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小説 「死に因んで」(その3)   文科系

2014年01月03日 09時07分03秒 | 文芸作品
〈同窓会は仕事社会ではなく、楽しむ場所。老年期の男としてみれば話題が多くて面白いはずの人間が、なおかつ正直、潔癖を現しただけと言えるその行為が、社会的礼儀だけを振りかざしてこのまま拒まれるはずはない〉
 今振り返ってみれば「改めて、出てくれと言ってきたら」と彼女が語ったのには、そんな見通しが含まれていたのだ。こんな発想は、俺が思うには今の日本の男からはなかなか出てこない種類のものだろう。相手の格とか、自分への”扱い”とか、公の”顔”など下らないことばかりに慣れてきたからだ。それでその時の俺も、出てくれなどと言ってくるわけがないと思い込んでいたのである。そんな剣幕であの場を飛び出し、皆を蹴っ飛ばしてきた、その剣幕、威力は自分が一番よく知っていることだし。その点まーまーの女は、公的な場所にいてさえ自分の文化、好みのようなものを必ず同伴させている、と俺は観てきたのだった。
 さて、笠原から折り返しのように、こんな表現が入った手紙が来た。
『大個性の貴兄がいての楽しい会です。貴兄が怒ったのも、貴兄の”素”であって、何も謝る必要はありません。飲んで語るのも、文章朗読で自己を表現するのも同じ事。まして、貴兄のように同人誌をやっているとすれば』 
 この手紙にしばらく応えないでいたら、間もなく吉田からも小島からも電話があった。吉田はこんなことを言う。「あの話はいけないとかー、この話もいかんよとかはいかんよなー。それと同じで、朗読をやれと言った以上はぁー、聞いていないとーやっぱりまずいよねー」
 小島の口調は明らかに笠原と連絡を取っている事をうかがわせた。そして何度も、おずおずとのように慎重な言葉選びで「出てくるよなー?」と聞き返してきた。さて、小島とのこの電話の時には、俺はもうこんな心づもりになっていたのである。その時には、全く口に出さなかったのだけれども。
〈謝る必要がなくなったから、もう出られる。卑屈になる必要は全くなくなっただけではなく、ちょっと勿体ぶるぐらいにして出てやろう。あの随筆も次回にさっそく、最後まで読んでやるぞ〉
 すべてが望む通りに運んで、何か不思議な思いだった。この時、次のこの会と友人たちに対して武者震いの汗をかいている自分を発見して、驚いた。

こうして、次の会が始まった。いつもの部屋で、いつものように肴を一渡り注文する役目を果たす間も、何か腰の辺りの座りが悪く、何かをしゃべる気にもならない。顔はきっと、シリアスで作ったようなもんだったろう。皆も俺の顔を見辛いような感じだし、こりゃ早く決着付けなくっちゃ………。アルコールの二杯目に入る前の辺りで、「じゃこの前のをもう一度読むからな、聞いててくれよ」。いつもよりさらに抑揚少なく、棒読み同様に読み進んでいた。今度は、最後までみんな静かに聞いてくれた。読み終わって、小島が言う。
「これからは、プリントしてきてくれないかなー」
 俺が「分かったそうする」と応える。すると堀が太い声で、微笑みながら言った。
「ごちゃごちゃせんでも、こーいうときは『ご免』の一言持って出てくればえーんだ」
 これには、俺としては是非一言返しておかねばならない。
「また飛び出したらまずいだろ。俺は大事なことしか書かんけど、ここで読むのは特に大事なものばかりでね」
 こうして、その次以降も自作随筆をあれこれと読んで行った。翌年の初夏のころにはこんなのを読んだ。

── よたよたランナーの回春
 メーターはおおむね時速三〇キロ、心拍数一四〇。が、脚も胸もまったく疲れを感じない。他の自転車などを抜くたびにベルを鳴らして速度を上げる。名古屋市北西端にある大きな緑地公園に乗り込んで、森の中の二・五キロ周回コースを回っているところだ。たしか六度目の今日は最後の五周目に入ったのだが、抜かれたことなど一度もない。ただそれはご自慢のロードレーサーの性能によるところ。なんせ乗り手の僕は七十才。三年前に二回の心臓カテーテル手術をやって、去年の晩夏に本格的な「現状復帰」を始めたばかりの身なのである。日記を抜粋してみよう。
『突然のことだが、「ランナー断念」ということになった。二月初旬までは少しずつ運動量を伸ばし、時には一キロほど走ったりして、きわめて順調に来ていた。が、十六日水曜日夕刻、いつもの階段登りをやり始めて十往復ぐらいで、不整脈が突発。それもきちんと脈を取ってみると、最悪の慢性心房細動である。ここまで順調にやれて来て、十一日にも階段百十往復を何の異常もなくやったばかりだったから、全く寝耳に水の出来事。
 翌日、何の改善もないから掛り付け医に行く。「(カテーテル手術をした)大病院の救急病棟に予約を取ったから、即刻行ってください」とのこと。そこではちょっと診察してこんな宣告。「全身麻酔で、AEDをやります」。このAEDで、完全正常に戻った。もの凄く嬉しかった。なのに二五日金曜日、掛り付け医に行き、合意の上で決められたことがこれだったのである。
・年齢並みの心拍数に落とす。最高百二十まで。
・心房細動が起こったら、以前の血液溶融剤を常用の上、AEDか再手術か。
 さて、最高心拍数がこれなら、もう走れない。速度にもよるが百五十は行っていたからである。僕も七十歳。ランナーとして年貢の納め時なのである。』
そんな境地でも未練ったらしい足掻きは続けた。ゆっくりの階段往復、ロードレーサー、散歩、その途中でちょっと走ってみる。すべて、心拍計と相談しながらのことだ。そして、心拍数を少しずつ上げてみる。初めはおっかなびっくりで、異常なしを確認してはさらに上げていく。気づいてみたらこんな生活が一年半。一四〇ほどなら何ともないと分かってきた。すべてかかりつけ医に報告しての行動だ。そして、去年の九月からはとうとう、昔通りにスポーツジムにも通い出し、今では三十分を平均時速急九キロで走れるようになった。心拍の平常数も六十と下がり、血流と酸素吸収力が関係するすべては順調。ギターのハードな練習。ワインにもまた強くなった。ブログやパソコンで五時間ほども目を酷使しても疲れを感じないし、体脂肪率は十%ちょっと他、いろいろ文字通り回春なのである。先日は、十五年前に大奮発したレーサーの専用靴を履きつぶしてしまった。その靴とサイクル・パンツを買い直したのだが、こんな幸せな買い物はちょっと覚えがない。今度の靴は履き潰せないだろうが、さていつまで履けるだろうか。─── 

 この長い文章をみんながどれだけ静かに聞いてくれたことか。いや靜かにと言うよりもっと好意的なのだ。合いの手が入った。笠原から始まった「ふーん」「それで?」まではいーだろう。それがやがてみんなに移って行って「がんばっとるなー」から、「十%!………筋肉ばっかだ!」などともなると、わざとらしいとも感じられて笑えた。でも、凄く嬉しかった。読み終わったとき、吉田がまっ先に、俺の反対側の机の端から長い身体を乗り出すようにして、彼としては珍しい大声を出す。
「これはーっ、非常にーっ、よく分かる! あなたの同人誌小説はー、息子さんの商売のことを書いたやつだったかなー、さっぱり分からんのもあったけどー」
 この声自身もその内容も俺には全く意外だった。けれど、すぐに反論の声が上がったのがまたさらに意外だった。俺の向かいにいた小島が吉田の方に顔を向けて、
「あの息子さんの仕事の小説なら、僕はあれは面白かったよ。意外にと言っちゃなんだけど。山場らしい所もなく何でもない筋なんだけど、気づいたら一気に読めてた」
 これは、この作品に対しては願ってもめったに出てこないぴったりの評なのである。事実俺は、あれをそのように書いたのだ。このやりとりを一人反芻して悦に入っていたら、伊藤がこんな申し出をしてきた。恐い顔を崩し、柔らかいバスをさらに柔らかくして、
「心臓の手術したんだよなー。それでこれだけがんばっとるんだよなー。ちょっとこの場で腕相撲してもらってもえーかな?」
 俺の倍ぐらいに見える腕だったが、俺は即座に応じた。若いときからこういう腕をも相手にして何度も勝ってきたという体験と自信があったし、ランニングのためのジムで上半身を今も一応鍛えてはいる。が、結果は、かなり粘ったが負けた。
「今どきの中小企業の現役社長さんは、やはり苦労が違うんだなー。肉体労働も目一杯やっとるとみえて、強い強い!」
 心からそう叫ぶことができた。嬉しい悲鳴のようにも聞こえたろう。何せ俺は、他人の特技を褒めるのが好きなのである。褒めると言うよりも、良いものは良いというわけで、自然に声が出てしまう。伊藤は伊藤で、俺を励ましてくれた積もりなのだろう。
 すると、遠くの壁際に座っていた吉田が、俺に向かってまたしても、大き目の声を出す。
「あのさー、整体師と一緒にやってきた結果だけどー、見てくれるー」
 そう言って立ち上がると、壁際に背を向けて立つ。そして、腰を沈め加減にする。彼のその体勢の意味が俺にはすぐに分かったので、吉田の後頭部だけに眼をやっていた。腰と胃裏の背辺りとがぴたりと壁に付いた上に、後頭部も膨らんだ髪の毛の先が壁にほとんど着いているように見えた。この光景、いや姿勢に感心したこと! 俺の口からこんな声が出たものだ。
「男やもめが、よくそこまで頑張ったなー。あんたの寿命が半年前より五年は延びたぞ。そんな姿勢が続く間は、ここにもずっと歩いて出てこれるしー……。堀よー、みんなで”吉田を長生きさせる会”でも作ろうかー?」 
 普通にひょろーっと立ち直した吉田が、にそーっと笑って堀の顔を見た。小島と山中さんが同時に拍手を始めたら、それがすぐに全員に広がっていった。

(終わり)
コメント
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