オーケストラの音色は指揮者が作るのか、楽器演奏者が作るのか、という大テーマを述べるつもりではない。(が、その答は「両者で」となるだろう。)
近年、昔のN響の演奏を聴く機会が増え、昔と今では考え方が変わったなあ、と感慨深く思うことが多い。
筆者がその昔、N響のエキストラ奏者の仕事をしていた時(1982年頃)、後ろの方に座っているヴァイオリン奏者は、ものの見事に音量をあまり出さなかった。
正確には、隣のSさんのみ、本物のフォルテで演奏していた。SさんはN響をやめられたばかりの団友さん。
どうしてこうもフォルテの箇所をフォルテで弾かないのか先輩に尋ねたところ「みんながフォルテで弾くと音が溶け合わずに汚くなるから」という答が返ってきた。
本当にそうかなあ、と、なかなか納得がいかなかった。
(こう考える人には仕事の話は来ない)
近年、昔のN響の演奏を聴く機会が増え、昔と今では考え方が変わったなあ、と感慨深く思うことが多い。
筆者がその昔、N響のエキストラ奏者の仕事をしていた時(1982年頃)、後ろの方に座っているヴァイオリン奏者は、ものの見事に音量をあまり出さなかった。
正確には、隣のSさんのみ、本物のフォルテで演奏していた。SさんはN響をやめられたばかりの団友さん。
どうしてこうもフォルテの箇所をフォルテで弾かないのか先輩に尋ねたところ「みんながフォルテで弾くと音が溶け合わずに汚くなるから」という答が返ってきた。
本当にそうかなあ、と、なかなか納得がいかなかった。
(こう考える人には仕事の話は来ない)