今日のひとネタ

日常ふと浮かんだことを思いのままに。更新は基本的に毎日。笑っていただければ幸いです。

神様はバンドも神様級でした: > 岡林信康「1973PM9:00→1974AM3:00」

2022年10月21日 | 洋楽・邦楽やオーディオの話

 昨日に続いて神様の話。Spotifyに神様岡林のアルバムがいくつかありますが、「1973PM9:00→1974AM3:00」というライブアルバムもあります。これはその名の通り、1973年の大晦日から翌年の明け方までやったコンサートの様子。

 岡林というと、フォークの神様と言われてたのが、ある時はっぴいえんどを従えてステージに登場し観客が戸惑ったという話を聞いたことがあります。当時はフォークギター=フォークソング、エレキギター=ロック、というイメージだったので、フォークの神様と言われた岡林としては一種裏切り者扱いだったのかもしれません。

 それでこの「1973PM9:00→1974AM3:00」というライブにもドラムやベース、キーボードにエレキギターも入ってて、これがはっぴいえんどかというとそうではありません。何しろ既に解散してましたし。

 そのメンバーはというと以下の通り。

Dr:松本隆
Bass:細野晴臣
Key:矢野誠&鈴木慶一
E.G:伊藤銀次

 演奏を聞いてると、ギターがめちゃめちゃ上手いしスライドギターも聞こえるので鈴木茂さんかと思ったら伊藤銀次さんでした。そりゃまあ上手いですよね。鈴木さんよりは音色も弾き方もロック度が強いような気がしました。お昼休みはウキウキしそうな(?)。

 岡林というとギター一本で弾き語りかというとそうではないという証明ですね。このライブは結構熱いです。とはいえ、この時期になぜ神様岡林が年越しのライブをやったのかというような事情は承知しておりません。色々時代的なものもあったのでしょうか。


Spotifyに神様はいるのか?

2022年10月20日 | 洋楽・邦楽やオーディオの話

 神様というのは、フォークの神様岡林信康さんのことです。2008年に見たNHKの歌番組でご本人が「私が神様です。」と言ってたので間違いありません。そして本日のタイトルを正しく言うと、「Spotifyに神様の曲はあるのか?」ということになります。

 それで調べてみたら、Spotifyには以下のアルバムがありました。

私を断罪せよ オリジナル発売:1969年
見るまえに跳べ オリジナル発売:1970年
俺らいちぬけた オリジナル発売:1971年
金色のライオン オリジナル発売:1973年
1973PM9:00→1974AM3:00(LIVE) オリジナル発売:1974年
誰ぞこの子に愛の手を オリジナル発売:1975年
ラブソングス オリジナル発売:1977年
セレナーデ  オリジナル発売:1978年
狂い咲き(Live) オリジナル発売:1992年?
岡林信康  オリジナル発売:2009年?
森羅十二象 オリジナル発売:2018年

 結構あるようですが、私が好きな「街はステキなカーニバル」もないし、曲としては「服部半蔵影の軍団」の主題歌だった「Gの祈り」もありません。割と初期の、それこそフォークの神様と言われてた頃のが多いですね。

 私は20才くらいの頃に友人がファンでテープを聞かされたのですが、それに「くそくらえ節」「がいこつの唄」「山谷ブルース」「チューリップのアップリケ」「手紙」「流れ者」など入ってました。当時は「チューリップのアップリケ」は、「いや~、勘弁して~!」という感じでしたが、「くそくらえ節」「がいこつの唄」は一種痛快でした。また、神様というと厳かな感じがしてしまいますが、あの人は凄く話が面白いです。

 それで、実際大人になってこれらの歌詞を考えてみると、「チューリップのアップリケ」は

うちのお父ちゃん 暗いうちから遅うまで 
毎日靴をトントンたたいてはる
あんな一生懸命働いてはるのに
なんでうちの家 いつも金がないんやろ

という内容で結構沁みます。今でいうワーキングプアですが、この曲が1969年。53年ほど経ってますが、世の中変わってないというか悪化してませんか? また「くそくらえ節」では「この世で一番偉いのは電子計算機」という歌詞があります。これはAIが支配する世界を予見してたとも考えられます。さすが神様ですね。

 以前テレビで見たフォーク大全集的な番組はNHKホールからだったのですが、そこで神様岡林は「では、次は同じこのNHKホール、大晦日紅白歌合戦でお会いしましょう!」と言ってました。が、残念ながらその年は出場無し。というか、今までまだ出てませんね。

 なので是非今年は出場を願いたいものです。白組は神様岡林の「チューリップのアップリケ」、紅組はさくらと一郎の「昭和枯れすすき」の対決がいいでしょう。実現すれば大晦日は楽しそうですね。審査員は誰がいいかなあ。


「事件記者チャボ」ですって

2022年10月19日 | ドラマレビュー

 TOKYO MXで「事件記者チャボ」というドラマをやってます。主演は水谷豊さんですが、共演で伊藤蘭さまも出ています。これが1983年秋の作品で当時私は20才。実はタイトルを聞いてもどういうドラマだったかまったく思い出せなかったので、録画して一話を見たのですが、それでもまったく見覚え無し。

 蘭さまが重要な役で出演してるのになぜ見てなかったかと考えたら、どうやら私がテレビを持ってなかった時期かと。私の場合、学生寮にいた時期と寮を出て一人暮らしを始めた最初の年はテレビ持ってなかったので、その当時のテレビ番組はわからないものが多いです。おまけに、学生時代はテレビドラマを見るという習慣がなかったので、テレビがあっても見てなかったかもしれません。

 それでドラマの感想はというと、なんとも水谷さんのキャラが濃すぎてどうにも没頭できず。蘭さまは結構面白い役で出てるのですが、どうにも好きなタイプのドラマではなく、初回だけ見てお腹いっぱいになってしまいました。このドラマは、当時人気あったのでしょうか。

 それにしても、今回MXで再放送されるまで見たことなかったのはどの辺の事情なのでしょう。「相棒」があれだけ受けてるのだから、水谷さん主演のドラマというとあちこちで再放送しそうなものですが。

 とにかく、ドラマ自体は特に面白いとは思わなかったのですが、蘭さまが見られたことと久しぶりに木の葉のこさんを見たので、その点は満足です。色々なドラマがあるものですね。


姉さん、事件…じゃないなぁ>連続ドラマW 「HOTEL -NEXT DOOR-」

2022年10月18日 | ドラマレビュー

 

 ドラマの「HOTEL」というと、高嶋政伸が「姉さん、事件です。」というのを思い出しますが、こちらのドラマは「HOTEL -NEXT DOOR-」というタイトルで、主演はディーン・フジオカ。一応は「原作:石ノ森章太郎」となっていて、舞台もホテルプラトン。しかし、話は別物です。

 連続ドラマWで全六話の放送で先日終了しましたが、結構面白かったです。実は高嶋政伸主演のテレビシリーズは見てないので、オマージュと思われるシーンがあったかはわからないのですが、松方弘樹が演じた東堂克生は村上弘明がやってて、もう故人という事で回想シーンとしての登場、高嶋政伸の役は息子と思われる人物が出ましたが、本人はまだどこかでホテルマンをしてるという話だったような。

 ああやって見てると、ホテルで一生懸命働くプロフェッショナルな人たちはやりがいもプライドもあっていいなと思うのですが、今の日本で高級ホテルに泊まることは一般市民の娯楽なのだろうかと考えてしまいました。

 ああいうホテルで働く人はフロントとかレストランとか各分野でおもてなしのプロを目指すのでしょうが、今の世の中で高級ホテルを訪れる人は一般市民ではないかもしれないとか思い、そういうお客様を相手にするホテルマンもある種特殊な職業となっているかもしれません。(考えすぎかな?)

 日本の社会自体が非正規雇用が増えて時給も安ければ時給以上は働かないという意識が蔓延し、そうなると年収がいわゆる中間層に届かない人も多いでしょうし、なかなか高級なホテルに泊まって豪華な料理を楽しむってわけにはいかないでしょう。

 私自身も、ここ何年かは泊まるといってもビジネスホテルばかりだし、観光で行っても地方のプチリゾートという規模のホテルしか泊まったことがないのでなんとも言えませんが、おもてなしされるのは気分の悪いものではありません。そういう意味で、ホテルへの憧れがないわけではないですが、そこはやはり財布との相談で難しいのが現状。

 なにしろ世間はぼっちキャンプが流行るご時世ですから、「ホテルに泊まるのも楽しそう。」というのは心の隅でちょびっと思うだけでした。とはいえ、普段行かない世界を垣間見られたドラマではありました。そうやってストーリーとは違う部分を色々考えさせられるドラマでもありましたし、脚本もキャストも良く、全体の雰囲気もピリッとしてて見応えはありましたので、興味がある方は再放送の際にどうぞ。


甲斐よしひろ My name is KAI Kai Yoshihiro Solo Tour 2000

2022年10月17日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 

 先週金曜にWOWOWで放送してました。WOWOWでは甲斐さんのソロデビュー35周年を記念して、スペシャル番組を企画してますが、これはその第1弾。2000年に開催したソロツアーの模様が収録された映像作品でした。

 それで、見てみたらこれは凄く良かったです。ソロツアーとはいえ、驚いたことにほとんどが一人でのアコギの弾き語り。甲斐バンドのステージでもギターを弾いてる姿は珍しくないですが、こんなにまとめて弾き語りを見たのは初めて。

 それも弾き語りとはいえ「ブライトン・ロック」とか「冷血(コールド・ブラッド)」とか「翼あるもの」も一人でガシガシ弾くので驚きました。「観覧車」も良かったし。曲によっては松藤さんがサポートで入ってましたが、基本的には一人でした。

 甲斐さんというと、普通のギターを左利きで構えるので弦の並びが普通とは逆になり、ストロークしただけでもかなり独特な音になります。それが今回見てたら、高音の2本を開放のままで鳴らしながら低音弦だけポジションを移動しながら弾くフレーズが印象的で、ああいう技は甲斐さんしかやらないでしょうね。一人でやるから歌もギターもまったくごまかしがきかないわけで、かなりの覚悟で臨んだと思われますが、一人でもロックができるというのが素晴らしいです。本当にギター上手いと思いましたが、それ以上に魂を感じるステージであり、本当にいいもの見せて貰いました。

 これの映像作品はBOXセットでしか販売されてないのでしょうか。今回の放送も1回こっきりしか予定がないので、ちゃんと録画できた自分を褒めたいと思います。来月は1999年に行われたLIVE IN 飛天 DELUXEが放送だとか。2月まで色々やるようですね。全部録画します!


改造人間の夢

2022年10月16日 | ギターと楽器のこと

 

 今日はギターの話。フィンガーピックを装着してスリーフィンガーやアルペジオをできるように練習してましたが、やはりやりづらいので断念しました。結局自分の人差し指と中指の爪をちょいと伸ばして対応する方がやりやすいので。

 ただ、フィンガーピックを装着した時の音量と音の立ち具合は素晴らしいので、あの音を目指して自分の爪でできるように練習が必要です。親指はサムピックで問題ないです。

 フィンガーピックでやってみて、「22才の別れ」とかのスリーフィンガーはほぼ問題ないのですが、この曲はフラットピックでもできないことはありません。スリーフィンガーでも「岬めぐり」のように1弦と6弦を同時に弾くようなのが難しくて、ようするに中指の登場機会が多いと難しいですね。アリスの「走っておいで恋人よ」がいつものテンポでできないのが凄くストレスで。

 アルペジオも、グレープの「縁切寺」とか「ほおずき」はフラットピックでもできますが、甲斐バンドの「あの頃」「絵日記」「光と影」などの、1弦と2弦同時に弾くようなタイプのはフラットピックでは無理でフィンガーピックでも上手くいきませんので。

 ということで、フィンガーピックを装着して改造人間になるという夢はあきらめました。練習すればなんとかなるとも思ってたのですが、あれを1時間くらい装着してると指先が締め付けられて辛いというのもありますし。年を取るといろいろ支障がでますね。

 なお、弾き語りのレパートリーに偏りが見られるという意見は受け付けません。あしからず。


猪木 vs ルスカ 面白いです。>アントニオ猪木追悼SP<第1夜>

2022年10月15日 | TV番組レビュー

 

 「ありがとう!俺たちの“燃える闘魂”ワールドプロレスリング アントニオ猪木追悼SP」は、昨夜が第1夜でした。

 その放送内容は

坂口征二と初対決(1974年4月26日)
タイガー・ジェット・シン戦、NWFを奪回(1975年6月26日)
ルー・テーズと初対決(10月9日)
ウイリアム・ルスカ戦、初の異種格闘技戦(2月6日)
ザ・モンスターマン戦、異種格闘技のベストバウト(1977年8月2日)
ボブ・バックランド戦、WWF王座を奪取(のちに無効)(1979年11月30日)

 というもの。

 私はというと、特に猪木ファンとかプロレスマニアというものではありません。プロレスは第二次UWF以降は結構見ましたので、どちらかというと総合格闘技系が好きなものであります。

 昨夜の放送は、70年代の新日本プロレスでの名勝負でした。全部見ましたが、圧倒的に面白いのがウイリアム・ルスカ戦。初の異種格闘技戦となってますが、ルールは当日決まったとか。なかなかいい時代でしたね。

 それはそうとして、ルスカがとにかく闘争心に溢れてて動きも速いし素晴らしいです。柔道着を着てない相手をつかまえるやいなや素早く投げ飛ばすというか、リングに叩きつけるのは鮮やかです。

 普段プロレスの試合の腕ひしぎとか見てると「あれじゃきまらんな~」とか思ったりすることもありますが、この試合では腕ひしぎも肩固めも本気で極めに行ってる感じで、あれはエキサイトします。

 猪木さんの方も、あんだけ投げ飛ばされてものしかかられてもそれほどダメージがない感じで動きが変わらないのがさすが。そして、猪木さんの張り手とか肘打ちをルスカが嫌がる展開というのも緊迫感ありました。

 最後は御存じのとおりバックドロップ三連発でダウンしたルスカ側のセコンドからタオルが投入されたのですが、この時のセコンドがクリス・ドールマンだったのですね。この試合は当時テレビで見ましたが、今見た方が面白いです。

 この番組のナビゲイターは清野茂樹さんで、猪木さんの異種格闘技戦については「色々ありましたが、名勝負があるかと言われたらそれほどでもない。」と言ってて、その中でベストバウトというとモンスターマン戦を選ぶとのことです。

 確かにモンスターマンも強いですけど、私はルスカ戦の方が面白かったですね。ルスカ選手も日本のプロレスのリングに上がることについては色々事情があったのでしょうが、あれだけの動きとファイトを見せてくれたことについてはアッパレです。この試合の結果は、当時スポーツ新聞だけじゃなくて朝日とか読売でも報道されたそうです。注目されてたんですね。

 それにしても、これだけ充実した番組がCSのテレ朝チャンネルでの放送というのはいかがなものでしょうか。テレ朝もあれだけ猪木さんにお世話になったんだし、地上波でもやるべきですね。今月は「朝まで生テレビ」は中止にして「朝までアントニオ猪木」をやるべし。まったく。


まだ英光塾と戦ってんの?>ねらわれた学園

2022年10月14日 | ドラマレビュー

 

 眉村卓先生の小説「ねらわれた学園」が原作の映像作品として、NHK少年ドラマシリーズで「未来からの挑戦」というドラマがありました。これは1977年1月だそうで、当時私は中1。

 舞台は中学校ですが、急に成績が上がった生徒が英光塾という謎の学習塾に通っているという話が出て、不思議な能力を持つ高見沢みちるという少女もそこに通っていることが判明して…という話です。

 そのドラマから40年近く経った2015年にこのドラマのイベントが開催されました。ビデオが見つかったとかそういう話だった気がしますが、そのイベントのレポはこちら

 その様子はNHKのテレビ番組で見たのですが、その時に主演俳優と親友でラーメン屋の息子役をやってた俳優の方が登場して「お前、まだ英光塾と戦ってんの?」と言ったのを見て笑ってしまいました。このドラマには中学生役で紺野美沙子さんも出てたのですね。

 そして、先月CSのホームドラマチャンネルで原田知世主演の「ねらわれた学園」を録画しました。これの前年に薬師丸ひろ子主演の映画が公開されており、「セーラー服と機関銃」と同様に、薬師丸版の映画を原田版でドラマにするというあの企画の一環です。

 今となっては全話見た記憶のある人も少ないのではないかと思ったのですが、内容は写真の通りでほぼコメディタッチ。映画版もあまりといえばあまりでしたが、こちらはドラマ版の「翔んだカップル」のイメージでした。体育の先生は轟二郎だし。

 そして、担任の山形先生の役者さんがどこかで見たというか声を聞いたような…と思ったら、これがあのはせさん治さん。もちろん髪はオサゲじゃなかったですが、色々な仕事してますね。

 それにしても1982年に知世さんが空中浮遊をしてたとは知りませんでした。どうも真剣に見る気にさせないところがさすがといえばさすがかも。少年ドラマシリーズの「未来からの挑戦」はもう一回見たいと思うのですが、こちらは遠慮しときます。ということで、このドラマ版の結末は知りません。あしからず。


ドラマ「岸辺のアルバム」終了しました

2022年10月13日 | ドラマレビュー

 

 日本映画専門チャンネルで放送していた「岸辺のアルバム」が昨日終了しました。全部見たのは何度目でしょうか。とはいえ、細部は忘れてたし終盤の長男の家出後の生活とか、お父さんのぎっくり腰とかは完全に忘れてました。

 今回の放送は毎週水曜の夜に一話ずつだったので、7月から始まって昨日終わったわけですから、普通の連続ドラマのような感じで見られました。元々が週に一話ずつ放送していたドラマは、こういうペースで見るのがいいのかもしれませんね。

 これは1977年の作品なのでまだ世間ではビデオデッキが普及していなかった時代。そういう時代背景も踏まえてみるのが楽しいかも。

 それにしても、八千草薫さんが足早にラブホに入って行ったり、中田喜子さんがレイプされたりというのは、他のドラマでは無いような役柄ですから、山田太一先生の変態ぶりがわかろうというもの。

 ところで、私はこのドラマはストーリー以外に1977年の東京の様子が見たいという期待もありました。ドラマなのでセットは多かったのですが、それでも街並みや駅の様子はあれこれ見られたのでまず満足。風吹ジュンさんはモスバーガーでバイトしてたし、長男は友達とサーティワンに行ったりで。

 が、これは実際の多摩川水害をモデルにしたドラマ。その水害は1974年9月のことで、ドラマの最後の字幕にも「これはこの家族の3年前の物語である。」と出ました。ということは、私が1977年の世界だと思って見てたのは、ドラマ上では1973年~74年くらいだったのですね。まあ、1974年でもモスバーガー1号店はあったようだし、サーティワンもあったかも。が、渋谷に世界日報の大きい看板はまだなかったでしょう。←細かい

 そんなこんなですが、今の時代に毎週欠かさずリアルタイムで見たというのは面白いドラマの証拠。実は原作の方も読んだのですが、これに関してはドラマの方がいいかもしれません。ドラマの放送当時には私は中2でしたが、高校生だったとしたら風吹ジュンLOVEか中田喜子推しになったかもしれませんね。何度目かはわかりませんが、とにかく今回も楽しめました。山田太一先生はさすがです。変態だけど。(まだ言うか。)


ブログ開設から6000日だそうです

2022年10月12日 | ブログ・インターネット

 

 gooのblogを利用しておりますが、どうやら開設してから今日で6000日だそうです。6000日前はいつかというと、2006年5月13日から始めてました。なぜ一文の得にもならないというか、有料のブログサービスを契約してまで毎日書いてるかというと、「止まると死ぬんじゃ」ということにつきます。

 ただ、私の場合はこれ以前に@niftyのココログというサービスでblogを始めてて、そちらを開始したのは2004年2月。ココログの方は、ブログの女王と言われた眞鍋かをりさんが書いてたことで有名ですが、私の場合はたまたまシステムトラブルに遭遇することが多く、ブチ切れてgooのblogに変えたという事情です。なので、この6000日というのは引っ越してからの日数ですね。

 さらに遡ると、まだブログのサービスが無い頃はいわゆるホームページで毎日書いてて、それを始めたのが2000年4月29日。まだ20世紀でした。当時の内容もココログの記事もできる限りこちらのブログに移植したので、gooブログ開設以前の日付の記事も多いですが、そこはご容赦下さい。自分の記録として書いてますので。

 久しぶりに過去の記事を読んでみると、2000年頃はISDNに文句言ってたり、これからはiモードのページが増えそうだと予想したり、2002年にはADSLが開通したと喜んだり、ネットの発展の歴史とともに歩いてきたのがよくわかります。

 gooのブログは書く方も操作が簡単だし、PCで見て下さってる方は右上の検索ボックスでこのブログ内でのキーワード検索もできます。その筋の人で(?)、何か調べたいことがある人は役に立つこともあるかも。ライブレポとかドラマレビューは結構書いてますし。

 なお、ブログを始めた頃に聞いた言葉ですが、長続きさせるコツはたった一人の読者のために書くという事だそうです。その一人の読者とは自分自身だそうで、自分が読みたいものを書けばいいと。私の場合は、確かに読んでくれる人が多ければ嬉しいですが、別に収入にはならないので、特に気にはしてません。自分が楽しければいいので一人カラオケみたいなものと思って貰えばいいですし、つまらないと思えばスルーでOKです。

 そうやって続けるうちに、もし自分がもう書きたくないと思う時も来るかもしれません。その時が来たら、もうあきらめて私は静かに筆をおろすでしょう…。←すいません、こういう芸風なので。