いつも驚くばかりだが奥山氏のご意見はめったに言えない真実であり、歯に衣を着せない。以下は奥山篤信氏のご意見。
しかし外国との取引をしたことない奴はだいたい日本人相手の日本でしか通用しないように振る舞うので全く国際舞台はダメなんだなあ
そうかと言ってアベのような球拾い外交は可愛がられてもトランプの本心は、アベは彼のボールボイに過ぎないでしょうがね。
全くわかっていないのだ。そういう話を堂々と出来ない毛唐との関係なら、それは友人でもなんでもない赤の他人同士でお互いにお世辞を言う薄っぺらで表面的な関係に過ぎない。
本物の国際性とはこう言う話をぶつけあることができる関係であって語学力も必要だろう。
絶対に相手に馬鹿にされないように、時には戦う姿勢が鍵なのだが、日本は財界人も政治屋も毛唐なら歓待して絶対に逆らわないように<薄ら笑いを浮かべ→これが毛唐にとってincomprehenisive smile
★ さすが豪快剛毅、(ここで言葉狩りをして批判する人は何もわかっていないのだろう、時々いるのだ。)
奥山氏は8か国語を自由自在に駆使され、外国でも活躍され国際経験豊かなお方である。
森元総理はよく誠意を尽くし頑張っておられるのに!!
中国側の要求に対し、日本側からは「そうしたことは絶対に起こりえない」との説明があったということです。
全文は下記のリンクをクリック
https://news.yahoo.co.jp/articles/6d5a9a7971f0d1eac559fbe0b68349bfdb811473
習近平の「布団半分を分かち合う」発言が話題 市民「それより今まで奪ったものを返せ」
昨日の私のブログでもご紹介しましたが、複数のルートから聴こえてくるニュースです。
中国、報道官発言に批判相次ぐ 「人民こそ共産党の堅固な鉄壁」
https://news.yahoo.co.jp/articles/39443a3e83f400af5ab90167dca4ed4679f2c4c7
ブログのティールーム
昭和八年(1933年)・東京音楽学校奏楽堂の演奏録音(ローエングリン)
youtubeの解説を転載しました。
昭和8年、東京音楽学校奏楽堂におけるレコード録音。楽曲は「ローエングリン」。指揮・クラウス・プリングスハイム。ドイツ・ミュンヘンの生まれ。ピアノをシュタフェンハーゲンに師事。指揮はトゥレンに学び、グスタフマーラーに作曲法と指揮を学んだ。プラハのドイツ劇場、ベルリンのマックス・ラインハルト劇場の音楽監督を歴任。
演奏・東京学校管弦楽団。独唱・増永丈夫(*すでに流行歌手藤山一郎としてデビュー) マリア・トール(ソプラノ)。増永はクラウス・プリングスハイムに音楽理論と指揮法を学ぶ。この録音の時、卒業を控えた東京音楽学校4年生。マリア・トールはベルリン国立音楽学校でヴァイゼンホルンに声楽を師事。欧州で活躍した。東京音楽学校の招聘により同校の教授となる。
ここからブログ主の話です・・・東京音楽学校が「西欧」の音楽、モーツアルトではなく特に難解なヴァーグナーの「ローエングリン上演」に総力をあげていた時代のこと、呼び寄せた一流の教授陣の指揮者プリングスハイムは作曲家マーラーの弟子だった。天下の東京音楽学校(現在の東京芸大)よくヴァーグナーを上演したと思う。まだ「西洋音楽の黎明期」だったのに。オーケストラもヴァーグナーの演奏は苦難だったようだ。
もうひとりの教授、ソプラノのマリア・トールは声楽の名教師であるヴァイゼンホルンに師事、マリア・トールはあのマックス・ローレンツと同門であった。
私が15歳で師事した音大教授は当時かなりのお歳で門下生に厳格、ドイツオペラ・ドイツリートに堪能で、ドイツ語ができたというのも、東京音楽学校でマリア・トール教授の弟子だったこと。(声楽のレッスンはもちろん個人教授、1対1である)
それから私はその先生にイタリアオペラを学ぶことは難しいと知り、ジーリやシミオナートと親しいイタリア人声楽教師に入門し、ずっと後になって戦前のプリマドンナだったN女史に出会ってイタリアでもご一緒し、ずっと話し込んだが、N女史の夫君は日本ではじめて「楽器論」をお書きになり、朝ドラ「エール」の古関裕而氏や指揮者の朝比奈氏・山田氏・渡邊氏を教え、夫人のN女史の為にオペラも作曲、しかしN女史はイタリアオペラの伝統とベルカント唱法を学びに渡伊、作曲家のレスピーギやマリピエロらと親交を深められたという。
もちろん、もうとっくにお亡くなりになったが・・・私はよく声をかけられ本当にかわいがっていただいた。
マックス・ローレンツ(ローエングリン)