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「音楽に国境はある」
当たり前である。音楽は思考の産物だ。人間は言語で思考するのが普通だ。言語に国境があるのであれば、当然音楽にもある。
ただ、国境があるから通じない、というのは間違い。言葉が通じなくても通じることはある。ボディ・ランゲージを代表とする非言語のコミュニケーションはいろいろある。音楽もその一つだろう。
音楽で気持ちが通じることはよくある。だから「国境はない」と言った人がいるのだろうが、それは言葉のアヤ。外国人がお土産持って訪ねてきて、それを親愛の情だと受け取らない人は、相当の変わり者だ。だからと言って、言葉が通じなくても気持ちが通じたから「国境はないんだね」と言う人がいるだろうか。
明日からリハーサルにはいる中村滋延作曲の「Passion」(3年ぶりの再演である)、この曲からは「日本語」が聞こえてくる。
止めてよ止めてよ止めてよ止めてよ・・・待ってよー
とか
いやだー いやだー
とか・・・。
少々ネガティブな日本語になってしまったのが申し訳ない。「安いよ安いよ」でも「来なはれ来なはれ」でも良いのだけれど。
と、本来伝えるべきところから大きく逸脱してしまった。閑話休題。
桧垣智也「アクースモニウム」のリサイタルが今月27日、アクロス福岡の円形ホールで開かれる。アクースモニウムは「多次元立体音響装置」と訳されるが、10個以上のスピーカーを会場のあちらこちらに仕掛けて、それを駆使して音楽を再生させることを指すと言えば良いだろうか。
私はコンピュータ音源とヴァイオリンのための作品を演奏することになる。コンピュータ・オーケストラとコンチェルトをやるようなイメージだが、このコンピュータ・サウンドがなかなか多彩で、神秘的かつ不思議な音がする。でもニ短調だったりして、しっかり調性感のある音楽である。
しかしヴァイオリン演奏者は、この本当の面白さがわからない。客席で聴くと、音が上下左右前後に飛びまわっているらしいのだ。これは聴衆の皆さんのみが楽しめるのである。アクースモニウムが発明されたのは1974年らしいが、いやはや、これぞ21世紀の音楽ではなかろうか。
他に今史郎が大阪万博で発表した電子音楽の蘇演などもあるので、ご都合のつく方はぜひご来場を。2011.9.27, 開演19:00 アクロス福岡円形ホール。