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シドニー滞在記(その1)  文科系

2008年02月22日 10時06分39秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
05年にオーストラリアはシドニーに3ヶ月ばかり滞在した。連れ合いの日本語教師活動について行ったのである。初めの10日ぐらいは、ノースシドニーの借家で、残りは連れ合いの学校の同僚の家にホームステーで、過ごした。50歳前後の独身女性の一人住まいなのに、高級住宅地にある小さな森のような庭付きのおしゃれな平屋だった。
以下しばらく、そのときに書いた随筆を不定期で連載する。


 異国の電車にて                     
                                    
 ノースシドニー北方の住宅地に、連れ合いと二人で三ヶ月ほど住むことになった。家の前の生活道路がふた抱えもあるユーカリの並木道だし、隣近所も見慣れない南方系の花木が夏の日差しに溢れんばかりだし、階下はインド系の家族。聞いていたとおりの多人種国家で、街角ではインド系、中国系、韓国系(日系を含む。区別ができないのだ)、東南アジア系などに、それぞれ白人に混じるという程度を越えて、出会う。

 さて、滞在二日目、初めてシティーレールに乗ったときのこと。
 初めて着いた駅でがらがらの車内に突然響き渡った声。「シーイズベリービューティフル」と、なんともありふれた表現だ。座った僕の向かいの窓の外、プラットフォームに二十歳前らしい二人の少年が立ち止まって、僕の左のほうの座席を露骨に指差している。見ると日本語の「美しい」がぴったりする女の子が一人、黙って皮表紙の分厚いノートを読んでいる。青っぽいグレイの、スリムなカジュアルパンツ。左肩をはだけた真っ白なサマーセーターの上にはっとするようなブロンドが光り、ブルーの瞳と鼻筋の感じには高貴ささえ匂っている。昔これを売り物にする女優がいたが、ああいった類の高貴さが辺りにまき散らされているとさえ言えた。僕の向かいの座席には東洋系のカップルがいて、彼らも今、明確に彼女を見つめている。いや彼女の真向かいに座った彼の方はさっきから見つめっぱなしだったと、僕はその時改めて気づいた。すぐに隣の「彼女」を見る。黒髪にくるくるっとした可愛らしい造りだが、心なしか表情が曇って、寂しそうに見えた。
 目を逸らして、さっきから気になっていた右前方のカップルを見る。八十をかなり越えて見える、夫婦らしい長身痩躯の白人お二人だ。まず、女性が男性の右手に左手を巻きつけるようにしているのが目についた。甘えているという感じではないのである。男性の表情が違う。長いその背中を大きく曲げて両目の間をややしかめた感じに、呆然としたような異常さが見えた。何かを怖がって避け続けているうちに、神経質を通り越して破局に近づいてきたという表情と感じた。隣の彼女は左手で彼を庇護し、支え続けてきたのであろうか。彼が怖がってきたものは何なのだろう。老いではないかとふっと思った。「何もかも忘れてしまう。もうだめだ。人間じゃなくなっちまった」。それとも、「この心臓じゃ、もう歩くこともままならない。死んでいくばかりかなー」か。

 ここ遠い異国にいてもやはり、大昔から繰り広げられてきただろう人間たちの営み。
コメント
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