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“平成28年熊本地震から見えた新たな課題”を受講して

大阪での破格廉価の国有地売却事件は、そこで小学校の開設を目論んだ籠池某氏がその企てを断念したということで、幕引きをしようとしている。それは御当人とその一族にとってはかなり厳しい社会的信用の毀損と金銭的問題を背負込むことになるはずだが、御当人達のずいぶん余裕を持った振る舞いには強烈な違和感を覚える。そもそも、当初より有力政治家の関与が疑われる案件だったが、どうもこの幕引きもその闇のアドバイスがあったように想像するのは考え過ぎなのだろうか。何よりも司法当局にこの件で動きがないという噂にも、明らかな触法状況が多数ある事案であるにもかかわらず、異様な印象を受けてしまう。会計検査院の活動だけでは、官僚の不法行為を取り締まるだけに終わってしまうのではないか。ヒョッとして首相自身または、それに極めて近い筋からの差し金があるのかもしれない。本件について来週からマスコミの報道が沈静化するようであれば、その筋の強烈な圧力が効を奏した結果であると思われる。
国民の財産である国有財産をこのように恣意的に安易に扱うことができる近代国家があってよいのだろうか。だが考えてみれば、日銀や国民の年金にかかわるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産運用に政権が容喙し、日本経済を正しく資本主義的ではなく、国家主義的にしてしまっている客観状況を見れば、これぐらいは朝飯前なのだろうか。
隣国では大統領がスキャンダルにまみれて罷免されたが、日本では国民の側にそのような活力もなく、闇の勢力に思うが儘に振る舞われてしまっている、というのが現実なのだろうか。日本の民主主義や社会的活力はもはや旧植民地にも及ばない程、地に落ちてしまったのだろうか。それでは国の運営が戦略的に適切な方向に向かうとは、とても思えないのではないか。思えば“東北の復興なくして、日本の未来はない”とうそぶいていたのは、恰好だけのその場限りの台詞だったのか。“信なくば立たず”とうそぶく恰好だけの政治家が安倍氏をはじめ多過ぎるのだ。

さて兵庫県の21世紀文明研究セミナーのシリーズ終盤で先週開催されて紹介したいのは、防災シリーズの講演“平成28年熊本地震からの教訓”である。講演者は(財)ひょうご震災記念21世紀研究機構・人と防災未来センター研究部研究員・本塚智貴氏だった。
この人と防災未来センターDRIの役割機能には6項目があるという。それは、①阪神淡路大震災を中心に災害等に関する情報発信、②実践的防災研究と若手防災専門家の育成、③震災・防災研究資料収集・蓄積・保存、④災害対応現地支援、⑤災害対策専門家の育成、⑥阪神淡路大震災や防災に関する行政実務者・研究者・市民・企業等の交流の場の提供だという。結構なことだが、残念にも何だか概念規定に若干MECE*に欠ける部分があるようなので、もう少し整理した方が良いように思える。例えば①と③⑥、②と⑤⑥はダブりがあるように見受ける。

*Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive:ダブりなく、モレなく、ツクした発想

ともかくも何が言いたいかと言うと②や④⑥の役割を果たすために、研究員である本塚氏も震災被災地の熊本に派遣されたのだという。そこで得られた知見を整理報告するということだった。
ここで特徴的だったのは、よく知られているように平成28年4月14日午後9時にM6.5の地震があり、ここで本塚氏らがDRIから派遣されたのだが、その後4月16日午前1時にM7.3の本震が後から起きたために、被害が広がった部分があったと、実際の被災写真を示して説明された。つまり、前震で受けた多少のダメージが本震でさらに壊滅に至る被害となった事例が多かったというのだ。

さらに避難対応には過去の災害であったことがやはり課題として次の事象が生じたという。
●事前指定の避難所以外の避難所の多数存在
●避難所の劣悪環境・屋外避難者の発生
●発災後の関連死の発生→特にエコノミークラス症候群
ここで問題は、阪神淡路大震災以降、発災後の関連死の発生の比率が直接死の比率に比べて増えていることだという。これを防ぐための避難所の環境の改善が必要だという。さらに避難所の本体は持ち堪えたが、二次的部材の被害つまり、天井の落下や窓の損壊によって安全に指定避難所が使用できなくなったという問題もあったということ。
その上に問題は、支援物資・情報は現地に豊富に押し寄せたが、必要な人に適切に配付できなかったことも見られた。これは物流の在り方だけに問題があったのではなく、避難者の存在状態についての具体的情報が救援の中枢部に届いていなかったことだという。
使えなくなった事前指定避難所以外に青空避難所が存在するようになり、そこへ集まる避難者の増加があり、さらにそこへ夜だけ戻って来る人も居たということが、避難者の実情把握を困難にしたという。つまり多様な避難態様の中で車中泊避難者の把握が困難だったというのだ。さらに、次のような問題もあったとのこと。
●行政職員が避難所運営専任になり、肝心の役所が機能不全
●一旦避難の固定化
●個人ニーズの多様性

避難所の運営主体が誰であるべきか、それをどのように運営するのかが課題になるのだが、従来から機能している地域コミュニティを生かした運営が重要となる。しかし、そこへも自治体等の高度な災害予測情報が配信される仕組みが作られなければ、台風による洪水情報が的確に現場に伝えられずに悲劇を招いたという岩手県岩泉町のようなことが起きる。

講演者・本塚氏が提案するのは、自主設置型の仮設災害対応拠点におけるアダプティブ・ガバナンスという仕組のネットワーク形成が重要で、それをインドネシアのPOSKOに大きな可能性を見る、ということだ。日本同様災害の多い国柄でありながら、インドネシアで支援体制のトラブルをあまり聞かないのは、こうした仕組によるところが大きいという。実は、この紹介が講演者の主眼であったようだ。

POSKOとは、インドネシア語のPos(拠点)と 軍隊用語のKomando(命令/指令)の合成語とされ、本来はインドネシア軍の司令本部の意味だったという。
民間が軍の動きを見習って、公的な選挙や祭などの活動で地域で自主的に設置される仮設の拠点をPOSKOと呼ぶようになり、それが災害対応拠点にも応用されるようになった、という。それが特徴的なのは、自主的にやりたいという人が“POSKO”という看板を掲げるだけで、拠点と公認されることだという。仮設なので、もし失敗しても形や体制を変え、増減しながら対応していくことも可能だという柔軟性を有しているという。
但し、そこには階層性があり、村等の対策本部となる行政組織の下にPOSKO UtamaとPOSKO RTがあり、POSKO Utamaは複数のPOSKOを統括し、POSKO RTは任意の地域・部族や氏族・家族レベルのものであり、1つの地域または複数の部族や氏族・家族レベルのPOSKOより成り立っている。ロケーションとしては、十分な広さがあり、支援を受けた場合に分配のし易い道路沿いの広場や個人の庭に設置されることが多い。
また支援があるPOSKO RTに届けられた場合、そのPOSKO必は要な支援物資を受け取り、余剰は上位のPOSKO Utamaに送付する。送られた物資は、上位のPOSKO Utamaで配下の他のPOSKO RTに均等に配分することになっている、という。そして、各POSKOが不正なく適切な動きをしているかどうかは、物資の動きを追うITシステムを立ち上げて監視しているという。

こうして、POSKOは地域が混乱し、詳細な状況が不明でも一定の範囲での不公平を防ぐことができる。より個別の要求がある場合には個別の役割を担うPOSKOの設置によりある程度満足させられる。また、POSKOは大型施設のみで避難所機能を担う限界を補うことが可能。地域とのつながりの希薄な支援者が入ってもPOSKOの補助で活動が可能。専門性を持ったPOSKOにより、多様な支援が可能。様々な情報の氾濫や、移動する被災者の存在にも柔軟に対応可能、などのメリットが発揮できる、という。
“『拠点内』ではなく、『地域内』を支援するシステムの必要性に応え、固定的な体制でなく状況に合わせて柔軟に対応可能”ということだという。

こういう話を伺い、こうした仕組が自然発生的にインドネシアで生まれたというのは、そうした優しい国民性のなせる業ではないかと感じた次第だ。日本でそうした優しさが、最近特に薄れてきているように感じるので、今後日本でこうした自発的な仕組を形成できるのであろうかとの疑問を若干感じざるを得ない。

最後に質疑応答があったが、ここで問題視されたのは在宅要援護者のニーズにまで充分に応えられる現状に無いというのが実態であるという。なので、基本は自分で備えることだ、とのこと。自分特有の必須物資は何かを“長期に遊びに行く時に持っていくモノ”という視点で準備しておくことが肝要との指摘があった。

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