日は昇り沈む

2008年05月09日 | Weblog


 日は沈みまた昇ります。今日という日は永遠に捨てられ続き、明日がくりかえしやってきます。明日は今日になり、すぐに昨日になってしまいます。

 以前、釣りをやっていたときには、中指に水の中から手元に伸びてきているピンと張った釣り糸を引っかけておきました。魚が海中で餌をつっつくと、それが長い釣り糸を伝って中指に伝わるのです。そして、餌をくわえて去ろうとすると糸が引っ張られ、中指がクイクイと引っ張られる。その感触がたまらなく楽しかったです。

 昨日のあの感触を今日も味わいたくて海に下りていきます。そして釣果。多いときも少ないときも、とりあえず一匹でも取れたらうれしい。あれは一種の麻薬的な中毒でしたね。

 ハローCQ、CQ、CQ。 こちらはJXP1SPA。ジュリエット エクスレイ パパ ワン シアラ パパ アルファ アンド スタンディングバイ。と、空中に電波を発射して、ちょっと待つ。そして相手が応答してきたときのあのコーフン。たまらなかったです。あれもまた癖になりやめられなくなるものです。(JX1SPAというコールサインは日本にはありません。)

 家庭菜園のことをちょいと書いて、ありがたいコメントをいただいたり、ブログに立ち寄ってしてくださった人の数をみたりするこの楽しみ。野菜を育て食べる。育て方を他の方のブログを見て知る。そしてブログの手応え。これもまたたまらない楽しみですねぇ。(「相棒」の主役の口調を想像しながら読んでください。)

                      

       

 犬をつれて、ちょいと国境ではないですが、県道の境を越えて隣町まで散歩に行きます。休耕田には葦のような草が枯れてとてもきれいです。でも淋しい風景。


       

 淋しい沼があります。いつもはアオサギだのシラサギがたくさんいるのですが、季節が変わったのでどこかにいってしまったのでしょうか。一羽も見えないと、よけい淋しく感じます。

 この風景は、私がこどもの頃からちっとも変わっていませんね。変わったのは手前に事故防止の金網が張られたことだけです。55年は経過しているんですけどね。


       

 名前がわからないのですが、花だと思って近づくと、赤いのは葉っぱでした。それにしても、とても目立つ赤でした。雑木です。

                               

       

 白菜がそだってきました。このところ、育つ速度が速くなったのにはびっくりです。作物から目を離せない時期ですね。ちょっと前よりも、2倍から3倍くらい育ちかたが早くなったのではないかと思うくらいです。

      

 去年種を蒔いて育てたアスパラガスは元気です。こんなに生えそろいました。この具合で行けばよいのですが、問題は今年の冬を越えてからです。

 冬を越すというのは、作物によってはかなり大変なものもあるようで、アスパラガスはちょっと大変なようです。もっと此処よりははるかに寒い地域でも栽培されているんですけどね。寒さだけでなく、何かノウハウがあるんでしょうね。それが分かりませんね。


  

                       

 日が昇り日が沈む合わせて私の生活も日々進んで行きます。どっちにすすんで行っているのかさっぱり分かりませんですけどね。一日いちにち年をとっていることは確かです。


  高砂の尾の上の鐘の声聞けば

      今日のひと日も過ぎにけるかも   良寛

    (たかさごの おのえのかねの こえきけば
          きょうのひとひも すぎにけるかも)