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アフガン戦争犯罪で「盗人猛々しい」米  文科系

2020年06月13日 14時43分18秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)

 今日の中日新聞5面、「米、アフガン戦争犯罪捜査承認に反発」「国際刑事裁を制裁可能に」は、最近のアメリカが連発してきた対外「制裁」の、新たなとんでもない無法者ニュースだ。日本の言葉で言えば、「盗人猛々しい」極地だと思う。

 国際刑事裁判所(ICC)が、『米兵や米中央情報局(CIA)要員がアフガン戦争で拷問やレイプなどの戦争犯罪を行った疑いが強いとみて』捜査を再開したことに、アメリカが反発して、ICC当局者への制裁を始めるのだそうだ。その理由がまた振るっていて、『米国の主権を侵害する恐れがあり』『米国の主権と国民を守る』『ICCは役立たずで無責任だ』とあった。対するICCやEU代表は、『大規模な残虐行為の責任を明確にするわれわれの努力を損ねる』、『深刻な懸念』と表明とのこと。なお、アメリカはICCには加盟していないのだそうだ。
 
 さて、このニュースをどう評したら良いのだろう。ただでさえ、国連を振り切って、訳の分からない「有志国集団安保」として出掛けた戦争である。その国に2001年からこれだけ長く居座った米軍が重ねてきた拷問やレイプなど「大規模な残虐行為」を裁くのが、どうして「米国の主権を侵害する」のであるか。例によって暴力にものを言わせて、屁理屈も良いところ。「米国による主権侵害」というならば、よく分かる話だ。
 
 そもそも、こんな戦争が長く放置されて、こんな大規模残虐行為が続いてきた事に諦めが先に立っているのか、世界が無感覚になりすぎていると思う。マスコミ記事を読んでいても「戦争? アメリカの? まーこれが人間だよ」という感じ・・・。第二次大戦直後に示された「世界大戦の反省」の時代、雰囲気を体験したものからすれば、アメリカが起こす戦争に、世界が慣れっこになりすぎている。その暴力による反国際社会的行為を普通の、自然な事のように・・・。

 アフガンから始まった戦争が、イラク、シリア、さらには本命のイランへと続き、関連死含めて200万ほどの人を殺し、何百万という難民を世界にばらまいてEUをパニックにさせたのである。その始まりの地における「大規模な残虐行為」が裁けない?・・・。神も仏もないものか! 米国民の4分の1を占めると言われ、トランプ当選の原動力となったキリスト教福音派には、「神」などいないのだろう。
 

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随筆 僕らのビストロ   文科系

2020年06月13日 10時35分06秒 | 文芸作品

 その店で最初に出てきた前菜を見てかなり驚いた。大きなお皿の上に、スモーク・サーモン鶉卵巻きに鴨の生ハム、フォアグラまで載っている。小っぽけなビストロの、フランス・コース料理としてはぎりぎりの値段で予約したはずが、こんな品々!サーモンも生ハムも全てシェフの、心を込めた手作りのはずだ。試みに聞いてみると、鴨の生ハムなどは十日以上も塩を擦り込み続けたものだという。ここに予約・案内した僕としては、同人誌の仲間七人が大喜びしているのが、涙が出るくらいに嬉しかった。
 このシェフ、僕が二十年以上お付き合いしてきた方である。同居していた両親の生前から、家族三世代で通ったビストロの主で、Yさんと言う。このビストロが、一時期の「イタリア料理人気」に押されて消滅。間もなく、名古屋駅近い高級店の雇われシェフになったという案内があった。そこにも僕はよく通った。家族や友人たちと会食の機会があれば予算が合う限りほとんど利用したし、娘の結婚披露宴二次会もここでやった。この宴は僕が提案したものではなく、僕の知らぬうちに娘が決めていたものである。以心伝心、「僕の心」が娘に伝わっているようで、何とも言えぬこの嬉しさは、今でも時に蘇ってくる。こういうYさんが一か月ほど前に開店したのが、この店だった。「安普請ですが」、最初に訪ねたときに彼が頭をかきながら、癖になっている神経質なマバタキを繰り返しつつの言葉だ。マンションビルの一階端っこ。雇われシェフ数年で貯めた予算などは知れていようと思わせるように小さく、簡素な作りだった。
「○○さん、僕の料理って、そんなに下手ですかねー」。
 鴨を食べながら、思い出していた言葉、光景だ。前の店が閉店すると聞きつけて、最後に訪ねた夜。閉店後二人だけで遅くまでワインを飲んでいた時。父は既になく、母が最後の病床にあって、看病と仕事の板挟みで相当に参っていた僕には、彼の心が手に取るように分かる気がしたものだ。当時の彼に出現して今なお残っている、あの頻繁なマバタキ。誠実な働き者の勲章のような気がして、こんな風に答えたはずである。
「貴方が、こんなに若くしてこれだけの店を構えたのは、修行してきたあんな大きな店で、周囲の誰よりも何でもできると分かったからのはず。下手なわけないでしょう。いろんな時勢が相まって、イタリア料理に押されただけだと思います」

 この同人誌会食から何日か後、二つばかりの予約を入れるために、彼に電話をした。用件が済むとすぐに、急き込むように彼が話し出す。
「先日のお仲間の二人が、順に週一近くの割で予約してくれて、本当に助かってます」
 なんか僕の心が通じているようで嬉しかった。そう、僕はいつの間にかこんな気持ちになっていたらしい。「僕らのビストロ」を持っていく幸せ。短い一生で、二十年以上もつき合って来た仲だ。ましてシェフと客なんて、これだけの大都会でこんな得難い存在も、お互い少ないはず。先が短いと感じ始めたこの身、縁は大事にしたいものだ、な。

 

(2011年5月の所属同人誌月例冊子から)

 

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