カスティーリヤの英雄エル・シッドは暗愚な王に嫉妬され追放されたりするが、それは王を救ったのに「救援に来るのが遅れた」ということで、遅れたのは王が自分よりも優れた将軍であるエル・シッドのジャマをしたせいであった。
しかし、それでも祖国の為に戦うエル・シッドに人々は心を寄せるようになる。
マリオ・デル・モナコの名唱でお聴きください。
負け戦になるような戦いでもエル・シッド(オペラではフランス語で「ル・シッド」)は
神に祈り出陣を決意します。
Mario del Monaco - Massenet -Le Cid- Ah! tout est bien fini...
そして、結果は「勝利」でした。
WIKIによると・・・
>・・・「エル・シッドとイスラーム教徒」
レコンキスタの『英雄』として見られることの多いエル・シッドだが、現実の彼は反イスラーム主義ではなくイスラーム教徒とも親しく付き合っていた。また追放されていた最中には、サラクスタのタイファ、アル=ムクタディル(スペイン語版、英語版) (al-Muqtadir) の元に身を寄せ、その息子、孫3代に仕えてアラゴン王国への侵攻の指揮などをとっている。
★ ところで自民党の見解にはガックリですよ。なんですか?これは!
なぜ日本に不利なこと、しかも正確でないことを付け加えるのでしょうね。
>・・・「 南京事件に関して「確かに南京で非戦闘員殺害や略奪行為があったことは
認めるが、(犠牲者の)人数にはいろんな議論がある」