【西田昌司】福井地裁の大飯原発再稼働差し止め判決、今一度事実の再点検を[桜H26/5/22]
★ 西田先生、疲労が隠せない状態のようで心配です。
脱原発では国家が持たない、景気が回復したが電力が極端に値上がりしている。
これでは中小企業が持たない。
今も赤字経営だが、これから「再稼働」があるから、と希望があった。
すぐに上告するが、燃料代は莫大な金額を海外に払わなければならない。
国内の製造業が成り立たなくなる。
こういうことを国民がどれだけ知っているのか、裁判所も知らない。
一方でもし事故があったらということも考えていて、放射線の被害はどうなのか、
西田議員が説明している。
★ 三橋貴明氏からも・・・
大変な事態になってしまいました。
いや、もうこれ以上は「大変な事態」がお腹一杯という方が多いでしょうが、これは本当に大変な事態です。
福井地裁が関西電力の大飯原発3号機、4号機について、運転の差し止めを命じる判決を下したのです。
『大飯再稼働、差し止め命じる 生存と電気代、同列許さず
http://www.asahi.com/articles/ASG5P521XG5PPTIL014.html?iref=com_alist_6_01
関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)をめぐり、住民らが関電に運転の差し止めを求めた訴訟の判決が21日、福井地裁であった。樋口英明裁判長は「大飯原発の安全技術と設備は脆弱(ぜいじゃく)なものと認めざるを得ない」と地震対策の不備を認定し、運転差し止めを命じた。関電は22日にも控訴する方針。
2011年3月の東京電力福島第一原発の事故後、原発の運転差し止めを求めた訴訟の判決は初めて。大飯原発は13年9月に定期検査のため運転を停止し、新規制基準に基づく原子力規制委員会の再稼働に向けた審査を受けている。
この判決が確定しない限り、基準に適合すれば大飯原発の運転は可能だ。ただ、司法判断を無視しての強行には世論の大きな反発も予想され、安倍政権の再稼働方針に対する足かせとなることは必至だ。(後略)』
樋口裁判長は、
「生存を基礎とする人格権は憲法上の権利であり、法分野において最高の価値を持つ」
と述べ、差し止めの判断基準は、
「新規制基準への適否ではなく、福島事故のような事態を招く具体的な危険性があるか」
であることを挙げたのです。
すなわち、現在、各電力会社が進めている原子力規制委員会の新規制基準へ適用し、再稼働するというプロセスを、根底からひっくり返してしまったのです。これでは、たとえ電力会社が新規制基準を完璧に満たしたとしても、各地で訴訟が相次ぎ、運転再開を差し止められる事態になりかねません。
当然といえば当然ですが(当然では困るのですが)、今回の判決に「エネルギー安全保障」という文言はありません。
しかも、裁判の原告は福井県民を中心とした189人に過ぎません。理屈では、原告が1人であっても「生存を基礎とする人格権」を盾に、原発再稼働を司法により差し止めることが可能になってしまいます。
関西電力は、もちろん耐震化工事を進めており、基準地震動の1・8倍にあたる1260ガルに達しない限り、メルトダウンには至らないと主張したましたが、判決は、
「その規模の内陸地殻内地震は大飯原発で起きる危険がある」
でした。
もちろん、関電がさらなる地震対策を実施することは可能です。例えば、中部電力は浜岡原発について、
「駿河湾の地震が発生し、最大1900ガルの地震動が発生した場合」
という、物凄い想定で耐震化工事を進めています。
問題は、朝日新聞が嬉しそうに書いている通り、
「司法判断を無視しての強行には世論の大きな反発も予想され」
の部分です。各地で原発再稼働の差し止めを求める訴訟が相次ぎ、司法が次々に差し止めを命じる判決を下していった日には、「世論的」に再稼働ができなくなる可能性があります。問題が多い原子力規制委員会は、そもそも反原発派の委員が中心ですので、世論を大いに汲み取り、再稼働を先延ばしにしていくでしょう。
繰り返しますが、大変な事態になってしまいました。
こうなると、もはや「世論戦」です。このタイミングで、TAC社から『マスコミが伝えない「原発ゼロ」の真実』(仮タイトル「電力崩壊!」)が出る(まもなくです)わけですが、エネルギー問題にさらに注力する必要があると感じました。冗談抜きで「電力崩壊!」になりかねません。
そして、電力が崩壊するとは、日本経済が壊れてしまうという話になります。少なくとも、貿易赤字の更なる拡大と電気料金引き上げによる可処分所得の縮小は免れないでしょう。
ところで、わたくしは現在、「移民亡国論」の執筆の佳境ですが、ドイツが「移民受け入れ先」で世界第二位になったとのことです。トップは勿論アメリカですが、ドイツはカナダを抜いてしまったわけで、すごい話です。
先日、ドイツですら「実質賃金」が下がっていると書きましたが、無理もありません。
『ドイツが米国に次ぐ移住先に、南欧から急増=OECD調査
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0E102320140521
経済協力開発機構(OECD)が20日に発表した2012年の移民に関する調査で、ドイツに流入した移民の数が前年から40万人増え、38%増となったことが分かった。
OECDは、移住先で1年以上の滞在が可能な永住型の移民を調査。その結果、ドイツはOECD加盟国の中で米国に次ぐ最大の移住先となり、中でも増加が目立ったのは南欧諸国からの移民だった。ドイツは2009年には8位だった。
OECDのトーマス・リーヒッヒ氏は移住先としてのドイツの人気について、「誇張ではなく、本当にブームだ。他のOECD加盟国にこのような増加はみられない」と述べた。
一方、債務危機に陥り緊縮財政が導入されたスペイン、ポルトガル、ギリシャでは若年層の失業率が急上昇した。』
ユーロ圏内で負け組になった南欧諸国から、勝ち組のドイツに「ヒト」が移動していく。まさに、グローバリズムですが、現実には外国移民は受け入れた側も、移民した側にとっても様々な軋轢や負担、社会的コストを強います。
特に、「移民した側」にとってのコストはあまり語られることがありませんので、「移民亡国論」はドイツのトルコ移民の例を取り上げ、我が国が移民を受け入れることが我々にとってはもちろん、移民(外国人労働者として働きにくる人を含みます)側の問題についても書いています。