2017年7発21日の「天声人語」に「ラジオ体操」の歴史が書かれていた。記者が把握している歴史知識についても披瀝していた。それは、
「ラジオ体操の歴史は古い。昭和天皇の即位の大礼に合わせて1928年に始まり、戦時中は『国民精神総動員』の号令下、国威を高める場ともされた。戦後の占領当局は『300万人を一斉に動かす軍国日本の活動だ』と廃止を迫る」
という内容である。
この内容は、確かに事実を伝えていると言えるが、しかし、それは事実の一面であり、それ以上に重要な、今を生きる国民が学ぶべき歴史事実を伝えていない。歴史が、今を生きるための教訓を学ぶためのものであるとするならば、この記事では充分でない事は明らかであり、故意にそのような書き方をしているように考えたくなる。
さて、大日本帝国政府が「ラジオ体操」の放送を実施した最も大きな意図は何だったのだろうか。
それは、政府が、昭和天皇の即位の大礼の日を目標に日本の全国放送体制を完成させ、昭和天皇の時代を強く印象づける事を第1の目的とするとともに、その後の国民の社会生活において、政府がラジオという新たな情報伝達手段によって自己の方針を国民に伝達する手法を開始するに当たって、国民に「ラジオ体操」への参加をきっかけとして、「ラジオを聴く」という習慣を、違和感をもたずスムースに身に付けさせる事を目的として実施するようにしたという事である。
ところで、大日本帝国最初のラジオ放送は、新聞社、通信社、無線機器メーカーなどが出資した、独立した3つの社団法人(東京放送局、名古屋放送局、大阪放送局)によって開始された。東京は1925年3月、大阪は同年6月、名古屋は同年7月であった。
しかし、政府は「放送は国家的事業」であると考え始めて、3局をまとめるとともに、全国各地に支部を設置していき、1926年8月には、「社団法人 日本放送協会」を開設した。役員の多くは逓信省出身者によって占められた。
「ラジオ体操」は「昭和天皇の即位の大礼」を記念して逓信省簡易保険局が作り、それを放送協会に持ち込み、28年11月1日から東京だけで放送を始めた。
それと並行して政府は、昭和天皇即位の大礼(1928年11月10日)を目標に、上記3局を結ぶ中継回線を建設する事にし、11月5日に完成させた。そして、翌日の6日から27日までの22日間にわたって「即位大礼の奉祝番組」を全国に中継放送し、昭和天皇即位の印象を国民に強く焼き付けたのである。日本のラジオの全国放送体制は天皇制と政府が意図的に密接に結びつけて完成させたものであり、そのラジオ放送を利用して昭和天皇の誕生を国民に強く印象づけたのである。
そして、「ラジオ体操」の放送については、1929年からは全国放送とし、集団で早朝に実施するようにし、「挙国一致」の精神と体力を培い高めるものと位置づけられて敗戦まで続けられたのである。その間の日本放送協会のラジオ放送は、大日本帝国政府が国民に聴く事を許可した唯一の、ラジオ放送であった。また、それは日本の侵略戦争に関する情報を伝え、国民に聴く事を許した唯一のラジオ放送であった。
その事を分析していた敗戦後のGHQは、日本に再び軍国主義が復活する事のないように「廃止」させたのである。
日本放送協会は戦後、一般的に名称を「NHK」としてきたが、そのNHKが、現在、テレビ番組を放送と同時にそのままインターネットで流す「同時配信」の準備を進めている。NHKと総務省は「東京五輪に間に合うように」という理由で、2018年に放送法を改正し、19年には同時配信を実現しようとしてきた。
しかし、その理由は建前であり、本音は、かつての昭和天皇の即位時と同様に、「新天皇の即位の礼」など天皇関係の儀式に間に合わせるためなのである。そして、民放との二元体制を崩し、表現の自由や言論の多様性をなくす事を目指しているとも考えられる。それは、憲法で国民に保障する権利を軽視否定する事を目指す事でもある。自民党の改憲草案に書いてある事を実現するために。
(2017年8月4日投稿)