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随筆紹介 「気疲れして」   文科系

2017年12月07日 14時10分28秒 | 文芸作品
 気疲れして  S・Yさんの作品です


 里の母が倒れた。それは生家の同じ敷地内に住む兄の息子、甥からの電話で知らされた。私に会いたがっているという。兄夫婦に隠れるようにして甥に私への伝言を頼んだようだ。
 すぐにでも母のもとへ行きたかった。でも躊躇してしまう情けない自分がいる。

 以前に長男の嫁という立場の知人に、「普段は同居の嫁に世話を押し付けて、離れて暮らす娘は、都合のいいときだけ、都合のいい顔をして来られるんだからいいご身分よね」そう言われたことが頭をよぎる。
 そして、兄にも言われたことが胸の隅に残っている。「俺たちがおふくろの面倒を看ているのだから、余計な口出しはするな。するならお前がおふくろの世話一切をやれ!」と。兄はいまだに家長制度の頂点に君臨している古い男で、生意気な女がなにより嫌い。兄の前では絶対に脚を組めない。「偉そうに、何様だ!」蹴飛ばされた若い経験がある。

 私には何十年間、いまだに生家へ行くときに決まってすることがある。
 まず、クローゼットから目立たないダークな服を選ぶ。次にマニキュアを落とす。ピアスを外す。アクセサリーはつけない。髪の色もできるだけ暗めに、当然、薄化粧に徹する。私が最も好きでない地味なおばさん風に仕上げて生家へ向かうのだ。もちろん手土産は母と嫂用といくつか用意することを忘れない。そして必ず、嫂の手を煩わせないように食事時間を避けて訪れる。もしくは持参する。
 そこまで気を使っても母の世話はなおざりにされているのが目に付く。

 しかし思いがけないことって起きるもの。兄夫婦には息子と娘が二人ずつ居る。四人とも、みな生家の近所で所帯を持っているのだが、なんと甥っ子の嫁たちが母の世話をさりげなくしてくれているのだ。彼女たちは子供もいて仕事も持っているが、合間に母の汚れ物の洗濯までしてくれ、時々、交替で墓参りにも行ってくれているという。
 心の底から有り難かった。いまどきの若い娘はなんて思っていた自分を恥じた。近頃にないうれしさでいっぱいになり、胸の内で甥っ子たちに掌を合わせた。年寄りに対しての心遣いができるなんて、なんという優しい心根。育った環境によるのだろうか。私も若い人から教わることは多いと実感した。

 幸い、母の症状は落ち着き、持ち直してきた。
 それにしても、母が幼いころから可愛がってきた二人の孫娘たちは、母に対してまったく無関心なのはなぜだろう。不思議でしようがない。

コメント
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