



【地蔵尊】




仁王像ばりにお寺を守っているのでしょうか。

六体地蔵は良く見ますが、
こういう二体を配置しているのは意外と無いものです。


【参道】


古刹という雰囲気がピッタリな参道です。

良いお寺というのを感じますね。


【鐘楼門】




慶応元年(1865)に再建されたもの。


【本堂】




御本尊は厨子に安置されていて、
拝仏は出来ませんでしたが、内陣を見れただけでも善しとしよう。

文化4年(1807)に再建されたもの。


【狛犬】



【鐘楼堂】


ミニ鐘楼堂です。(笑)


【慈母観世音菩薩】



【小屋】


お寺の隣りに立つ茅葺屋根の建物。


【御朱印】


通常の御朱印は不動尊と聖観音の御朱印をいただけますが、
8の付く日限定で八大龍王と忍野八海の各池に祀られている、
龍王の御朱印を九体いただけるそうです。

オリジナル御朱印帳も三冊ありました。

忍野八海庭園彦兵衛屋敷(2018年6月16日参拝)

2018年08月08日 | 旅行・その他
忍野八海から近くに鎮座する浅間神社へ移動。


【銚子池】


移動の途中に銚子池があり寄ってみた。






忍野八海四番霊場。

めっちゃ小さい池です。(笑)




しかし水は超綺麗でした。


【八海庭園彦兵衛屋敷】



銚子池から少し歩いているとこのような門を見つけ、
外から中を見ると庭園が見えた。

この庭園の中に入るには拝観料200円が必要。

どうしようかちょっと迷ったが、
茅葺屋根が見えたので拝観を即決。

門の手前の料金箱に200円を入れて庭園内へ。



所在地:山梨県南都留郡忍野村忍草
入場料:200円


【庭園】




茅葺屋根の休憩所と水車があります。






庭園から見る庭園が素晴らしい。


こちらの庭園は歩いて周遊出来ます。








よく手入れされた庭園です。








四季折々の花が楽しめる庭園であり、
日本人なら懐かしいと感じる庭園でもあります。




画像はネットで拾ったものですが、
天気が良ければこんな絶景が見れるとか。

こういう綺麗な富士山の画像を見ると、
巡礼の旅とはいえ、やっぱり梅雨の時じゃなく、
天気が落ち着く秋から冬に来るべきだったと後悔した。(^^;

忍野八海 榛の木林資料館(2018年6月16日拝観)

2018年08月07日 | 旅行・その他
新屋山神社から約5キロ離れた忍野八海へ。

忍野八海は山梨を代表する観光地の一つであるが、
近年は中国人の観光客が激増し、昔の雰囲気は失われているとか。

本来ならそういう観光地は行かないものだが、
小学生の頃に家族旅行した思い出の地でもあるし、
大好物の茅葺屋根の建物が見たくて行ってみることにした。

有名観光地だけあって近隣には有料駐車場が多数あり、
とりあえず徒歩3分の場所にある駐車場に停めた。

相場は300円でした。


所在地:山梨県南都留郡忍野村忍草
天然記念物、名水百選



【説明】
その昔、忍野湖は富士山の噴火活動を何度も経て、
掘削排水され長い期間の後、ついに湖は涸れました。

しかし富士山の伏流水に水源を発する湧水池がいくつか残りました。
その代表的な湧水池が忍野八海です。

忍野元八湖は古くから富士御手洗元八湖として富士修験の霊場でした。

富士講の信者は富士登拝に先立ち、8つの湖沼群において水行を行ったとされ、
それぞれ富士外八湖、内八湖、富士山根元八湖として記録に残っています。

八つの池は富士山根元八湖霊場と名付けられ、
略して元八湖霊場と言われるようになったとされています。

明治元年(1868)に成立した明治政府の廃仏毀釈によって富士信仰は衰退し、
忍野八海における水行も徐々に行われなくなり、
第二次世界大戦後には禊ぎを行う行者姿はほとんど見られなくなりました。

忍野八海は形状、水質、水量、保全状況、景観、仏教思想(富士信仰の観点から、
昭和9年(1934)に国の天然記念物に指定され、昭和60年(1985)に、
環境庁から全国名水百選に選定されました。

また、平成6年(1993)には、県富岳百景選定地にも指定されました。


【中池】


忍野八海の中心にあり土産物屋も多く、
観光客が最も多くいるエリアにあるのが中池です。

この中池は忍野八海の一つでは無く人口池です。

土産物屋に入ってみたが人が多くてウザかった。(^^;










水はさすがに綺麗ですね。

しかし、余りにも観光客が多く全体像は撮りませんでした。


【富士山の雪どけ水】



【水車小屋】


昔懐かしいというか、DNAが騒ぐというか。

凄く癒されますね。






こちらでは職人さんが蕎麦粉を打っていて、
販売されていました。


【濁池】


忍野八海六番霊場。

名前と違ってここも綺麗でした。


【湧池】


忍野八海五番霊場。


【榛の木林資料館】


拝観料300円を支払い榛の木林資料館へ。

忍野八海で唯一の有料ゾーンですが、
ここに入らないと忍野八海に来た意味が無いと思います。

天気が良ければここから絶景の富士山が見れるようですが、
今回は全く見えませんでした。(泣)

私の親父が写真に撮ってましたが、
雪が降り積もっている時はまさに絶景でした。

いつの日か富士山が綺麗に見える冬の時に訪れたいものです。








こちらにも水車があり、
地面がコンクリートで無ければ完璧に日本昔話の世界感です。(^^




小さな水路には沢山のニジマスが。

魚と触れ合うことが出来る場所らしい。

私は捕まえて炭火焼きで食べたかったです。(笑)




このような滝もあり海外の観光客は喜ぶでしょう。

しかし悲しいかな、あれだけ居た観光客はここには皆無。

300円ぐらい払って拝観すれば良いのにと思うけど、
お陰で静かに拝観出来ます。(^^




茅葺屋根の建物が近づいてきました。




隠居家。






中はこんな感じ。

憧れの囲炉裏がいいね~。


【渡邉泉氏住宅】






隠居家の隣りにある大きな民家が渡邉泉氏の住宅です。

18世紀後半に建てられた現存する忍野村最古の茅葺き民家で、
今は資料館となって中に入ることが出来ます。






なんなんでしょう、この安心感は。

はぁ~癒される。

早速中に入ってみる。




玄関はこんな感じ。

期待は裏切りません。(^^










貴重な朱印状、旧紙幣、古文書の数々。






刀剣や甲冑、水晶等も展示されていました。








今となっては味のある生活雑貨や囲炉裏です。

階段を登って二階へ。








やはりこちらでも養蚕をされていて、
昔の民具が沢山展示されていました。

雰囲気は白川郷の明善寺郷土館と同じでしたね。(^^




この狭い階段を登れます。




屋根裏からこのような風景が見れました。(^^

渡邊家はこんな感じです。

見て損は全く無いですよ。(^^




どこから見てもいい。


【底抜池】




忍野八海三番霊場。

焼いたら美味そうです。(^^


【鯉の池】








最高かよ。(^^

僅か300円でこの素晴らしい風景が堪能出来る。

全くもって安いものだ。

これを見ないのは本当に損していると力説したい。

新屋山神社(2018年6月16日参拝)

2018年08月06日 | 神社
北口本宮冨士浅間神社から約1.6キロ、
車で5分程の距離の場所に鎮座するのが新屋山神社。

こちらの神社は金運アップに霊験あらたかで、
日本三大金運神社の一つとして必ず名前があがります。

さて、その霊験たるやいかに。(^^


【お社】


大型無料駐車場近くに鎮座していた名も知らぬ神社。



所在地:山梨県富士吉田市新屋山神河原1230
御祭神:大山祇命、天照皇大神、木花開耶姫命
創建:天文3年(1534)



【由緒】
新屋神社の創建は後奈良天皇御在位の天文3年(1534年)、
10月17日と記録されています。

もともと富士山は古くから日本人の信仰の対象とされ、
修験道を始め一般の富士講など霊験灼かな、
願い事成就を目的とする登山が盛んに行われてきました。

明治23年(1890)に本殿の造営を行い、
昭和に入るといよいよ信仰の熱は強まり、本殿の再建が行われ、
末社、浅間社、大神社を合祀するに至りました。

昭和48年(1973)に拝殿を造営し、今日に至ります。


【車祓所】


大型の無料駐車場から徒歩数分で神社到着。

神社横にも小さい無料駐車場がありました。


【鳥居】


思っていた以上に小さい神社のようです。






稲荷神社を思わせるような鳥居と暗い雰囲気です。

これは当然のことながら奉納された鳥居です。




奥に拝殿が見えてきました。


【神楽殿】



【拝殿】




美しくカッコいい拝殿です。

拝殿では無料で軽く御祓いをしていただけます。

こういうのを無料でしていただけるのは嬉しいですね。(^^


それにしてもこんな場所なのに結構な参拝客が居て驚く。

みんな必死ですね。

私も人のこと言えないけど。(笑)


【御神石】


参拝客が拝殿横で並んでいる。

そこにはお伺い石と呼ばれる石が拝殿横にあり、
神様にお伺いを立て三回持ち上げて感じた重さが変われば、
速やかに事が運ぶという不思議な石だそうです。

作法は下記の通り。

(一) 両手を合わせて「お願いします」と挨拶の一礼
(二) 石を持ち上げて下ろす一回目
(三) 額を石の頂上に当て、両手で斜面を撫でながら、一つだけ具体的にお伺いする
(四) 石を持ち上げて下ろす二回目
(五) 両手を合わせて「有難うございました」と挨拶の一礼
(六) 石を持ち上げて下ろす三回目

持ち上げた石の重さが二回目が一番軽ければ「良」、
それ以外は「不」。


一回目を持ちあげた時は予想以上に重くてビックリ。

こんなに思いとは思わなかったよ。(^^;

二回目は重いという認識があったので軽く感じた。

三回目は腕が疲れていたからか重く感じた。


基本的に私はこういうのを信じていない。

二回目が一番軽く感じるのは気持ちと肉体的な要素が絡み、
そう感じるだけだと思う。

でも、二回目が軽く感じて良い気分、前向きな気持ちになれる、
心のプラシーボ効果があると思うので、
頭から否定することは毛頭ありません。


【狛犬】



【布袋尊】



【夫婦木社】



【稲荷社】



【小御岳社・恵比寿社・大黒社】





【御朱印】


富士山の二合目に奥宮があって、
車で20分ぐらいの距離に鎮座していて、
そちらでは奥宮の御朱印がいただけるそうです。

冬の間は閉まっていますが。


これにて新屋山神社の参拝終了。

立地、神社の規模を考えると、
普通は無人の寂れた神社が多い。

しかし、この新屋山神社は多くの参拝客で賑わっている。

「売り方」が上手いのか、御利益が凄いのか分かりませんが、
やはり人という生き物は金運アップや商売繁盛というものに弱いね。(笑)

北口本宮冨士浅間神社 其の二(2018年6月16日参拝)

2018年08月05日 | 神社
拝殿と本殿を参拝後、
見所が多い境内を見て回ります。


【東宮本殿】


貞応2年(1223)北条義時公創建、永禄4年(1561)武田信玄公造営。

重要文化財。


【神武天皇社】



【蔵】



【恵毘寿社】


本殿裏手にありました。

こういうのも珍しい。


【次郎杉】



【西宮本殿】




文禄年(1594)建立された重要文化財。


【小御嶽遥拝所】



【鳥居】




富士登山道吉田口。

え、ここから登山道が始まってるの?

そんな雰囲気は無いけど。(^^;

ちょっと調べてみたら確かに富士山まで登れるみたい。


【祖霊社】





【井田浅行前開翁之像】





【境内社】


愛宕社、国津社等九社が祀られていました。


【神馬舎】





【境内】



【神変大菩薩碑】





【三殿社】



【三神社】



【諏訪神社】


慶安2年(1649)建立されたもの。

重要文化財。








拝殿には神輿と赤富士の模型が安置されていました。


【諏訪神社本殿】


昭和51年再建されたもの。


【御神木】





【風神社】









【下諏訪社・子安社】



【大鳥居】




これにて北口本宮冨士浅間神社の参拝終了。

とてもいい神社でした。

また訪れたいね。


【御朱印】


二体の御朱印をいただきました。

北口本宮冨士浅間神社 其の一(2018年6月16日参拝)

2018年08月04日 | 神社
本日のメインの一つである北口本宮冨士浅間神社に到着。

普段なら参拝>>>乗り越えられない壁>>>昼食なんですが、
今日は滅多に食べられない山梨名物のほうとうを食べたくて、
神社横にある浅間茶屋本店へ。


それにしても近くにある富士急ハイランド界隈は、
大渋滞&駐車場難民で溢れかえっていた。

よくこんな状況で富士急ハイランドに行こうとするよな。(^^;


【浅間茶屋本店】




良い雰囲気の店構えで期待出来ます。




店内も期待を裏切らない造り。

二階もありました。


【ほうとう】


お目当てのほうとう。

美味しくてお腹いっぱいになりました。(^^


こちらには大型の無料駐車場があり、
食事した人はそのまま神社に参拝してもOKでした。

勿論、北口本宮冨士浅間神社にも無料の専用駐車場はあります。

これほど有名な神社なのに駐車場代が無料なのは素晴らしい。



所在地:山梨県富士吉田市上吉田5558
御祭神:木花開耶姫命、彦火瓊瓊杵命、大山祇神
創建:不明
社格:県社、別表神社


【由緒】
人皇十二代景行天皇40年(110)日本武尊、東征の砌、この丘に立ち、
富士の神山を御遥拝遊ばされ「富士は北の方より拝せよ」との詔を発せられた。

里人はこれを拝受しその跡に鳥居を建て後に同天皇50年庚申歳、
里人小祠を設け浅間明神を勧請し日本武尊を合祀した。

中世以降、日本各地の山岳信仰は修験道と混交し、
富士も登山する霊験所たる山となった。

延暦7年(788)甲斐守紀豊庭朝臣卜占により、
現在の位置に社殿を建て浅間明神を大塚丘より遷座。

永禄4年(1561)に武田信玄公が川中島合戦の戦勝を祈願して社殿を造営。

これが当社最古の社殿である現在の摂社東宮本殿で、
明治40年に国宝(現重要文化財)に指定された。

戦国末期に現れた富士行者の長谷川角行は、
富士を万物の産みの親とする独自の教理を確立し、
江戸とその周辺の庶民が構成する近世富士講の基礎をつくった。

角行の系統を江戸中期に受け継いだ村上光清は、
享保19年(1734)から寛延7年(1751)の17年間に亘り、
現在の拝殿及び幣殿、手水舎、隨神門、神楽殿、社務所を建設、
荒廃著しかった本殿、東宮、西宮、摂社福地八幡社、
摂社諏訪神社を修理大事業を成し遂げ、今に至る。

神仏分離によりそれまで当社に在った仁王門、三重塔、護摩堂、鐘楼は排され、
今は仁王門の礎石のみ神仏混交の名残を留めてゐる。


【二之鳥居】


浅間茶屋本店からだとすぐに参拝出来ますが、
二之鳥居まで戻って参拝開始。


【参道】


何と言う神域感。

素晴らしい。

わざわざここまで戻ったのは、
この参道を最初から歩きたかったからです。

この参道を歩かないと半分損した感じですね。


【卍燈籠】




お寺時代の名残りが見えました。


【参道杉】





【角行の立行石】





【仁王門礎石】






仁王門とか三重塔は何処に行ったの~?(泣)


【参道】




本当に良い参道です。

心の穢れが無くなっていくようです。


【大鳥居】






大社に相応しい鳥居です。


【川】




名も無き川ですが綺麗な水です。


【狛犬】



【八幡社】



【稲荷社】





【随神門】


お寺の香りもどこか感じる門です。

重要文化財。


【神楽殿】




重要文化財。


【手水舎】







【太郎杉】





【夫婦桧】



【拝殿】


元文4年(1739)建立されたもの。

重要文化財。


【天狗面】



【本殿】


元和元年(1615)創建の重要文化財。


長くなりましたので続きはまた明日。

妙法寺(2018年6月16日参拝)

2018年08月03日 | 甲斐百八霊場
常在寺から北口本宮冨士浅間神社へ向かっている途中、
なかなか立派な本堂が見えた。

これは行って見ておかないと思い急遽寄り道。

はい、いつものことです。(笑)

少し高台の場所にお寺があり、
10台分程の無料駐車場がありました。


所在地:山梨県南都留郡富士河口湖町小立692
宗派:法華宗本門流
御本尊:十界曼荼羅
創建:不明(諸説あり)
開基:日蓮聖人
開山:妙法入道、妙吉入道
札所:甲斐百八霊場


【縁起】
文永5年(1268)日蓮上人が富士山五合五勺経ヶ岳で国家安泰の祈念をした後、
法華経の布教の為当地を訪れ、その後弘安元年(1278)に再び小立を訪れた際に、
信者の中の妙法入道、妙吉入道らがその弟子となり、
奥之院法華堂に妙法寺を創立した。
 

【山門】


これはいい山門ですね~。

豪壮なる面構えです。


【三猿】


山門に何故か三猿が。(笑)


【本堂】


こちらも立派な本堂です。

本堂が開いているなと思ったら、
法要が行われていました。


【御寶蔵】





【石碑】



【鐘楼堂】



【廻舞台】



【三十番神堂】







参拝した時は全く知らなかったのですが、
このお寺も甲斐百八霊場の札所で御首題がいただけるとか。

札所である雰囲気も御首題をいただける雰囲気も皆無。

情弱はつらい。(^^;

常在寺(2018年6月16日参拝)

2018年08月02日 | 甲斐百八霊場
冨士御室浅間神社の参道途中にあるのが、
法華宗本門流の常在寺というお寺。

裏手から本堂を見ると立派だったので寄ってみた。

神社の参道から常在寺の境内に入り、
反対側にある山門を一旦出て、また山門から入り直すという、
非常にめんどくさいことをしてます。(^^;

お寺は山門からというのが私のポリシーだから仕方ない。


所在地:山梨県南都留郡富士河口湖町小立139
宗派:法華宗本門流
御本尊:十界曼陀羅
創建:不明
開山:不明
札所:甲斐百八霊場


【山門】


近年再建されたようで、
まだ新しい山門ですね。




ここでようやくお寺の名前が判明。(笑)


春になると山門から境内は桜が咲き乱れるそうです。


【本堂】




まずは本堂にお参り。

コンクリート製の味気ない本堂です。




内陣は入れませんでしたが、
ガラス越しに見れただけでも良かったです。

天気が良ければ本堂左手に富士山が見えるようですが、
今日は生憎の天気で全く見えず。

まるでそこには富士山が存在しないかのよう。(泣)

やっぱり富士五湖辺りに訪れるのは、
富士山が綺麗に見える晴れの日に限るな。


【鐘楼堂】


車は鐘楼堂前辺りに適当に停めていいようです。


【日蓮大聖人辻説法像】



【霊宝殿】




こちらに薬師如来が祀られているようですが、
お姿を拝めず。


【日要聖人像】



【庭園】



【西区公民館】


何か神社っぽいんだよな。


【鎮守社】


西区公民館の裏側に祀られていました。


参拝した時は全く知らなかったのですが、
このお寺は甲斐百八霊場の札所で御首題がいただけるとか。

札所である雰囲気も御首題をいただける雰囲気も皆無。

情弱はつらい。(^^;