九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

「改革」のイメージ   楽石

2007年07月12日 19時30分59秒 | Weblog
安倍さんが選挙演説で「改革を止めてはならない」と叫ぶ。
この改革!という言葉。
小泉さんが叫んでいた時とは、全然印象が違って感じられます。

小泉さんの時は、「カイカク」は、あかるいイメージでした。

しかし、あれから、税金、雇用、医療、介護・・・
さまざまの分野から、改革の痛みが聞こえてきます。
私の財布も改革で、軽くなりました。
母の介護もレベルが引き下げられました。
子供たちは、メチャクチャ忙しく働いています。
改革のおかげです。

もう「カイカク」いう言葉のイメージは逆転。
マックラです。

改革などゴメンです。
どうですか?皆さんは。


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北朝鮮のニュース   楽石

2007年07月12日 15時18分29秒 | Weblog
朝鮮日報こんな記事が載っていました。

   


10日に平壌では大規模集会が開かれた。
日本政府を糾弾する大会だった。
「悪の地、日本列島を一掃する」と過激な表現まで登場した日本糾弾大会は、
日本政府が朝総連(在日本朝鮮人総連合会)の土地と建物に対する競売措置を
開始したことに対する北朝鮮側の対応のようだ。


 北朝鮮が民衆による大会を開いて日本を非難したのは、
2001年に朝総連本部に対する家宅捜索が行われて以来のことだ。

北朝鮮は先月26日に朝総連本部の土地や建物に対する売買禁止仮処分措置が
下された時から非難を開始した。
北朝鮮政府の金づるだった朝総連は627億円の借金を
返すことができず破産の危機に直面している。


 北朝鮮は朝総連問題を6カ国協議で取り上げる動きも示している。
朝総連の機関紙である朝鮮新報は
「6カ国協議が開催されても対話が進むどころか
紛争が起こる可能性もある」と報じた。


   

あの朝鮮総連の建物の事件、公安調査庁の元長官が関わった奇妙なもの。
北朝鮮の民衆にもかかわる奥の深いものらしいですね。
とにかく北にとって、大きな打撃になったことは間違いないようです。




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ブログで出来る選挙運動。        ブログ管理人

2007年07月12日 12時42分50秒 | Weblog
「公示日になったら、(特にネットでは)何も出来ない。」

 こう勘違いされ、萎縮ている方もおられるでしょう?

 しかし、候補者や、確認団体以外の「勝手連」や「個人」であれば、ぐっと、できることは広がってきます。

以下のサイトは参考になります。要点を言えば


「一般的な政治評論とみなされることはOK。また、落選運動もOK。『特定の候補への投票を呼びかけるものでないもの』はOK」ということです。


「ネット時代の勝手連と公選法 」

 http://katteren.blog97.fc2.com/

///以下引用

 今日はWEBでの表現方法としてセーフなものとアウトなものを検討してみたいと思います。他にも表現方法を募集します。

◆評論系のブログ/サイト

○「検討資料(討議資料)として掲載(引用)する」
○「○○の政策(マニフェスト)は良い(支持する)。」
○「××の政策(マニフェスト)は良くない。」
○「選挙に臨む姿勢が良い(悪い)、共感できる。」
○「候補者として適格(不適格)」
○「候補者の実績を~と評価する」など。

△「○○へ投票すべきである。」
  これは文脈次第でセーフにもアウトにもなるでしょう。

現職の場合、これまでにやってきた政治は広範に論評の対象たり得る。嘘でない限り、批判し放題。もちろん誉めても良い。これは言論・表現の自由の最たるものである政治的言論。
新聞、雑誌に書いてあるような書き方は大丈夫。


◆日記系のブログ/サイト

○「○○さんが好き(嫌い)。」
○「○○さんを応援している。」
○「××さんには当選してほしくない。」
○「○○さんに■■(知事など)になってほしい。」
○「○○さんを支持している。」
○「今日はこんなことがあった。」
○「今日はこんなことを考えた。」
○ その他、上の評論系で許されるものすべて。

内容・書き方として、自分しか見ない自分の日記に書いてあっておかしくないものなら皆セーフ。

◆もろにダメな表現

×「○○さんに投票してください。」
×「○○さんに投票しよう。」
×「○○さんを当選させましょう。」
×「全人民は○○候補へ投票を集中せよ!」(笑)

ただし、「○○さんを当選させよう、そう今日も思ったのだった。」なら○

◆サイト・ブログの開設目的による

△ 「××さんを落選させよう。」
△ 「××さんにだけは投票しないで。」

これらは、他の候補を当選させることが目的とされるとアウトになる可能性あり。落選させること自体が目的ならセーフ。

◆落選運動
○「××を落選させよう!」
○「××以外の候補へ投票しよう!」
×「××を落選させるために○○へ投票しよう」

 落選運動は公選法的にまったく合法で文書図画制限もない。ただし、候補者が二人しかいない場合は1番目、2番目は特定の候補への投票を呼びかけているのと同じだからちょっと微妙だが、公選法的には、あくまで目的が××の落選であってもう1人の候補を当選させることではないならセーフ。他の候補を当選させることが目的だと言われてしまうような文言を入れないように気をつける。候補者が3人以上なら議論の余地なくセーフ。
 3番目は特定の候補への投票を呼びかけているのでダメ。

◆「○○さんを当選させる」ブログ/サイト
△候補者の名前が入ると微妙。(WEBまとめ表参照)

◆他にもおもしろい表現募集します! 蓄積していきましょう


・・引用終わり

 公選法に萎縮するあまり、むざむざ、「言論の自由」と言う憲法で認められた権利を腐らせてしまうのはばかばかしいことです。

 むしろ、やれることはどんどんやっていきましょう。「有権者に判断材料を提供」し、より良い政治をつくるために、むしろ、合法的なことはやっていく義務がブロガーにはあります。
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東京裁判と当時の報道について   へそ曲がり

2007年07月12日 12時12分55秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
 約2ヶ月、液体を飲むことは出来ても、固形物を通すことが出来ません。「フルカリック3号」という高カロリーの液(1日分2,320kcal)を24時間体制で点滴されて補っているという現状です。
 明日、胃カメラを使っての検査があります。その後しばらく身動きがとれないかも知れません。そんなこともあってか、半日帰宅が許されました。

 7月4日付の「保守系」氏の東京裁判についての投稿の中の彼自身のコメント『前文について』の最後にこんな記述があります。
“歴史音痴さん、日本の占領時代はどういう時代かご存知ですか。極東軍事裁判の報道はされない・・・・”

 報道されなかったのかどうか、当時の新聞(図書館には縮刷版がある)を見れば一目瞭然です。

 私の持っている本(「図説・東京裁判」 太平洋戦争研究会 河出書房新社 」には、判決内容を記した第一面の記事が写真で掲載されています(P129)。また、「弁護側反証」の清瀬一郎発言について、その評価が「読売」・「毎日」の社説に掲載されたことも内容の一部とともに紹介されているし(P85)、「検察側立証」についても、“連日のように報道された”と書かれています(P69)。「ニューヨーク・タイムズ」の清瀬発言の記事をAPが打電したことを「朝日」が取り上げていることも紹介しています(P85)。
 
 私自身の記憶違いかも知れませんが、判決当日NHKが中継放送し、それを聴いていたように思います。
 ウエッブ裁判長の読み上げる「デス・バイ・ハンギング」の言葉、また、東条被告の呼び方が「タウジャウ」と聞こえた印象を持っています。

 東京裁判は間違いなく詳しく国民に知らされていました。“報道はされない・・・・”という「保守系」氏の主張は【大嘘】です。8日付の「文科系」さんの主張の正しさを自ら立証してしまったと言えます。

「プレス・コード」は確かにありました。しかし、戦前・戦中の「言論統制」や「弾圧」と比較したらどうなのか、保阪正康氏は何と言っているか、ぜひ知りたいものです。

 それにしても、「東京裁判」や「現行憲法」などについて議論することはいい加減に止めようと言っていた彼が、突然持ち出してきた。何か新しいネタ本でも仕入れたのだろうか。「正論」などを調べると面白そうだ。

 また言いっ放しになりますが、宜しく・・・・。

コメント (4)
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戦前の天皇制への回帰を願う者は  ‥‥ 千里眼‥‥

2007年07月12日 11時19分02秒 | Weblog
 文科系さんの7月8日の「『日本主義』の形について」という投稿と関連して、これを投稿します。文科系さんの哲学的考察とは異なり、私のは保守系さんの政治的見解についての考察です。

1.「戦後レジームからの脱却」、戦前への天皇制への回帰
 この上記の語句が保守系さんの「主観的な大命題」(文科系さんの表現を借用)だと私は思っている。ドグマと言ってもよいし、政治的信条と言ってよいと思っている。
 安倍首相の慣用句「戦後レジームの脱却」から、さらに歩を進め、踏み込んで「戦前の天皇制」への復帰を保守系さんは政治的信条としている。これは、7月7日の保守系さんの2つのコメントで明瞭に語られている。
「天皇制と国民主権は本来矛盾するものではない」、「プロシャ=君主権の強大=天皇権の強大は全くの誤り」、「『君臨すれど統治せず』というように、天皇の統治権を制限していると思っても良いのです」と保守系さんは言う。歴史事実を無視したこのような論拠で、「本来の日本の国柄」である戦前への天皇制への回帰を主張している。
 これが保守系さんの諸見解の中心に位置する信条なのである。

2.民主主義の否定
「私は、民主主義は疑っています。かねてから私は民主主義ではなく、民衆主義と訳すべきだと言ってきました」、「この民衆主義に価値を与えていません」と保守系さんは言う。つまり、「民主主義」(彼のいう民衆主義)に価値がないということは、否定しているのと同義である。国民主権を否定する保守系さんの信条からすれば当然のことである。言葉の上では否定していないように見せかけていても、戦前の天皇制に戻せという以上、事実上国民主権を否定していることになる。これは彼の政治信条から当然の帰結なのだ。

3.満洲事変・日中戦争は自衛の行為・戦争
 戦前の天皇制への回帰を願う以上、当時の日本のおこなった満洲事変や日中戦争を侵略戦争と認めることはできない。そのために保守系論客の著作や論文ののなかの都合のいい部分のみに依拠して、それをあたかも自分の見解のように繰り返し、きちんとした論拠に基づいて批判され否定されても、またそれを繰り返す。保守系さんとしては、侵略戦争であったと認めるわけにはいかないのだ。

4.軍国主義日本への郷愁
 戦前の日本軍部の持っていた相対的に強大な軍備力(他国との対比で)に対する郷愁の念を持っていることは確かだろう。以前の文科系さんとのやりとりのなかで、「軍事力のない外交はありえない、背後に軍事力がなければ外交は成立しないのだ」(引用ではない、コメント内容の大意)という意味の事を述べている。外交をそのようにしか理解できない保守系さんの頭のなかでは、戦前の日本外交の姿がちらほらと浮かんでいるのであろう。軍事力を背景に対華21か条要求を中国に飲ませた、このようなものが外交だと思っているのだろうか。

5.小国、開発途上国に対する蔑視
 保守系さんのこの傾向を軽視するわけにはいかない。私がノルウェーの世界平和に対する貢献を触れたのに対し、保守系さんは「ノルウェーはなくていい国だ」と答えた。また、別のコメントで「フィリッピンは国ではない」と国家としての存在とは認めないことを述べている。この感覚は酒の上での発言としても見逃すことはできない。保守系さんの本音の表れと思われるからだ。中国人に対する蔑視感情は幾多のコメントで指摘できる。最近では、文科系さんとの論議のやりとりのなかで、議論の本筋とは無関係に「シナ人・フィリッピンや韓国のホステスとの愛ですか」、と書く。これは何だろうか。この言葉で出てくる根底に他民族の蔑視思想が横たわっているとしか、私には思えない。

6.地球的課題に対する無関心
 保守系さんは、あれほどの投稿・コメントを載せながら、現在の人類の当面している地球的課題への言及はまったくない。これは何を意味するのであろうか。環境破壊・温暖化など現在の人類の抱えている重要な諸問題に対する無関心さを示しているとしか思えない。これは保守系論客共通の特徴でもある。人類的課題、地球的課題に触れると当然自己の政治的信条との矛盾に当面するからであろう。自国の国益のみ追求することができなくなるからである。

7.「私が実証主義者ではない。そうでしょうか」と言うが
 文科系さんは「実証主義者」という語句は使っていない。「実は全く実証的な人ではないんですね」と記しているだけである。文科系さんとのやりとりのなかでのことである。
 ところが、保守系さんは上記のように述べている。とすると、自分は実証主義者と保守系さんは思っていることになる。とんでもない話である。実証主義者どころか、実証的に論証する能力にも欠けていることは、文科系さんにとどまらず誰の眼にも明らかなのである。論点とはかけ離れて、あれもこれもと断片的な見解を羅列するという記述しかできない人が、実証的でないことは明白である。それゆえ、保守系さんとの論議は成立しないのである。とすれば、徹底的に批判し、否定していくという記述を展開する意外にはないというのが、私の見解である。
 実証的でないことは、次の指摘とも関連していると私は思っている。保守系さんはレッテル貼りが得意である。これはきちんと回答できないときに取る彼の態度であると思っている。さすがに相手(人)に対するレッテル張りは最近止めたのだが、相手の引用した文献にかかわる著作・史料・雑誌・新聞、それを出版した出版社に対してのレッテル張りはまだ続いている。この姿勢は「実証的」に論証していくという姿勢には無縁のものである。つまり、保守系さんが実証的でないことを示す一つの証左である。

 最後に、1.に指摘した保守系さんの基本的政治信条と関連して次のことを問いたい。これは先に触れた7日の保守系さんの2つのコメントに関連して、7日に入れた私のコメントの一部である。しかし、保守系さんの眼に留まらなかったのか、回答はありません。それゆえ、その質問の中心点1つに限って再録し、改めて問う。

「千里眼さんいうように、よくプロシャ=君主権の強大=天皇権の巨大は全くの誤りです」、「『君臨すれど統治せず』というように、天皇の統治権を制限していると思っても良いのです」と保守系さんは述べている。
 私は明治憲法の内容を具体的に触れて、そうではないことを論証していたのである。保守系さんも、明治憲法の内容・規定に具体的に触れて論証してください。「全くの謝り」と言う以上、具体的に論証できるはずですね。さらに、「全くの謝り」と言う以上は論証する責任と義務があるはずです。お願いします。
 歴史法学がどうのこうのという前書きでは、論証したことにならないことは、誰が見ても明らかです。
 さらに、これほどの馬鹿げた見解を展開した論客の名前とその論文名と出版社を教えてください。この見解があなたの頭脳から生まれたものとはどうしても思えないのです。どうしても読みたくなりましたので。
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投票の一瞬は国家の百年    楽石

2007年07月12日 08時43分56秒 | Weblog
昭和3年、普通選挙が初めて実施された年。
朝日新聞が普選の標語のひとつ。

一等は「清い一票、明るい日本」
投票の一瞬は国家の百年は、三等だったそうです。

今回の参院選挙、この標語がピッタリ。
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カタール戦の総括を   文科系

2007年07月12日 05時51分32秒 | スポーツ
サッカー・アジアカップのカタール戦の総括を書いてみます。

ボール保持率は65%ぐらい、シュート数も10対3ほどで、完全に相手を圧倒したゲームだった。ゲーム残り時間20分ぐらいでもう、ずーっと振り回されてきた相手はふらふらだったと思う。その証拠に、この20分に何回も惜しいシュートがあった。
それが、残り3分で「事故」が起こった。あの相手フリーキック得点の原因であった阿部の反則も、必要のないもの。阿部が走り抜けても川口が取れたボールだから。まさかスピードをゆるめたら後ろの相手がぶつかって、ころげて、反則になるとは。

これら全てをオシムもこう語っています。「勝ち点6でもおかしくないゲームが、事故で同点になってしまった。仕上げができなかったからだ。サッカーではどれだけゲームを支配していても負けることもある。だけど、日本は強いのだ」
ちなみに日本の次に強いはずのオーストラリアも1対1でした。こっちは日本より遥かに悪いゲームをしました。

反省点はこういうことでしょう。「攻撃にもうちょっとリスクを取る」と。やはり、高原と巻のツートップにして、遠藤、中村、憲剛らも含めた5人がどんどん敵ゴール前へ侵入していくということ。そして「ゴール前で目まぐるしく、ボールの速回しっこをして、点」と。または、「ゴール前の高原、巻にピンポイントで合わせて、点」と。
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