2015年12月10日(木)曇 6.6℃~-1.7℃
「四季百彩に包まれた百済寺」
旅行2日目(11月20日 金)湖東三山西明寺の門限が16:30なので、東福寺の見学はあわただしく12:35バス乗車⇒滋賀県百済寺へ。
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湖東三山とは琵琶湖の東にある百済寺、金剛輪寺、西明寺の三つの寺。京都を後にして大津インターより名神高速道路へ13:20。大津SAでトイレ休憩とお土産を買う。澄み切った青空、遠くに見える琵琶湖。思わずシャッターを押した。
ここで京都大原の料理旅館「魚山園」の弁当を積み込み車中で昼食をとる。大原三千院の前にある有名な料理旅館の弁当を味わう。湖東三山PAで下り湖東三山では最古の寺百済寺へ。
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京都の寺と違い観光客も少ない。ゆっくりゆっくりと木立の中石段を上る。10分くらいで本堂へ着いた。
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本堂周辺のカエデなどがあり色づいていた。時間があれば四季百彩に包まれた百済寺「地上の天国」といわれる『喜見院の庭園』。山上眺望の見事なパノラマ、巨石を組み合わせ、石間から流れる出て渓流となるように作庭された池泉ををじっくりと見て歩きかった。
少しだけ眺めて石段を下りた。改めて『喜見院の庭園』を見に訪れたい。
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百済寺は、今から1400年前の推古14年(606)に、渡来人のために聖徳太子さまが創建された近江の最古刹です。
像高2.6mの十一面観音を本尊とし、御堂は百済の「龍雲寺」を模して創建され、開闢法要には、高句麗僧「恵慈」を咒願とし、百済僧「道欽」や暦を伝えた「観勒」も永く住したと伝えられております。
その後、鎌倉時代からは「天台別院」と称され、1,300人が居住する巨大寺院となりましたが、惜しくも天正元年4月11日に信長の焼討ちに遭いました。
この寺は最後の山城といわれている。焼き討ちした信長は、寺の石垣を最初の平城といわれる安土城の築城に使った。
「四季百彩に包まれた百済寺」
旅行2日目(11月20日 金)湖東三山西明寺の門限が16:30なので、東福寺の見学はあわただしく12:35バス乗車⇒滋賀県百済寺へ。
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湖東三山とは琵琶湖の東にある百済寺、金剛輪寺、西明寺の三つの寺。京都を後にして大津インターより名神高速道路へ13:20。大津SAでトイレ休憩とお土産を買う。澄み切った青空、遠くに見える琵琶湖。思わずシャッターを押した。
ここで京都大原の料理旅館「魚山園」の弁当を積み込み車中で昼食をとる。大原三千院の前にある有名な料理旅館の弁当を味わう。湖東三山PAで下り湖東三山では最古の寺百済寺へ。
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京都の寺と違い観光客も少ない。ゆっくりゆっくりと木立の中石段を上る。10分くらいで本堂へ着いた。
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本堂周辺のカエデなどがあり色づいていた。時間があれば四季百彩に包まれた百済寺「地上の天国」といわれる『喜見院の庭園』。山上眺望の見事なパノラマ、巨石を組み合わせ、石間から流れる出て渓流となるように作庭された池泉ををじっくりと見て歩きかった。
少しだけ眺めて石段を下りた。改めて『喜見院の庭園』を見に訪れたい。
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百済寺は、今から1400年前の推古14年(606)に、渡来人のために聖徳太子さまが創建された近江の最古刹です。
像高2.6mの十一面観音を本尊とし、御堂は百済の「龍雲寺」を模して創建され、開闢法要には、高句麗僧「恵慈」を咒願とし、百済僧「道欽」や暦を伝えた「観勒」も永く住したと伝えられております。
その後、鎌倉時代からは「天台別院」と称され、1,300人が居住する巨大寺院となりましたが、惜しくも天正元年4月11日に信長の焼討ちに遭いました。
この寺は最後の山城といわれている。焼き討ちした信長は、寺の石垣を最初の平城といわれる安土城の築城に使った。
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