学生時代,千香士先生からは「ヴァイオリン弾きは,協奏曲やソナタなどだけでなく,小品も弾けなければ一人前とは言えない」旨のことをよく言われた。いわゆるヴァイオリン的な魅力は,小品の方により多く含まれている,という主旨である。
それを軽視する風潮に「誰がヴァイオリンを殺したか」などという物騒なタイトルで本を出し,警鐘を鳴らした評論家もいらっしゃった。(でもこれは正論だと思った。)
ヴァイオリン界には,ヴァイオリン弾きはバッハ(無伴奏)とパガニーニ(CAPRICE)が弾けなければならない,という定説もある。ややアプローチの違いを感じるものの大同小異,同根の思想と言えるだろう。片や構築性の象徴,片やファンタジー性の代表格,といったところ。
構築性こそ,クラシック音楽の一大特徴だ。他の音楽でこんなに所要時間の長いものは無い。一方「ファンタジー性」という言葉を使わせてもらったが,言ってみれば「わぁ!すごい!」という要素のこと,これは(もっと穏やかなものも含めて)音楽全般に不可欠なものであり,全ての音楽が共通に持ち合わせている要素と言って差し支えないだろう。エンターテイメント性と言っても良い。
この「わぁ!すごい」の要素,ヴァイオリンには特に多く含まれるように思えてならない。ピアノのリストもすごいかもしれないが,パガニーニの「すごい」と比べてどうだろうか?
それでもリストは「すごい」部類に属すると思うが,ショパンにそのような要素を感じるだろうか?
ヴァイオリン以外で「すごい」と思うのはトランペット。ちょっと古いかもしれないけれど,アンドレ,ドクシツェル,ジャンルは違うけれどファーガソン,マルサリスなんて人達はすごいと思う。クラリネットのストルツマン、トロンボーンのリンドベルイもすごい。
でも,それくらいで終わる。ステキだとは思ったフルートのランパル,クラリネットのランスロ,サックスのデファイエ,でも「すごい」というニュアンスではないのだ。
ポッパーのハンガリー狂詩曲(チェロ)は多少すごいかもしれないけれど,ツィゴイネルワイゼンほどすごいか?
どれを比べても,ヴァイオリンほど「すごい」とは思えないのだ。トランペット等は「すごい」のだけれど,如何せん音域が3オクターヴには至らないし,重音もできない。
と書くと,他の楽器のひいき筋からはヴァイオリンを自慢しているように見えるかもしれない。
さにあらず!
ヴァイオリン弾きには,その「すごさ」が課せられるため,大変な重荷を背負っている,というグチをこぼしているのである。(もちろん,その両方の要素を強く含むところが魅力になっていることは充分理解した上での話。)
「構築性」は知的なアプローチを必要とする。「ファンタジー性」には豊かな感性を必要とする。人間大抵どちらかが優っていて,他方は少ないものだから,みんな苦労する。バッハや古典派の楽曲には前者の要素が強く,ロマン派楽曲は後者の要素が強い。ちなみに筆者は感情的な人間なので,「構築性」が優る曲の方が表現しやすい。自分と同質な音楽なんて,恥ずかしくて演奏できますかいな。