「梶本君、手を離してあげたら」
よく通るアルトの声に、修二の肩に回った腕から一瞬力が抜けた。
とっさに修二は首を引っ込めながら、梶本と呼ばれた応援団員の腕から逃れて、声の主のほうを振り向いた。
ショートヘアにくっきり眉毛、奥二重の勝気な目、通った鼻すじ、シャープなあごのライン、きりりと結んだ薄くルージュを引いた唇、要するに美形がそこに立っていた。
これが、お祖母ちゃんが気をつけろと言うとった都会の女か…。
ブルーのダンガリーのシャツに黒のジャケット、ストレートジーンズにこげ茶のウエスタンブーツというスタイルの彼女は、リボンの騎士のサファイア王子を彷彿とさせた。
「なんや、青木やないか」
梶本は彼女を知っているらしかった。
「彼、嫌がってるじゃない」
凛とした声でリボンの騎士は言った。
「そんなことあらへん。彼の自主性に任せとるつもりやけどな…」
梶本は急に歯切れが悪くなった。
「じゃあ、君、自主的について来なさい」
彼女は修二を促すと、踵を返してさっさと歩き始めた。有無を言わせないような彼女の口振りに、梶本は修二のほうを見てから、しぶしぶ彼女のほうへあごをしゃくった。
修二はあわてて彼女の後を追った。
「彼、一般教養で同じ授業を取ってて、試験の前にはずいぶん貸しを作ってあるの」
肩を並べた修二に彼女が言った。
「そうですか、助かりました。あの…」
「青木みどり、英文科の三回生よ」
「僕も今度英文科に入りました。上田修二と言います」
「英文科にしては変わったセンスね」
青木みどりは修二の全身を見回しながら言った。
その時の修二のファッションといえば、ジャケットはJUNのヨーロピアン調、パンツはVANのスリムなチノ、ネクタイは京都駅の土産物売場で買った西陣織の派手なやつ、靴はおろしたてのパンタロンシューズ…。
今にして思うと、赤面もののチグハグぶりだが、その時には、これぞ先端を自負していたものだ。
「いやあ、今日は寝坊して急いで出てきたもんで、細かいところのチェックをする暇がなかったとです」
修二は間の抜けた言い訳をしていた。
「ところで、カリキュラムは作ったの?」
「えっ?」
「受講する講義のスケジュールよ」
「いえ、まだですが…」
「じゃあ、その封筒貸して」
みどりは修二の手から履修要綱の入った封筒をつまみ上げて、
「入学式が終わったら、西門の前の『わび・さび』っていう喫茶店においでよ」
そう言うと、人込みの中を足早に歩いて行ってしまった。
青木みどり、青、黄、緑…クレヨンか野菜みたいな名前たい。もしかして、僕に気があるとかな。年上ばってん、美人だしスタイルもよかし、知り合いになるのも悪くなか。いずれにしても、こりゃあ、春から縁起がよかぞ…。
そう思いながら、修二は、疾風のように現われて、疾風のように去って行く彼女の後ろ姿を見ていた。
よく通るアルトの声に、修二の肩に回った腕から一瞬力が抜けた。
とっさに修二は首を引っ込めながら、梶本と呼ばれた応援団員の腕から逃れて、声の主のほうを振り向いた。
ショートヘアにくっきり眉毛、奥二重の勝気な目、通った鼻すじ、シャープなあごのライン、きりりと結んだ薄くルージュを引いた唇、要するに美形がそこに立っていた。
これが、お祖母ちゃんが気をつけろと言うとった都会の女か…。
ブルーのダンガリーのシャツに黒のジャケット、ストレートジーンズにこげ茶のウエスタンブーツというスタイルの彼女は、リボンの騎士のサファイア王子を彷彿とさせた。
「なんや、青木やないか」
梶本は彼女を知っているらしかった。
「彼、嫌がってるじゃない」
凛とした声でリボンの騎士は言った。
「そんなことあらへん。彼の自主性に任せとるつもりやけどな…」
梶本は急に歯切れが悪くなった。
「じゃあ、君、自主的について来なさい」
彼女は修二を促すと、踵を返してさっさと歩き始めた。有無を言わせないような彼女の口振りに、梶本は修二のほうを見てから、しぶしぶ彼女のほうへあごをしゃくった。
修二はあわてて彼女の後を追った。
「彼、一般教養で同じ授業を取ってて、試験の前にはずいぶん貸しを作ってあるの」
肩を並べた修二に彼女が言った。
「そうですか、助かりました。あの…」
「青木みどり、英文科の三回生よ」
「僕も今度英文科に入りました。上田修二と言います」
「英文科にしては変わったセンスね」
青木みどりは修二の全身を見回しながら言った。
その時の修二のファッションといえば、ジャケットはJUNのヨーロピアン調、パンツはVANのスリムなチノ、ネクタイは京都駅の土産物売場で買った西陣織の派手なやつ、靴はおろしたてのパンタロンシューズ…。
今にして思うと、赤面もののチグハグぶりだが、その時には、これぞ先端を自負していたものだ。
「いやあ、今日は寝坊して急いで出てきたもんで、細かいところのチェックをする暇がなかったとです」
修二は間の抜けた言い訳をしていた。
「ところで、カリキュラムは作ったの?」
「えっ?」
「受講する講義のスケジュールよ」
「いえ、まだですが…」
「じゃあ、その封筒貸して」
みどりは修二の手から履修要綱の入った封筒をつまみ上げて、
「入学式が終わったら、西門の前の『わび・さび』っていう喫茶店においでよ」
そう言うと、人込みの中を足早に歩いて行ってしまった。
青木みどり、青、黄、緑…クレヨンか野菜みたいな名前たい。もしかして、僕に気があるとかな。年上ばってん、美人だしスタイルもよかし、知り合いになるのも悪くなか。いずれにしても、こりゃあ、春から縁起がよかぞ…。
そう思いながら、修二は、疾風のように現われて、疾風のように去って行く彼女の後ろ姿を見ていた。