あかない日記

写真付きで日記や旅行・趣味を書き留める

静岡紀行 伊豆の国市 伊豆のへそ 

2019-01-14 | 国内・静岡

 

      

 

  沼津から南下 
  伊豆の国市 国道414号沿いある
  道の駅「伊豆のへそ」に立ち寄る。

  
  この地点は 伊豆半島の東西と南北の道路が
  交わる交通の要所であるので

  このことから「伊豆のへそ」と命名されたのかと思ったら
  伊豆半島の中央に位置し 隣接する
  岩山「城山」の形状が  “へそ” のように見えるからとのこと。

  2005(平成17)年8月 道の駅に登録されている。

   因みに  NHKの「チコちゃんに叱られる」で
  「日本のへそ」について触れられていたが
   “伊豆のへそ”とは少々スケールは小さい。

 

 


静岡紀行 沼津市 沼津港深海水族館

2019-01-12 | 国内・静岡

 

 

  「港八十三番地」内に「沼津港深海水族館」がある。

  深海をテーマにし 日本一深い駿河湾の深海と
  3億5千万年前から深海で生き続けていた
  深海の生きた化石シーラカンスを目玉としている。

  深海生物をテーマとした水族館は世界初という。

  水深200mを超える海域を“深海”と呼ぶが
  静岡には最深部 2,500m の駿河湾があり、

  深海生物の宝庫で また沼津港を地元が
  自慢できる港にしたいとの思いから、
  地元の水産会社が約6億円をかけ、
  2011年に沼津港に創設した。


  1階は 深海をテーマにし 
   駿河湾や世界中の深海生物を中心に

   また世界中の変わった生物も展示している。

  2階には博物館「シーラカンスミュージアム」と
  ミュージアムショップが設置されている。

   
  
   (NHK旬感☆ゴトーチ! 2019/1/7から)

 
  深海生物は捕獲や飼育が難しく
  その生態も多くが謎に包まれている。

  また 目玉の冷凍2体と剥製3体のシーラカンスは
  ワシントン条約に規制される前に捕獲された日本で唯一
  国際希少野生動植物種登録票の発行された5体である。


  なお シーラカンスは ワシントン条約で
  第I類「絶滅寸前種」に指定され

  1991年から輸出入や商業利用が一切禁じられ
  生きた個体を見ることは不可能になっている。

  よって、冷凍のシーラカンスを
  見られる水族館は世界初とのこと。

   食欲同様に入館までに至らずでした・・・

 

 

 


静岡紀行 沼津市 港町十三番地

2019-01-11 | 国内・静岡

 

 

  沼津港の飲食街の一角に 

  美空ひばりの唄「港町十三番地」を思わせる

  「港八十三番地」と名の付く飲食街(2011年12月開業)がある。

        

              (NHK旬感☆ゴトーチ! 2019/1/7から)

 


         深海魚を使った丼やバーガーも紹介していた。

 

    当方 深海魚には食欲がわかず遠慮した。

     

 
      この番地内には 飲食店等8軒と深海水族館がある。

   


静岡紀行 沼津市 展望水門「びゅうお」

2019-01-10 | 国内・静岡

 

                  沼津港大型展望水門「びゅうお」

  沼津港の内港から外港に出るところに
  設けられている水門は

  東海地震の津波を防ぐ目的で
  
9年の歳月と総事業費43億円をかけ
  2004(平成16)年9月に運用を開始した。

   *東海地震は、南海トラフ沿いで
    想定されている大規模地震のひとつで、

    駿河湾から静岡県の内陸部を想定震源域とする
    マグニチュード8クラスの地震をいう。


  水門扉は重量406t、幅40m、高さ9.3mあるが
  地震計で250ガル以上
  震度5強以上の地震を検知すると

  自動的に閉まり約5分で完全閉鎖する。

  また 津波避難施設としての役割も持ち
  平常時は展望施設として使用されている。

  「びゅうお」の名称は 
  一般からの公募により景色・眺め等を

  意味する「VIEW」と魚の「うお」から命名された。

  両岸の間は幅4m 長さ約30mの連絡橋で繋いでおり
  両岸に2基のエレベーターが設置されており
  地上約30mの展望回廊まで登ることができる。

  展望回廊からは
  北・西に 愛鷹山 富士山 箱根山 
  南に達磨山が展望できる。



      

                   駿河湾に沈む夕日(資料から)

 

 


静岡紀行 沼津市 沼津漁港

2019-01-09 | 国内・静岡

 

 

      
   

 沼津御用邸から北東 沼津漁港へ

  大型船が停泊する外港と
  漁船が停泊する内港に分かれている。


 元は狩野川の右岸(現・永代橋付近)にあったが

 1933(昭和8)年 現在の内港が完成。

 その後 船舶需要の増加に伴い

 1970(昭和45)年に外港が造られた。

 水揚げ量は、静岡県では2位
 全国で15~ 20位の漁獲量がある。

 

 港の東側、狩野川との間には
 寿司や海鮮料理等の飲食店が軒を連ねる。


 かつては沼津駅から沼津港駅までの
 貨物専用線として沼津港線(通称:蛇松線)があったが

 1974(昭和49)年に廃線になっている。



 

   INO(イーノ)内部 見学デッキから

 2007(平成19)年には
 国土交通省の「みなとオアシス制度」に登録。
 同年 「沼津魚市場 INO(イーノ)」がオープンしている。

 豊洲市場もこの見学方式が取り入れられている。 

 

            セリ売りの状況

 


嘉納治五郎 講道館柔道

2019-01-07 | 出来事・行事

  

             碑「講道館柔道発祥之地」(永昌寺境内)

 

      前回に続き 嘉納治五郎について触れる。

    東京・台東区東上野5丁目 浅草通り脇に永昌寺があり
    この境内に「講道館柔道発祥之地」の碑がある。 

 

     
   嘉納治五郎は 1881(明治14)年 東京大学を卒業 学習院に奉職したが
  翌年2月から ここ永昌寺内に居住して 同寺書院を道場として
    学生を養い 柔道を中心とする訓育を始めている。
  これが 唯一の国技 講道館柔道の発祥になった。

      

 
  説明文には


    明治15年(1882)、講道館柔道の創始者嘉納治五郎(1860~1938)が
   友人や門弟とともに稽古をはじめたところが、当下谷永昌寺の書院であった。
   これが今日、 世界各国に普及し国際的な広がりを持つ
   講道館柔道の発祥とされている。道場となった書院の広さは十二畳、
   初年の門弟は九人であった。
   同年夏、当時の住職 朝舜法(1837~1914)の協力を得て、
   玄関脇の空地に, 十二畳のバラック建て道場を新築したが、
   翌16年(1883)神田に移った。
    永昌寺は、浄土宗で 永禄元年(1558) 下谷長者町に創建
   寛永14年(1637)現在地に移転した。
    大正12年の大震災により 当時の建物は焼失している。
   境内の「講道館柔道発祥之地」と刻む自然石の記念碑は、
   昭和43年10月、嘉納治五郎 没後30周年を記念し、講道館が建立した。

      平成13年3月 
                    台東区教育委員会
         

  

    嘉納治五郎が興した柔道の総本山 講道館国際柔道センター(東京・文京区)

 

 


嘉納治五郎

2019-01-06 | 出来事・行事

        

           筑波大学の構内に嘉納治五郎先生の銅像が建つ
             (生誕150周年記念として建立)

  

  前回 金栗四三に触れたが

  その師でもある嘉納治五郎(1860-1939)は

  東京帝国大学を卒業後,講道館柔道を創設した。
  その後 筑波大学の前身である
  高等師範学校・東京高等師範学校の校長を
  3期23年半にわたって務め 教育改革を行いつつ
  日本の学校教育の充実 体育・スポーツの発展に尽くした。

  そして 近代オリンピックの父
  クーベルタン男爵も同時代を生き
  オリンピック・ムーブメントを通して
  平和な社会の実現に邁進した。


  そんなオリンピック・ムーブメントを背景に
  今日1月6日から NHK大河ドラマ
  「いだてん〜東京オリムピック噺〜が始まる。

   日本が初めて夏季オリンピックに参加した
  1912(明治45)年のストックホルムオリンピックから
  幻となった東京オリンピック開催を決めた
  1936(昭和11)年のベルリンオリンピック(1936年)を挟んで
  1964(昭和39)年の東京オリンピック開催までの52年間の歴史を
  日本人初のオリンピック選手となった
  “日本のマラソンの父” 金栗四三と
  東京オリンピック招致に尽力した
  田畑政治(日本水泳連盟元会長)の
  二人の主人公をリレーして描くそうだ。


  なお 1912年のストックホルム大会に
  嘉納治五郎は 団長として
  東京高等師範学校地歴科の金栗四三(マラソン)と
  東京帝国大学の三島弥彦(短距離走)を連れて参加している。


  また大河ドラマでは
    嘉納役に 役所広司 
    金栗役に 中村勘九郎
    田畑役には 阿部サダヲが演じる。

 

 

      


箱根駅伝 金栗四三

2019-01-04 | 出来事・行事

      
            (NHK「奇跡の聖火ランナー」から

 
  第95回箱根駅伝
  青山学院大学の優勝が有力視されていたが

  東海大学が初の箱根総合優勝し
  青学の5連覇を阻む結果に終わった。

  この箱根駅伝の創設に尽力したのが
  “日本マラソンの父” 金栗四三という。

  箱根駅伝の最優秀選手には「金栗杯」が贈られる。

  これから始まるNHK大河ドラマ「いだてん」は
    この金栗がモデルになっており
   1912年 第5回 ストックホルム大会
   1920年 第7回 アントワープ大会
   1924年 第8回 パリ大会
  とオリンピックに3回も出場している。

  また 日本のランニングシューズの
  原点が「金栗足袋」と言われ

  加えてもう一つ グリコの商標マークのモデルでもある。

  看板にある金栗の名言
  「体力」「気力」「努力」は 今の我々にも必要で!


  「ボーと生きているじゃねーよ」ですね!!

   
      (筑波大学ギャラリーから)

 


一般参賀

2019-01-02 | 出来事・行事

      

 

 

  平成の年 最後の年明けになった。

  この暦は昨年 沼津御用邸に訪れた時 買い求めたが

  最初の1枚は御皇室一家がお揃いです。

   また今日は一般参賀が行われ
  
  例年以上
最多の15万人の人々が訪れ 
  
  両陛下の意向で2回増やして7回お立ちになったという。


  
  振り返れば平成の年は 自然災害が多く
  
  天皇陛下はその都度


  災害地へ見舞いに訪れていたが
 
  新しい
年にはこのようなことがないように

  また皇室もこの1年は大変な行事が控えている

  無事に済まされることを祈っている。

 


 


謹賀新年

2019-01-01 | 出来事・行事

 

 

 

         明けまして おめでとうございます。

 
          平成31年 最後の年
 
             当ブログも おかげさまで 9年目になります。

           今年も よろしく お願いいたします。