左右の老人政治論がネットなどで盛んだが、僕が今最も気になっていることを書いてみたい。日本人の明日の生活のため、孫子のために「日本の運命を左右する最大問題」としてということだ。表題の問題は、ネットで盛んな右の論者には全く欠落しているものである。
正しい知識は構造を成すといわれるが、これは日本の政経、国民生活を見、考える場合も同じことだ。「社会・世界全体をより根本的・長期的に規定する要因」と、短期規定にすぎぬ要因、その中間などがあるからである。そして人には、目前の「今とここ」はわかりやすいが、時空的に遠いものは学習も必要で知りにくい上に、人々も目前の困難対処に迫られる激動の時代では、なおさらこれは見えにくくなるからだ。こういう時の世界諸国の政治がまたさらに、選挙勝利に繋がる利権政治、ポピュリズム政治になっていくから、世界各国がともに、一種の悪循環に陥っていくものだ。
「現実的」と称される目の前の保守、わが国だけのことに目が行っていれば、いわゆるグローバリゼーション経済の本質、金融利益最大化方針資本主義も、米中争覇も見えてこない。が、このふたつは今や、日本の生活・世界全体の生活を、長く深く規定していく最大の要因になっている。それも大変悪い方向へ。ネットなどで政治を論ずる老人は、時間だけはあるのだからこれを論じないでどうすると、僕はずっと言いたかった。
さて、米中争覇は、日本の政経、国民生活をめぐる最大問題になっていくだろう。同時にこの問題は、現行の新自由主義経済グローバリゼーションの最大原理・株主利益最大化方針を市民生活に即して改善していくのに不可欠な「タックスヘブンを使った脱税を止めさせる」や「金融取引税の世界的設定・拡大」などをめぐっても、これらを死守したい英米日が中国と対立するところだ。なぜなら、中国は自分のモノづくりを英米日金融に支配させないだろうからである。アメリカにこれができなければ、米中争覇は中国の勝ちだ。世界のモノ作りは中国にどんどん集まっていくのだから、その金をGAFAMらが奪えなければ、米世界覇権は敗北する。金融資本それ自身は富を生まず、株や為替で他人が生み出した富を取るだけだから。
こんな中でロシアのウクライナ侵攻がおこった。振り返れば二〇一四年、ウクライナ・マイダン暴力革命に端を発してすでに一万人が亡くなったと言われるウクライナ・ドンパス紛争によって、G8がロシアが追い出して、G7になった。以降のロシアはあからさまに中国よりになっていく。中ロが結びつけば、中国のアメリカに対する最大弱点・エネルギーも、エネルギー資源国ロシアの富も確保されるのである。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。マイダン革命後のウクライナ政権人事がウクライナ駐在米大使らによって決められていたと言うニュースは、ヨーロッパには知れ渡っている。その狙いは、NATOを通じて親中ロシアを滅ぼすこと。ところがウクライナ戦争の後には、ロシア・ルーブルは全然下がっていないどころか上がっている。戦争以前一ドル七五ルーブルだったが、戦後一時一五〇ルーブルに下がって、六月末には五三ルーブルに上がりなおした。中国やインドがロシア原油などを超大幅に買いましたからだ。ロ・ウ戦争はこうして、ロシア制裁をめぐる世界経済のブロック化とともに、軍事ブロック化も進めているのである。日本を規定してきた金融株主グローバリゼーション時代が、世界史上ろくなことがなかった「ブロック経済」、「軍事ブロック」世界時代へと、ロ・ウ戦争によって幕開けたのである。この経済・軍事ブロック化に関わって、ロ・ウ戦争で新たな事態がどんどん顕かになっている。
ウクライナ戦争の対ロ制裁に賛成していない国がアジア、アフリカ、中南米などにも意外に多い。「アジア諸国の中国寄り情報」もどんどん入ってくるようになった。ちなみにここで、中国にインド、そしてG20国の一つインドネシアを加えると、将来世界の一般消費のどれだけ分になるかを考えてみればよい。世界最大のマーケットは中国圏の中と言えるのだ。アメリカは中印関係を裂こうと腐心し続けてきたが、インドはBRICS加盟を止めず、アメリカでなくロシアから大型ミサイル兵器をつい最近輸入した。さらには、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカで形成するこのBRICSに、G20国の一つアルゼンチン、イランなどが加盟を申し出ている。同じくG20国の一つ、トルコも米ロ関係においては微妙な立場を取り、最近ロシアから高価なミサイルセットを買った。
次に、そのインドネシアなども含めた東南アジア諸国はそういう中国に近づき、むしろアメリカには警戒している。そもそも東南アジアでウクライナ戦争に対する対ロ制裁に加わったのはシンガポールだけだったし、その多くが「日米以上に中国がパートナー」とふるまっているという情報も広がっている。むしろ「アセアンが団結して米中圧力を排し、中立の立場で」と繰り返してきたと、最近の新聞に報道されている。
大国争覇の攻防史は常に血みどろだったとは、歴史学史上「トゥキディデスの罠」として知られたものだ。が、民主主義が発展した二〇世紀にはふたつの平和的な大国後退が生まれたと言われている。第二次世界大戦後に当時の大英帝国がその膨大な植民地をほぼ平和裏に手放したこと。次いで、米ソ冷戦時代は、ゴルバチョフが「負けた」と手を挙げたことによって、ソ連邦解体までほぼ平和裏に進んだ。今アメリカが仕掛け始めた「中国相手の経済・軍事ブロック化」というチキンレースは、一体どういう進行、結末をもたらすのか。日本が今のまま金融利益最大化方針資本主義でアメリカについていけば、その対中覇権闘争の前衛手段にされることは必至である。日本には積年の対アメリカ重大弱点もあって、それがいつでも脅迫手段になりうるからだ。傾きかけていく世界通貨ドル体制死守の目的で、日銀が行ってきた禁じ手「財政ファイナンス」や政府が先導してきた官製の「株バブル」がアメリカ金融によって衝かれることである。それは、経済全盛期日本をどん底に突き落とした「一九九〇年代の日本住宅バブルの破裂」や東芝の今などを見てもわかることである。日本はトリプル安という形でいつでも捨て去られる国になっている。
日本でノーベル経済学賞にもっとも近かった人物の一人、森嶋通夫は晩年の二十世紀末から、こう提言してきた。「日本はアジアにこそその将来を求めるべきだ」。日本の政治の貧困から「精神、金融、産業、教育の荒廃」が起こっていると。それを止める唯一つの救済策が東北アジア共同体であると。